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転生しても『次も、お前だ』なんて言わないで  作者: タツナミ ソウ


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2/2

変わらないこと

 

 ――人、ではない。


 ノアは、確かにそう思った。


 光に包まれたその存在は、あまりにも静かで、あまりにも美しかった。

 血の匂いも、魔物の咆哮も、何もかもが遠のいて――ただ一つ、黄金の瞳だけが、焼き付いて離れない。




 ***




 ――風が、停止していた。


 瘴気に満ちたイリーニ大森林は、淀んだ空気が渦巻き、不快な気配に満ちているまま、時が止まったかのようにピタリと固まっている。


 音がない。

 気配がない。

 ただ、静寂だけが支配していた。


 その中心に――彼女はいた。


 精霊フィシス。


 地上から僅かに浮かびながら、森を見下ろしている。


 髪は光を弾き、輪郭はどこか曖昧に揺らいでいる。

 まるで、この世界に完全には属していないかのような、不確かな存在。

 彼女が瞬きを一つすると、止まっていた風が、遅れて流れ始め、世界が動き出す。


「⋯⋯酷い。いない時にこんな⋯」


 その声音だけが、妙に現実的だった。


 先刻放った回復の光が消え、惨状が露わになる。

 森の半分が黒に染まり、生命の気配は著しく薄れていた。


 視線をうつし、人間達を見る。

 満身創痍で、それでも立っている者達。


(⋯⋯力、使い過ぎてるかも)


 胸の奥にわずかな痛みが走る。

 それを押さえるように、ぐっと手を握る。


 ふわ、と隣に光が灯った。


「フィシス、遅かったな」


 現れたのは、一人の精霊。


 真珠色の長髪に、黄金の双眸。

 同質でありながら、どこか鋭い圧を纏う存在――大精霊ミュトス。


「ミュトス⋯⋯大丈夫?怪我してない?」

「ああ、問題ない。皆の避難は済んでいる。⋯⋯それより」


 黄金が鈍く光る。


「――お前、無理してるだろ」


 わずかな沈黙。

 フィシスはすぐに微笑んだ。


「ううん、平気だよ。色々任せてしまって、ごめんね」

「⋯⋯お前が謝る必要はどこにもない」


 短く言い捨てるその声音には、わずかな苛立ちが滲む。

 フィシスはそれに触れず、目を伏せた。


 脳裏に蘇るのは、先程の光景。


 血に塗れ、それでも立ち続けていた人間。

 最後に見た、あの紫紺の瞳。


(――あの子、変わっていないな)



「あ、あのー!!!あなた様方は⋯⋯!?」


 眼下から声が届く。

 フィシスは小さく息を吐き、ミュトスへと向き直った。


「ちょっと行ってくるね」

「⋯⋯」


 無言のまま、わずかに目を細められる。

 その視線を背に受けながら、フィシスはゆっくりと地上へ降りた。


 人間達との距離を取って着地する。

 恐れさせぬよう、慎重に。


「初めまして。私達は、イリーニに住まう精霊です。対応が遅くなりました。申し訳ございません」


 静寂の後、驚愕のざわめきが広がる。


 フィシスはふわりと微笑むと、瘴気の浄化後に残っている怪我人の治療を行うと告げる。


「⋯⋯では、すぐ戻りますね」


 歓声を背に地面を蹴り、空へと昇る。

 そして、ミュトスと共に、瘴気の本源であるアネシス湖へと跳んだ。


 黒く染まった湖。噴き出す瘴気。

 二人は同時に魔力を解放し、森全体を覆う。


「――《浄化》」


 光が降り注ぎ、瘴気と魔物が崩れ落ちていく。


 続いてフィシスは、胸元に手を当てる。

 ミュトスはそれを不安そうに見詰めている。


 幾つもの小さな光がフィシスを囲む。


「《再生》」


 そう呟いた途端、光が弾け、キラキラと雪のように舞い降りる。

 風が止まり、音が消え、時間すら曖昧になる。


 次の瞬間――折れたはずの木々たちが何事もなく立ち並び、焼けた地面には草が息を吹き返していた。


 だが確かに、フィシスの中の“何か”が削れていた。


「⋯⋯これで、元に戻った」


 一瞬視界が揺れ、体が震える。

 それをミュトスが、静かに支えた。


「大丈夫か?」

「うん、ありがとう。大丈夫」

「⋯⋯本当に、あいつらの為に力を使うのか」


 低く、押し殺した声。


「放っておけないよ」

「⋯⋯遅いと、迎えに行く。無理にでもな」


フィシスは首肯だけで答え、ミュトスの視線を背に受けながら、彼らの元へ戻った。


「――精霊様!」


フィシスへ駆け寄る人々。

その中に――彼はいた。


ノア・アルデバラン⋯⋯


「この度は、救っていただきありがとうございました」

「いいえ、こちらがお礼を言わなければ」


何事もないように、フィシスは微笑む。


案内された場所に負傷者は数名いた。

その者達へ手を翳し、フィシスは静かに唱える。


「――《治癒》」


手足を失った彼らの前へ、現れた眩い光。

それが、元の身体へと戻していく。


まるで、時が戻るかのように⋯。


「⋯⋯こんな⋯、有り得ない⋯⋯」


ノアは、息を飲む。

その異質な現象に、一歩も動けなかった。




――治療が終わったその時、フィシスの足元から黒にも似た何かが溶け出し、影が僅かに遅れた。


歓喜にわいた天幕。

誰も、何も、気付くことはなかった。



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