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7話 中章1

ぐぎゅるるるるる。

「お腹………すいた…………」

研究施設から飛び出てから気づいたことだが、私はお金というものを持ち合わせてはいなかった。お金というものが食べ物を買うための手段であり、それがなければどうやら空腹を満たすことはできないようだ。

3日間の断食と、3日間の断水。

人間であれば本来死んでいる頃であるが、超生物である強さが餓死という間抜けな死に方を許さなかった。

「……………」

空腹で異能をまともに発露することもできず、すぐに赤ん坊の姿に戻ってしまった。

そして、赤ん坊になって思うことは、まともな発声ができないことだ。

「あー…………だ…………」

1号は憔悴しきり、エネルギー消費を抑えるために眠ろうとしていると、一人の影が指す。

「こんなとこに裸の赤ん坊がいる」

「あ………」

わずかな希望に縋り、こちらを覗き込む顔を見上げる。すると、そこには眉毛から顎まで長い裂傷の痕が印象的な、軍人のような恵体の女性がいた。

「痩せ細ってるじゃねぇか!捨てられたんか!お前!」

「ち…………」

違うと言葉を吐こうとしても、口の渇きやら空腹やらでそれは防がれる。

「うーん、旦那様は夜にしか帰ってこねぇからなぁ、星華らの喫茶店にでも行こうかね。私、料理下手くそだし」

筋肉だるまのような印象とは裏腹に、その女性は私をはふわりと抱きしめる。

「お前、なんて名前だ?」

「い……ち……」

「………わからんッ!わからんから、私から名乗ろう。私の名前は寧々だ」

「ね……ね……」

「限界そうだし、少し早歩きするか」

ずんずんと寧々は歩き始める。

とてもじゃないが、風景がとんでもない速度で流れていっているのは気のせいだろうか。

「あ!い!」

「怖いって言ってんのかな?おかしいな、時速60キロぐらいでしか歩いてないんだけどな」

寧々は赤ん坊を頭をボリボリと掻きながらそのまま歩き、突然急停止をかける。

「おっと、過ぎた過ぎた」

そこにあったのは、茶色の屋根で、こぢんまりとしたバーのような見た目の建物だった。

「これ、だったよな?」

そのまま扉を開いて、喫茶店の中へと入っていく。

「いらっしゃ………って、お前かよッ!」

「お前かよって、酷いな闘華ちゃんよ」

「私をちゃん付けするようなやつなんて、今日日お前ぐらいなもんだよ」

「いや、星華もするだろうが」

「お姉は別だ」

「さいで」

そのままカウンター席へと移動して、抱き抱えていた1号を闘華へとみせる。

「お前がきた理由はこれか。お姉ーッ!」

「はーい」

闘華が呼びかけると共に、姉である星華が出てくる。

「あら、寧々ちゃん。久しぶりね」

「とりあえずそれは後でいいからさ、こいつを助けてやってくれ」

「………何これ!」

「道端に裸でいたんだ。おそらく捨てられたんだと思う」

「ちょっと待って、体内水分が恐ろしく低いじゃない。3日ほど何も飲んでいないんじゃないの?闘ちゃん、水持ってきて!」

「わ、わかった」

闘華は急いでキッチンへと戻り、哺乳瓶の中に水を入れて持ってくる。

「ぬるま湯だよね?」

「もちろん」

「ほら、寧々ちゃん」

「え?私?」

寧々は戸惑いながら哺乳瓶を受け取り、1号の口元へと恐る恐る近づける。

1号は久しぶりの水分補給ができると、未成熟な手を精一杯伸ばして、哺乳瓶に口をつける。

「飲んだ………」

ゴキュゴキュと無我夢中に飲み進める1号を見て、寧々は安堵の息を漏らす。

「ふぅー、よかったよ。私は料理作れないし、弱った人間の介抱なんて繊細なことできないんだ」

「武器は作れるのにな」

「あれはテキトーにやってればできるだろう」

「そのテキトーに繊細な作業が含まれてんじゃないかって話だよ」

そんな軽口を叩いていると、カランと来客を知らせる扉のベルが鳴る。

「休憩にきた…………って、寧々ちゃん?」

「おぉ、旦那様じゃ無いか」

そこに入ってきたのは、喫茶店の常連客であり、タクシー運転手である葬。

「珍しいね、喫茶店に来ているなんて。依頼は終わったのかい?」

「んにゃ、行き詰まって散歩してんだがな、この赤ん坊を拾っちまったんだよ。おぉ、よだれが出てるじゃねぇか」

近くにあったティッシュを取り上げ、1号の頬へと当てる。

「ダメだよ寧々ちゃん。拭いてあげないと」

「でも、私じゃこう爆散とかしそうで」

「あはは、怖い発想はやめてよ。ほら、貸して」

なんだろうか、この感情は。

なぜこんなにも、泣きたくなるのだろうか。

わからない。理解ができない。

「うあああああっ」

「あぁ、泣きやがったぞ。旦那様、どうしたらいい。二人とも、笑ってないでどうしたらいいんだよ」

「あはは、そういう時は抱きしめてやればいいんだよ」

「爆散………」

「優しく、優しくだよ」

「わ、わかった」

諭されるように葬から言われ、おずおずと寧々は1号を抱きしめる。

「ああああっ」

それは1号が初めて味わったものであり、その正体とは母性と父性という、並みの子供であれば当たり前に享受できるもの。

だが、水槽で育った1号からすれば、それらは欠落して当然のものであり、変えられない人間としての幸福だった。

「なぁ、旦那様。こいつさっきまでボロボロになってて、ガリガリに痩せ細ちまっててさ、おそらく………」

「そっか、引き取りたいってことだね」

寧々が指を1号へと差し出すと、1号は赤ん坊らしくにこやかな笑顔を浮かべながら、両手でそれを掴む。

「ご飯食べられるかな?」

「元気になったみたいだし、お姉出してあげてよ」

「そうね」

寧々は再び1号の顔を覗き込む。

「食べられるか?」

「あい!」

寧々の腕の中にいる1号は舌ったらずな返事をするのだった。

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