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転生しても『次も、お前だ』なんて言わないで  作者: タツナミソウ


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7/8

7・涙痕

POV:ノア→フィシス

 

 ミュトスの言葉が、真っ白になった頭の中を何度も巡る。

 身体中の血液が一気に抜けていくような感覚。


「⋯⋯は⋯⋯?」


 ようやく絞り出した声は、ほとんど息だった。

 ミュトスと一瞬、視線が合う。


「フィシスが望んだ事だ」


 静かに言い切って、その瞳はフィシスに戻される。


「⋯⋯私の、せいで⋯⋯」


 また、呼吸が浅くなりだす。

 胸元を掴み、爪をたてる。


 目眩がして、寝台の縁に額をつける。

 頭の中が、手足が、痺れてくる。


 ミュトスが何か言っているが、ぼやけて途切れて、わからない。視界が黒に染まる。


 今まで何度、苦しめてきたのだろう。

 私のせいで、フィシスは。

 私のせいで

 私のせい――


「――ノア」


 暗闇に鈴の音のような声が響く。

 一拍おいてから、暖かい手が腕に触れる。


 その瞬間、浅かった呼吸が段々とゆっくりになっていく。

 身体に体温が戻り、視界が戻ってくる。


「ノア、私は大丈夫だよ。だから落ち着いて、ね」


 その声に誘われるように顔を上げる。

 声の主は、じっとこちらを見詰めていた。


 頬を一筋の涙が伝う。


「⋯⋯フィシス」


 声は掠れてしまった。


 フィシスは柔らかく微笑んだ。

 あの頃と変わらない、優しい笑顔で。


 はっと我に返り、立ち上がる。


「フィシス、身体は⋯⋯!?」


 フィシスの瞳は弾かれるように見開かれ、やがて困ったように眉尻を下げた。


「もう治ったよ。来てくれてありがとう」

「本当に?絶対か?」


 言葉だけでは信じられない。それを慮ったようにフィシスが言った。


「ノア、鑑定してみる?」

「っ、ああ⋯⋯《鑑定》」


 手を翳すと魔術陣が浮かび、フィシスの体の状態が頭に浮かぶ。

 体力が正常値だと確認し、ほっと胸を撫で下ろす。


 ミュトスを見ると、まだ暗い顔をしていた。

 こちらの視線に気付いたのか、彼は顔を背けたまま呟く。


「⋯⋯ノア、一階のリビングで少し待っててくれ。続き話すから。降りて左だ」

「ああ⋯⋯わかった」


 ミュトスの様子が気になる――だが、今はフィシスが目を覚ましたのだ。


 私は、静かに寝室を出て扉を閉めた。





 ***





「⋯⋯ミュトス⋯⋯?」


 ミュトスは、俯いたまま動かない。


 膝立ちで彼に近付き、頬に手を添える。

 あまりの冷たさに驚いた。


「ミュトス、冷たすぎるよ」


 また一歩近付き、今度は両手で頬を挟む。

 まだ、黙ったままだ。


「⋯⋯ミュトス、ありがとう。心配かけてごめんね」

「怖かった」


 小さく、消え入りそうな声。

 胸が張り裂けそうに苦しくなる。


 僅かに震えている肩。硬く握られている手。

 堪らない気持ちになり、ミュトスの頭を抱えるように抱き締めた。


「⋯⋯今までの中で、一番ひどかった」


 苦しげに、ぽつりぽつりと言葉が落ちる。


「今度こそ死ぬんじゃないかと⋯⋯」


 ぎゅう、と抱き締め返される。


「ごめん⋯⋯大丈夫だよ、ちゃんと生きてる」


 こんなに弱っているミュトスを見るのは初めてだった。


 この世界に来た時は、使命の為に力を使う事は当たり前だったし、その代償を受けても平気だった。

 でも――いつからか、怖くなった。


 代償を受ける私を見て、その度にミュトスは苦しむ。

 それでも背負う使命の為だと、その苦しさを飲み込む。

 そんな彼を見て⋯⋯彼を守りたい、これからも一緒に生きていきたいと、そう思うようになって。

 怖くなった。


 肩に顔を埋めるミュトスの頭を、優しく撫でる。


「⋯⋯脈、動いてる」

「うん、動いてるよ」

「良かった」

「うん、ありがとう。ミュトスのお陰だよ」


 彼は小さく首を振る。


「何も、出来なかった」

「そんな事ないよ。回復してくれたよ」

「⋯⋯代償に回復が効かないのはわかってる」


 抱き締められている腕に、力がこもる。


「でも何もせずにはいられない。いられるわけがない」

「⋯⋯うん、わかってる。嬉しいよ」


 腕の力が弱くなり、ゆっくりと離される。


「着替えないとな」

「うん、血、落とさないとね」


 ミュトスは照れるように微笑んだ。

 少しは楽になっただろうか。


「先に下行っとく。ゆっくりでいい」

「ありがとう」


 ミュトスが扉を閉める。

 静かになった寝室に、虫の音が聞こえる。


 ゆっくりと寝台からおり着替えようとした時、肩口が僅かに濡れている事に気付いた。


 指先で触れる。冷たい。


(⋯⋯ミュトス⋯⋯)


 切なくて痛くて、感情がぐしゃぐしゃになる。

 駆け足になる鼓動を、深呼吸で抑える。


 軽いワンピースに着替えて、化粧台に座り、髪と顔を軽く整える。

 準備がおわり1階に降りると、二人はテーブルを挟んでソファに座っていた。


 花茶の香りが鼻腔を擽る。


 いつものように隣一人分空けて座るミュトスが、私を視線で呼ぶ。それに軽く首肯し、ゆっくりと座った。


「お待たせしました」


 ノアと視線を合わせると、どこかぎこちなく微笑んで返してくれた。それから真剣な表情で頭を下げる。


「フィシス、すまなかった」

「違うよノア。ノアが謝る事なんてないんだよ。⋯⋯これは私の使命で、勝手にやった事だから」


 ノアはゆっくりと顔を上げる。その紫の瞳には後悔が滲むように揺れていた。


「⋯⋯その、使命とは」


 私が答えるより先に、ミュトスの声が静かに響いた。


「これから話す事は他言無用だ。それに時間も時間だ、要点だけ言うぞ」


 そうしてミュトスは、こちらを見る。

 私は頷き、自らの正体の事と、これから起こる“邪神の復活”について話し出した――。



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