3・言えない理由
POV:ノア
(こんな魔法は知らない。いや、存在していいはずがない)
ノアは目の前で起きた事象を、飲み込めずにいた。
失われた腕や足の断面から、光が枝分かれするようにのび、まるで血管のように脈を打ちながら肉を作り、骨を繋ぎ、皮膚を覆っていった。
世界の理に反している魔法。
(本当にただの精霊なのか?⋯⋯この妙に騒がしいような気分はなんだ?)
隣に立つ精霊を見やる。
団員達に口々に礼を言われ、それに丁寧に答えている。
見るからに心優しき精霊である事はわかる――が。
「⋯⋯お前ら、もうそのくらいにしておけ」
団員達を下がらせ、精霊に向き合う。
その黄金と視線が合うと、なぜかドキリと心臓が跳ねた。
「宜しければ少し、お話出来ませんか?」
僅かに瞠られてから、柔らかく細められる瞳。
「――ええ、いいですよ」
会いたいと思っていた、精霊。
ついに会えた喜びは確かにある。だがそれよりも、理解出来ない胸の騒がしさ。その正体が知りたかった。
精霊を外へ誘い、天幕から暫く歩く。
風が梢を揺らし、夜気が肌を撫でる。
(⋯⋯ここまで来れば、誰にも聞かれないか)
歩みを止めると、ひとつ遅れて足音が止まる。
振り返り彼女を見る。
まるで、月明かりが彼女に吸い寄せられているようで――
「あの?大丈夫ですか?」
「っ⋯⋯!も、申し訳御座いません」
どうしても目を奪われてしまう。
それも、無意識に。
(――しっかりしろ)
自分を叱責してから、小さく息を吐く。
「いくつか質問させて頂きたいのですが⋯⋯お名前をお伺いしても?」
「フィシスと申します。あなたはアルデバラン様ですね」
「ええ、どうぞノアとお呼びください」
「⋯⋯ノア、様」
どくんと鼓動が耳に響いた。
どこか懐かしく、苦い感覚が胸に広がる。
「⋯⋯ありがとうございます。あの、今回の瘴気の発生源ですが、どの辺りだったのでしょうか?」
一瞬、彼女の瞳が揺れたように見えた。
「⋯⋯イリーニ大森林の中央に湖がありまして、そこで発生したようです」
「なるほど。なぜ、なのでしょうか。聖域であるはずですが⋯⋯」
「そう、ですね」
言葉は途切れ、悲しそうな顔で目を伏せられる。
言いたくない何かがある――それは明白だった。
だがそれでも、立場上引けない。
真珠色の髪が、光を弾き風に遊ぶ。
沈黙に耐えきれず、言葉を発そうとしたその時――突然空気が変わった。
全身を針で刺されるような重圧。
意識が警戒に動いた、その一瞬。
光とともに男の精霊が現れた。
向けられた黄金の瞳に、明確な敵意が宿る。
ひゅ、と喉から音が鳴った。
「ミュトス⋯⋯」
「お前、フィシスに何をした」
(なんだこの男、冗談だろ⋯⋯!?)
気を抜けば意識さえもっていかれる――それは理解できた。
無意識に魔法を展開しかける身体を理性で押さえ込む。
「ミュトスやめて、大丈夫だよ」
フィシスのその一声が解放の合図だった。
額に滲む汗をそのままに、最上の礼をとる。
「王宮筆頭魔術師の、ノア・アルデバランと申します。今回の瘴気についてお話をさせて頂いておりました」
「⋯⋯それで、フィシスは何と言った?」
「発生源が湖と言う事以外は、何も」
呼吸が浅い。意識して肺に空気を送り込む。
「何も言えてない」
消え入りそうな声音が、ぽつりと落ちた。
「そうか⋯⋯それでいいフィシス」
「っ、でも」
「俺のいない所では駄目だ」
きっぱりと言い放たれ、フィシスは口を噤む。
「⋯⋯理由は、わかるな?」
次いだ声音は凪いでいたが、どこか焦燥が滲んでいるようだった。
そっと伸びた指先が、フィシスの頬に触れる。
壊れ物を確かめるように。
熱を測るように。
その指先がほんの僅かに震えているように見えた。
「⋯⋯うん。軽率だった、ごめん」
彼女に向けられたその全てに、確かな慈愛を感じた。だが⋯⋯
(この男、何を恐れている?)
「――さて、ノア・アルデバラン」
ゆっくりとこちらへ視線がうつる。
先程までの圧は消えていたが、それでも僅かに身体が反応してしまう。
「お前は、瘴気の原因を知る必要がある⋯⋯それは理解している」
低く、芯のある響きが続く。
「だがそれは、知れば終わりでは済まない」
「⋯⋯どういう、意味でしょうか」
「お前自身が壊れる可能性がある、という意味だ」
刺さるような沈黙が落ちる。
押し出した声は微かに震えた。
「⋯⋯私が、壊れる?」
「記憶、感情、魔力。何が起きるかわからん」
ミュトスの視線がフィシスへ向く。
「⋯⋯だから、フィシスは躊躇っている」
フィシスは俯いたまま小さく首肯する。
「⋯⋯うん」
「大丈夫だ、フィー」
何が隠されているのか予想もできないが、精霊が言い渋るほど悪い事なのだろう。
背筋が寒くなる。
「ノア・アルデバラン。お前に選ばせる。聞くか、退くか。⋯⋯だが、一つだけ言っておく」
黄金が鋭く細まり、ひたと見据えられる。
「フィシスを傷付けるなら、俺はお前を止める」
一瞬、理解が遅れる。
「⋯⋯はっ⋯⋯?」
上擦った声だけが残った。
(私が、傷付ける⋯⋯?)
「⋯⋯そんな事はしません」
そう答えると、フィシスは目を瞠った後、困ったように微笑んだ。
退くという選択肢は無かったが、彼女の表情を見て“知らなければならない”と、そう思った。




