7話 中章3 決壊 ②
殲滅会のベッドに転がされて、二週間ほど経った。不死という存在に刻まれた回復力のブーストによって、体は何とか完治することができた。
「やっと、動ける」
不死の不完全性を証明するように、数箇所に負った傷は中途半端に修復され、生傷となっている。
「………だが、治った」
だから、また戦える。
俺にやれることはどうせそれしか無い。
どれだけ否定されようと、どれだけやり方を間違っていようと、俺がやれることに変わりはない。いつも通りに、異能者という脅威を、死にながら排除するだけだ。
「死にながら排除………か」
こういう思考が、こういう考え方が、こういう行動原理が、人間性を酷く欠いていると言われる要因なのだろう。
「チッ…………」
当てもなく、殲滅会をヒタヒタと歩き、近くの一際大きい部屋へと入る。そこは練兵場であり、本来であれば多くの構成員が体を鍛えているはずだが、深夜2時ともなれば伽藍堂としている。
「試すか」
言葉が入ったのは一体一の対人特化型の戦闘ルームであり、そこには拳やら剣やらを携えた、武人のような人形が静かに立っている。
「確か……こうだったよな」
人形には戦闘レベルがあり、1から10段階まであり、そこを突き抜けると特定人物の技術を模倣した人形と戦える。俺の戦闘経験をもとに、人物の名前は色々載っている。戦ってきた異能者はもちろん、修多羅や銀鏡の名前、そして俺の名前まで。どうせならば自分と戦ってみようと、自分の名前を押す。
「戦闘想定 歴木言葉」
人形の姿は形を変えて、俺と同じ体型になる。片手には刀、片手には拳を構える。
「戦闘カイシ」
その宣言ともに人形の目が赤く染まり、歪な音を立てながら口だと思われる場所を開ける。
「『止まれ』」
「………ッ!?」
理論的に構築された人間にとって不快な音を人形は叫び、言葉をその場で釘付けにする。
「成程……、異能も技術的にできる限界までやっているということか。って、訓練としてはクソゲーレベルじゃねぇか」
そんな文句を言いながら、言葉は奏でられる不協和音に苦しめられながらも突進する。
人形はそれに驚くこともなく、平然と刀を振る。咄嗟に反応して左腕で防ごうとすると、腕は切り落とされ、首へと刃が迫る。
「殺す気かよッ!」
首を下げて刃を避けた後、回し蹴りをして人形に強制的に距離を取らせる。
「訓練で人が死んでないよな」
「安心しなよ、想定でも君に挑むような奴なんていないよ」
「千里さん!?」
言葉が後ろを振り返っているのをこれ幸いにと人形は襲いかかる。が。
「『止まれ』」
振り向きざまに言霊を発動させて、人形の腕を手刀で切り落とした後、握っていた刀で細切れにする。
「回復したてで、我々にとっての歴木言葉を倒すとは。流石と言わざるを得ないね」
「俺、こんなに弱くないっすよ」
細切れになった人形はその場で泥となって地面に溶けた後、また元の位置に最初と同じ形で再構成される。
「まぁ、君は理論で再現できるような強さではないという事だ」
ルームの扉を開けて、千里と一緒に言葉は部屋を出て、そのまま廊下を歩く。
「すまない」
「何がです」
「君をそんなになるまで追い詰めて」
患者衣の隙間から見える生傷。
それを見るたびに、千里の顔は歪む。
「君は、もう…………」
それは結果だった。
異能の多重発動自体が脳に肉体へのダメージを誤認させる行為である。つまり、言葉は不死によって死なないだけで、体を治すことは完全にできなくなった証明だった。
「千里さん、百道はやばいっすよ」
「あぁ、君が負けたニグレドのボスだよね」
「そいつ、俺以外に戦わせないでくださいよ」
「君を完膚なきまで叩きのめせる相手に対して、私たちが持ち得る手段があるとでも」
千里は肩をすくめながら、言葉に冗談めかしに言う。
「ない。と言い切るのも自信家みたいで嫌ですけどね」
手はないとは言えない。
が、やったとしても相手の異能が理解できなければ無意味になる。
「安心してくださいよ。せめて、相打ちに持って行きますから」
「………あぁ」
言葉は千里に向かって笑顔を浮かべるが、それとは反対に千里は自身の無力を呪う。
「伝令ッ!」
そんな最中、一人の構成員が二人の元へと息を切らしながら走ってきた。
「どうしたんだ」
「ハァハァ………、都内で大量の異能者が現れましたッ!」
「大量の異能者っ!?数は!?」
「20人を超えています。そして、その全てが異形系の異能者と思われますッ!」
「どう言うことだ………って、言葉くん!どこにいくんだい!」
「決まってるでしょ!向かうんですよ!」
バイクで悠長に向かっている場合じゃないな。
「君の体はすでに限界だろうッ!」
「治療行為ができないだけでしょ。それならどうとでもなりますよ」
言葉はそのまま緊急脱出用のハッチを開くと、そこには地下から地上へと続く滑走路姿を表す。
「『吹っ飛べッ!』」
言霊をすぐさま発動させ、自身を急速に地上へと力強く押し出す。勢いよく射出された言葉は、天高く空を舞う。
「何だ……これ………」
言葉が空から見たのは、地獄絵図だった。
「やめてぇぇぇぇッ!」
「殺さないでぇぇぇ!」
「うわぁぁぁぁぁッ!」
化物が点在しており、人を襲っている。
涙を流しながら、人々が悲鳴を上げて逃げ回っており、いくつもの絶命の瞬間目に入る。
「銀鏡は!あいつはどうしている」
チッ、ごちゃごちゃ考えてもしょうがない。
「『身体極化』+『五速』」
二重のオーバーフローをかけて、爆発的な加速力を生み出す。
「とりあえず、近場からだッ!」
異能の力で現場に急行し、人と化物の間に割って入る。
「『止まれ』」
化物の挙動を瞬時に止めて、銃を取り出しながらそのまま撃つ。
「『死ね』」
放たれた銃弾は化物の心臓と思われる箇所を無慈悲に貫く。
「グギャアアアアアアアアッ!」
化物が絶叫をあげると、構成していたであろう肉体が次々と削ぎ落ちて行き、胸から血を垂れ流す。
崩れた落ちていく残骸の血流から、一人の男の子がその中から現れる。
「は?」
「ハァハァ…………」
男の子は這いつくばりながら、絶命の瞬間が訪れるまで、言葉ににじり寄ろうとする。
やがて、男の子は言葉にたどり着き、言葉の足を掴む。
「あり………がとう………」
それだけを言い残し、男の子は絶命した。
「なっ……どう言う……ことだよ」
困惑する言葉と裏腹に、背後にいた二人組の男女が言葉に近づく。
「ありがとうございますッ!おかげさまで助かりました」
「このッ!化物がっ!」
男は死んだ男の子の死体を蹴り上げ、それは力なく道路の端へと飛んでいく。
「やめ……」
「あなたがいなかったら、私たちは死んでいました」
「………ろ」
「あなたは、私達のヒーローですッ!」
「………めろ」
「他の人たちも救ってあげてください!ヒーロー!」
「………くっ!」
言葉は握られた腕を振り解き、そのまま飛び立ち、次々と現場へと向かう。
「アア、アアアア、アアアアアアッ!」
化物を撃ち、子供が露出し、襲われてた人々から感謝を言われる。
正しいし、正常な反応だ。
子供が異能者で、殺すべき対象で、いつもと何ら変わりはない。
なら、腹の底で堆積していくこの気持ち悪さは何だ。
言葉が19体目の化物を撃ち、20体目の現場へと急行すると、そこには子供たちが互いに身を寄せ合って建物の隙間で怯えていた。
化け物はそれらに必死に手を伸ばそうとしていた。
「『死ねッ!』」
感情を振り払うように、その化物に対して死の弾丸を放つ。すると、いつものように化物が絶叫を上げる。だが、いつもと違ったのは、涙を流すように吹き出すように全身から出血をさせ、言葉はそれを右半身に浴びる。
「あぁ………」
化物から出た子供は、言葉の背後にいる子供たちに手を伸ばす。
「僕も………、そっちに……………」
「…………すまない」
言葉は絶命していく男の子に対して、そうやって謝ることしかできなかった。
俯き、光景の悲惨さに暮れる言葉に対して、子供たちは口を開く。
「ありがとう」
子供達の一人の女の子が言葉へと近づき、言葉の血まみれの右手を弱い力で握る。
「助けてくれて、ありがとう」
「………ッ!」
言葉はそれを反射的に腕を振り払う。
だが、女の子の右手に血がベッタリとつく。
「ヒーロー」
「やめろ」
「ありがとう」
「やめてくれ」
「私たちを」
「やめろ」
「助けてくれて」
「やめてくれ」
「ありがとう」
「やめろッ!」
言葉はその場にとどまることはできず、勢いよく飛び去り、どこかの公園へと着地する。
「何なんだよッ!」
俺がやっているのはただの人殺しだ。
それに感謝をするなんて、どうかしている。
言葉が地面へと膝を抱えていると、そこに2人分の人間の影がさす。
「言葉君?」
「へ?」
顔を上げて確認すると、そこにいたのは葬さんだった。
「葬さんに、寧々さん」
「言葉のぼうやじゃないか。あんたが血まみれになってるってことは、この状況をどうにかしようと動いているんだな?」
「え、えぇ」
「頼む、私らの赤ん坊を助けてやってくれ」
「子供いましたっけ?」
「最近拾った子なんだけどね、この騒動が始まった途端にどこかに行っちゃったみたいなんだ」
この騒動の最中を。
子供がとても生きてられるような状況じゃない。場合によっては死んでいるのでは。
「あの……、極力探してみますが」
「あぁ、頼んだ。お前ぐらいの背丈の女の子だよ」
「え?赤ちゃんなんですよね?」
「そうだ。赤ん坊なんだが、その何だ。急に成長したんだ」
「………まさか」
異形系の異能者か。
「言葉君、君の仕事は知っている。けど、僕はあの子が望んで行ったようには思えないんだ」
「頼む、お前なら助けてやれると思うんだ」
「わ、わかりました。探してくればいいんですね」
「あぁ、頼んだよ」
言葉はそのまま飛び立ち、周囲を確認する。
あちこちで火の手が上がっているが、化物……達を倒したから人々の悲鳴が聞こえることはない。
「背丈が同じぐらいの女の子………」
周囲を確認しながら空高く舞っていると、屋上のビルでこちらを睨め付けている女がいた。
「見つけた」
そんなことを言っている気がした。
瞬間、言葉の右肩が消し飛ぶ。
「なっ!?」
言葉はバランスを崩し、近くのビルを突撃する。
それでも勢いは止まらず道路へと叩きつけられる。
「チッ…………『治れ』」
自身に治癒を施そうとするが、極限にまで減退した自然治癒力はわずかばかりの細胞を再生させるだけで、遅々として肉体の再生へと至らない。
「見つけたと思ったのに、すでに死にかけているなんてね」
そんな言葉の前に、睨め付けていた女が姿を表す。
「…………お前か」
言葉と同じ背丈の女。
女の子というには少しばかりに歳を重ねているような気はするが、正解であろう。
「寧々さんと、葬さんが探してたぞ」
「そっか、パパとママはまだ私を探してくれてるんだね」
女は諦念を含んだような声をしながら、少し寂しげな表情を浮かべる。
「くっ…………」
治療行為ができない。
であるのなら、自分の定義を人間でなくせばいい。
「そのままほっといても死にそうね」
「黙ってろよ。というか、お前はあの二人の元に帰る気は無いのかよ」
「無理だね。私はお前、歴木言葉を殺さないといけないから」
「………そうかよ」
不死の怪物。
フィクションで描写をされるようなそれらは、人間と違った理で動いている。つまり、通常の人間のルールが当てはまらない理外の生物。
「『直れ』」
言葉がそう一言つぶやくと、言葉の肉体は瞬時に再生して、衣服も元通りになる。
「ふっ、あなたも怪物側なのね」
そう言いながら、女は右腕を瓦解させてから鋼鉄の腕を構成する。
「私の名前は1号。あなたを殺す怪物」
「自称怪物如きが、俺を殺せると思うなよ」




