7話 後章2 戦争の『赤』
「戦う前に、一つだけ聞いてもいいかしら」
「なんだ?少女よ」
修多羅は周囲を見渡す。
炎がそこら中に引火して辺りは火の海になっており、建物は最早残骸となっている。
その中で降り立った怪物は暴れており、絶叫が絶えず町中に響いている。
「なんで、こんなことをするのよ」
「簡単なことだ。選別をするためだ。あれらに負けるような者は弱者であり、弱者は淘汰されて当然の存在だ」
「淘汰されて当然………ね。
不思議と怒りは湧いてこない。
人々が蹂躙されているというのに。
まぁ、当然か。
弱者に甘んじたことはないと思うけど、私も淘汰された側であり、隙を見せたやつから死んでいくという現実の非情さを知っているからだろう。
「でも、あなた以上の強者なんて、そうそういないわ。見ただけでもわかるわ、あなた私より強いでしょ」
「ほう?それがわかっていて立ち向かおうとしているのか。ハハハッ、素晴らしい」
「だから、出し惜しみなんてできる立場じゃないのよね」
もう片方のリストバンドを外す。
すると、制限をなくした修多羅の異能は最大出力が解放され、冷たい殺意が場を支配していく。
炎の海は修多羅を中心に消えていき、残骸も修多羅から逃げるようにわずかに動く。
「ハハハッ!在り方だけでなく、世界すらも呪っていたのかッ!肩慣らし程度と思ったが、これは当てが外れそうだな」
「私の名前は修多羅砕破。異能は《修羅》」
宣言と共に、修多羅は瞬時に飛び上がり拳を繰り出す。岳滅鬼もそれに合わせて拳を繰り出す。
ぶつかる拳は衝撃波を生み出し、周囲の炎を一瞬で鎮火させる。
「いい、がっかりさせてくれるなよ。少女よッ!」
「そっちこそ、本気を出させた甲斐を見せなさいよ!」
合わせた拳を掴んで瞬時に懐へと入る。
岳滅鬼は未だ薄ら笑いを浮かべながら腕を組んでいるため、その動きに対応することは不可能。
「非天無獄流・死劍八斗ッ!」
本来であれば顎への蹴撃を組んでいる腕へと命中させて、力づくでそれを外す。
「……なに!?」
「邪魔なのよ、それ!」
蹴り上げた足で地面を踏み抜き突進する。
露出された岳滅鬼の胸部に掌底をしてわずかに上体を反らせ、腹部に回し蹴りを入れる。
「ハアッ!」
嵐のような瞬撃を4発放ち、最後に腹部へと双掌を叩きつける。衝撃波は岳滅鬼の背後にあった瓦礫を巻き上げて、それらを粉砕していく。
「チッ………」
修多羅は岳滅鬼の足元へと目を落とす。
元いた位置からわずかに足が動くだけで、どれだけダメージが通ってないのか物語っていた。
「終わりか?ならばこっちからいくぞッ!」
死。
岳滅鬼が攻撃態勢へと入ると、修多羅の頭上にその一文字が過ぎる。
「クッ!」
迫り来る拳に手の甲を押し当てて軌道を逸らし、岳滅鬼の懐へと再び侵入しようとするが、修多羅の目の前に足が迫っていた。
「なっ!?」
「吹き飛べい!」
腕を交差して防御をするが、放たれた蹴りで修多羅は近くのビルの側面に勢いよく叩きつけられる。
「ガハッ………」
修多羅はあまりの威力に吐血し、口端から血を垂れ流す。
「めちゃくちゃね………」
修羅で強化された身体硬度が意味をなしていない。膂力も完全に上回っているし、防御力も計り知れない。
「ふっ、言葉以来の強敵戦か。燃える展開じゃないッ!」
高揚とともに修多羅の異能の出力が上がり、刻まれた紋様は全身に徐々に広がる。
「フッ!」
修多羅は短い気合いとともにその場から飛び出し、岳滅鬼の目の前へと出現する。
「ハハッ!まだ上があるかッ!」
「非天無獄流・七歩発沙ッ!」
迫る勢いそのまま放たれる鋭い蹴りを岳滅鬼は難なく防ぐ。だが、修多羅それに怯むことはなく次々と蹴撃を回転しながら繰り出す。
「いいッ!その執念ッ!敬意を表すに値するッ!」
そう言いながら岳滅鬼は組んでいた腕を開き、四つの腕で拳を握りしめる。
「叩き潰してやろう。同じ異能者としてッ!」
修多羅が繰り出した足は右側の二つの腕で容易く掴み止められる。
「なっ……!?」
「死んでくれるなよ。簡単になッ!」
わずかに上昇させた後、そのまま修多羅を地面へと叩きつける。
何度も何度も。
叩きつけられるたびに修多羅の体はヒビが入り、その隙間から血が溢れ出す。
「フンッ!」
岳滅鬼は修多羅を投げ放ち、修多羅はそれに抵抗する事もできず、地面に血の道を作りながら転がる。
「ガハッ………」
ボロボロの修多羅の体。
そこに広がっていく赤き紋様。
それは異能の制限時間であり、完全制御へと至らなかった修多羅の異能は、存在の侵食を始める。
未曾有の怪物へと、
修羅へと、
存在置換を始める。
「至るか、少女よ。いや、怪物よ!」
紋様は修多羅の肉体を覆い尽くし、体を完全な赤色へと染め上げる。
やがて、赤色の怪物はぐらりと起き上がる。
「アハハハッ!ハハハハハハハハハッ!」
「おめでとう。お前は今、完全異形化を成した」
怪物はひとしきり笑った後、岳滅鬼へと歩く。
そして、消える。
「ぐっ……」
岳滅鬼は訳もわからずうめきあげる。
懐には拳を繰り出す怪物の姿があった。
「存外強い。だが、理性まで無くしては宝の持ち腐れだな」
迫り来る四つの腕に対して、赤き怪物は本能でその対処方法を選択する。
「非天無獄流変則・シカイハセイ !」
体を捻りながら四つの腕に向かって拳撃を放ち、岳滅鬼の腕は弾いて脅威を取り除く。
無防備となった隙を逃さず、次の拳法を繰り出すために、地面を踏み締めて全身の力を練り上げる。
「非天無獄流奥義・トツカノツルギ!」
放たれる手刀は言葉に放った直刀のようなものではなく、曲刀のような不規則な軌道をしたものだった。
「当たればただでさえすまないな。であれば、逸らせばいいことだ」
迫り来る手刀に対して、岳滅鬼はその腕の腹を殴って軌道を逸らす。
「ッ!アアアアッ!」
怪物は初撃を防がれたことにも怯まずに、残りの9回もの斬撃を繰り出す。
が、それら全て正確に見抜かれ、岳滅鬼に届きうることはなかった。
「動きのキレがなくなった。言ったであろう、理性を無くしたのは宝の持ち腐れだと」
防がれて驚愕する怪物の顔面を岳滅鬼の拳が見事命中し、景気良く吹っ飛んでいく。
「アァ………、アァァ………」
吹き飛んでいく怪物はそのまま地面へと叩きつけられようとしたが、そこに1人の男が怪物を抱き抱えて着地する。
「頑張ったな。『修多羅砕破』」
「こと………は…………」
「ボロボロじゃねぇか。『治れ』」
言霊が放たれると、広がっていた紋様は消えていき、ボロボロの肉体は真新しいものへと変わっていく。
「ごめん………、あなたの代わりに私が……」
「あんま口開くなよ。体力まで回復してねぇんだから」
「………………」
にこやかに笑う言葉を目にして、修多羅は安堵したのか、無言でそのまま目を閉じる。
ゆっくりと寝かせてから、言葉はくるりと振り向いて岳滅鬼に向かって指を差す。
「『吹っ飛べ』」
「ッ!?」
岳滅鬼の体は瞬時に空中へと放り出されて、山なりの軌道を描きながら下へと向かっていく。
そこはサッカーの試合に使われるようなスタジアムであり、決戦場のコロシアムだった。
「………成程」
岳滅鬼は勢いそのまま地面を踏み砕きながらコートへと着地をする。
そして、言葉はそれと対照的に観客席へと静かに着地する。
「街から離した上に、決戦場まで用意してくれるとはな。粋なことをしてくれるじゃないか」
「決戦場を用意したのは違うが、まぁお前みたいなやつを街で暴れさせるのもな」
「いぃ!実に英雄らしいッ!」
「チッ、そんなもんで呼ぶんじゃねぇよ」
「いいや、お前は間違いなく英雄だ!」
「なんで俺に対してそんな評価高いんだよ。逆に気持ち悪いわ」
言葉は観客席からコートへと飛び降りて、ゆっくりと岳滅鬼へと歩く。
「お前の戦闘は全て見せてもらった。的確な判断に、異能の運用、格闘センス。それら全てが貴様を強者たらんとし、救うために何も捨てられないのが、実に英雄らしい」
「なんでそんなに褒めるのか神経を疑うが、お前はなんでそっちにいるんだ」
「弱者を間引くこと。そして、強者との飽くなき闘争をするためだ。特に、お前のような英雄のような人間とはな」
「英雄英雄って、そんな奴と戦わなくても他にもお前の言う強者というのはいるんじゃねぇのかよ」
言葉の素朴な質問に対して、岳滅鬼はニヤリと笑う。
「違う。英雄というのは、強烈な悪が生み落とされた時に世界が生み出すもの。つまり、悪に対しての善の対症療法だ。そんな人間が、弱い奴であるはずもない」
岳滅鬼は4本の腕を開き、力強く拳を握る。
「それと覇を競えるのだ。これ以上の生きる意味などない」
「…………そうか」
言葉はやがてコロシアムの中央につき、先にいた岳滅鬼の顔を見据える。
「もういい、問答は無用だ。さっさと殺し合おうぜ」
言葉は全身から殺気を放つが、それに対しても岳滅鬼は涼しげな顔で笑う。
「そう急くな。もうじき来る」
岳滅鬼が空へと指を差す。
それに準じて上を見上げると、ギラリと五つの鈍い光が放たれる。
その光はやがて言葉達の間へと落ち、その姿を表す。
「5本の……刀?」
2本の斬刀に、2本の打刀。
そして、一本の刀。
「決戦場はお前が、ならば方法は俺が用意させてもらった」
言葉は目の前に用意された刀を地面から引き抜き、自分の腕に振り下ろす。
腕は紙切れのように呆気なく切れ、傷口から出血が起きることがない。
「素人の目でも見紛うことがないほどの業物だな」
「もちろん、この決戦に装備差などありようもない」
岳滅鬼は上の腕で斬刀を掴み取り、下の腕で打刀を引き抜く。
「さて、楽しもうじゃないか。この愉悦を」
「一瞬で終わらせてやる」
狂気、殺気。
互いに強力なそれを放ち合いながら、刀をゆっくりと構える。
「四刃一刀流 岳滅鬼」
「無手勝流 歴木言葉」
互いに名乗り。
そして。
「ハアッ!」
「オオッ!」
正面から激突した。




