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第五十五話 氷天下

 クレール王国南部。

 騎士団一、三、六番隊は『ACE』の本拠地前、人のいない市街地で激闘を続けていた。

『六天』 シエル・リュミエールとレレア・クラインが『ACE』の幹部であるセルーバ・アマズとセリンと名乗る女性との戦闘を有利に進めていたが、そこにカノン・グラキエスが参戦したことで戦況は一転した。






「くぅっ、こりゃキツいねー。シエル、大丈夫そ?」


「なんとか。ですが、どこかで反撃しないと負けますね」


 レレアが全方向から襲いかかる巨大な氷塊を捌く。とてつもない物量と膨大な質量にものを言わせた攻撃に耐えながらシエルはカウンターを放つ機会を窺っていた。





 氷の影から伸びる植物と高速で迫る液体金属を土で固定するイブ。彼女はシエルとレレアから分断され、カノンの攻撃範囲の外に弾き出されていた。


 シエルとレレアの二人がかりでカノン相手に互角である以上、セルーバとセリンはイブを含めた隊員たちで抑えるしかない。


 セルーバが伸ばした植物がうねりながら地面を這う。一般隊員らが五人で枝一本を切り落とし、できた隙間をイブが疾走する。竜化させた右腕に削れた地面と岩石を集めて振り回す。

 植物を破壊しながら進むイブの頭上、建物の上から圧縮された銀色の液体が放出される。細い管のようになった液体金属がイブの頭目掛けて伸び、間にある植物を突き破る。防御が間に合わないイブの背後から突き出される一振りの鎌。


 一番隊副隊長 ジェーン・ジャンパーが液体金属を弾く。


「助かった。このまま行くぞ、ジャンパー!」


「了解、ランデル」


 背中合わせで植物と金属を防ぎながら進む二人。砂埃が舞い、鎌から火花が散る。


 他の隊員らも『ACE』の構成員に対処し、何人かは協力してセルーバが伸ばした植物を切断していく。



 セルーバが次々と巨大な蔦を伸ばし、緑色が街を覆っていく。植物を掻い潜りイブが右腕に集めた岩石ごと拳を振り抜く。

 その隙にイブを側面から撃ち抜こうとセリンがアクセサリーを融かして圧縮していた。金属が放たれる直前、ジェーンがセリンの正面に現れる。

 両腕で振り抜かれた鎌。セリンはすぐに金属を固めて斬撃を防ぐ。


「これなら、防げないでしょっ……!」


 セリンが背中に隠していたアクセサリーを融かし、ジェーンに向けて先端を尖らせた金属の触手を形成する。八本の銀の触手がセリンの背中から伸びてジェーンの全身を貫こうとするが、


「"跳躍転送"」


 突然、セリンの視界からジェーンが消える。彼女が立っていた場所には円が残っているだけ。セリンの耳が風を切る音だけを捉える。


「え!? なんで!?」


 セリンが見上げた先、空中にジェーンはいた。


 振り上げられた鎌の先端と刃がセリンに迫る。セリンは伸ばしていた銀の触手を集め、盾のようにして受け止める。しかし、盾で守れたとて建物がその一撃に耐えられない。屋上で戦闘していたセリンの足元が崩壊、ビルの下へと叩き落とされる。


「あっ、ひゃあああ!!」


 情けない叫び声を響かせながら落ちていくセリン。ジェーンが彼女に追撃を仕掛けようとしたその時、建物の側面に衝撃が走る。

 竜化したイブだ。


「ランデル!」


「問題ない、少しやられただけだ」


 イブとジェーンの視線の先、騎士団員が恐れて逃げていく姿が映る。

 セルーバが伸ばした植物、濃い緑の蔦と茶色の樹木が超巨大な蛇のようなカタチを作り上げている。建物に絡まり、地面を這うように進む蛇の頭にセルーバは立っていた。その表情は虚ろながらも、大蛇の周囲で暴れまわる植物からは異常な気迫が伝わっていた。



 気圧される騎士団員らのもとへ、さらなる絶望が襲う。




 セリンとセルーバ率いる『ACE』、イブとジェーン率いる騎士団の一部。彼女らの衝突の直前、植物を破り、コンクリートを破壊しながら吹き飛んでくる二つの影。

 その姿を目にした騎士団員が声を漏らす。


「ま、まさか……。隊長!!」



 地面を転がるシエルとレレア。

 その身体には幾らかの傷があり、明らかに疲弊した表情を浮かべている。



 二人が飛んできた方向から現れるカノン・グラキエス。彼女も多少の傷を負っているものの、余裕のある立ち振舞いをしている。


「しぶといね、二人とも。流石『六天』ってところかな。あれ、セリン? どこにいるの?」


 カノンの声を聞いて建物の壁を破壊して出てくるセリン。すぐにカノンとセルーバがいるそばへ走っていった。


「下がっててね、セリン。どれだけの人数が相手でも、私には関係ないから」


 カノンの背後にビルと同等の大きさの氷柱が四本出現、その鋭利な先端を騎士団に向けて発射された。シエルとレレアが三本を破壊し、一本が騎士団の後方にある建物に突き刺さる。


 崩れる建物と砕け散る氷の破片。


 宙を舞う物体の動きが、止まる。



「"凍結静世界(とうけつせいせかい)"」



 街の中心、カノンが手を向けた先、あらゆる物体の運動が停止する。宙に浮く瓦礫。動かざる植物。この場に立つすべての騎士団員は指一本動かせない。



 凍っている訳ではないのに、なぜか動けない。疑問と焦燥が騎士団員員らの思考を埋め尽くす。



 そんななか、カノンが生成したのは上空に直径は二百メートルを超えているであろう巨大な氷塊。膨大な質量が騎士団に迫る。抵抗しようにも動けない騎士団員らは、ただ見ていることしかできない。



 だが幸運にも、ただ一人動ける者がいた。



 腕を上げ、ウィンクしながら人差し指をくるりと回す女性。瞬間、波導の砲撃が氷塊に向けて放たれる。氷塊は上空で爆散し、パラパラと地上に欠片が落ちていく。


「いやー、危なかったー。なんでか分かんないけど気合いで動けるねー、アタシ♪」


 無数に散った氷の破片をエネルギー砲により破壊するレレア・クライン。その姿を見たカノンは若干驚きつつも、


「動けるんだ、びっくり。波導術の相性が悪いのかな。でも、貴女に加えて雷使いの『六天』とタッグで互角以下。貴女一人動けたところで私には敵わない、そうでしょう?」


「そうかもねー。だとしても、アタシがすべきことは変わらない。『六天』を背負う以上、アタシは倒れない。

『六天』は、アヴァリティアスの『天』そのもの。国を守り、人を守り、騎士の上に立つ象徴。

 だから、さ。みんなの前じゃ、負けられない!


『表裏の境界(クロスボーダー)』・"紫流渾沌(ダーティーカオスラン)"」



 レレアの手のひらに集中した波導が純粋なエネルギーへと変化し、圧縮されて紫色の流れを作る。今にも爆発しそうな膨大な熱量とレレア自身をも巻き込みかねない異常な波導の乱流。


 一方のカノンは、


「そう。だったら天まで送ってあげる……!


 "至上の氷像(アブソリュート・ニケ)"!」



 背後に高さ三百メートルを超える氷の女神像を出現させる。背には一対の翼、頭には花冠を着け、両手にはそれぞれ槍のような武器と氷でできた枝を握っている。


 動き出した氷像が翼を広げ、巨大な槍を構える。



 レレアから放たれる膨大なエネルギー。

 カノンが作り上げた氷像の槍。



 衝突する両者。


 爆発のような光と熱。とてつもない衝撃波が周囲を襲い、動けなかったはずの騎士団員らが吹き飛ばされていく。


 地面が割れ、ビルが崩れる。

 跡形もなく消えていく街。その中心でぶつかり合う二人の波導術。




 勝敗は決していた。


 先端が砕けた槍、ヒビの入った氷の腕。


 無傷のカノンの目線の先には、レレアが地面に伏していた。


 立ち上がろうとするレレアだが、彼女の右腕と左足からは赤い血液が流れている。衝撃と氷の槍の欠片が彼女の筋を引き裂いたのだ。


 氷像の残った片腕が振り上げられ、波導を帯びる。


「私はただ一人のために、貴女は国の全てのために。背負ったものは違うけれど、貴女の決意と執念には敬意を。さようなら、レレア・クライン」



 振り下ろされる氷の腕。

 駆け寄るシエル。

 その手は届かない。

 響く轟音。

 白い煙が上がり、レレアの姿が見えなくなる。




 煙が晴れていき、



「あれ? 助かった……?」


 目を開きながら呟くレレア。



 彼女の背後には氷像の腕が落ちており、目の前には、鈍(・)く(・)光(・)る(・)銀(・)色(・)の(・)剣(・)。


「まさか、なんで……?」


 騎士団と『ACE』の全員の視線はある一点に向けられる。



 空中から落ちてくる一人の男。

 灰がかっていたはずの髪は真っ白に染まり、波導と炎が男の周りで荒れ狂う。

 あまりに長い夢の旅を終え、かつての力を取り戻した英雄が戦場に降り立つ。



 懐かしくも、目新しい姿を目にしたカノンが氷像の上から話しかける。


「そう。随分早く来たんだね、バーン」


「ああ、いろいろ聞きたいこと・話したいことがあるんでな、カノン!」

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