7話 前章2
目を開けると、いつもの水槽の中ではなかった。水槽越しに見ていた白いだけの風景で、私のように放り出された子供達がたくさんいる。
「おはよう、1号」
私をそう呼ぶのは、毎日私を見ていた皇后崎と呼ばれていた女の人だった。
「あ……、だっ………」
動かしたこともない肉体に、思考が追いつくはずもなく、少女は声を出そうと呻くことしかできなかった。
「少し、散歩しましょうか」
皇后崎は1号を抱き抱えて、他の研究者にアイコンタクトをしてから、その場を離れる。研究者は曝け出された子供たちに話しかけているところで扉は閉まり、その後を見ることはできなかった。
「大丈夫よ。心配しなくても、あの子達と一緒になれるわ」
何を言っているのだろうか。
毛頭理解はできない。
皇后崎はしばらく廊下を歩くと、途中の一室を開ける。すると、そこにはふわふわと浮遊しながら寝る百道がいた。
「持ってきましたよ、百道様」
皇后崎が話しかけると、パチリと目を開けて、百道はすぐさま二人の目の前へと移動する。
「これが実験の成功体かい?」
「そうです。この子が、人工異能者の完成体ですよ」
百道の実験。
それは異能を発現した人間の魂を人工生物へ移植して、異能の複合生物を生み出すこと。
異能の連鎖効果で生み出す理論上の超生物であるため、過程によっては廃人になったり自由意志のない状態になることが多い。先ほどの子供達がそうだが、一号はそれらと一線を画す。
「自己認識と自由意志を持っていて、おそらく異能の発露も自由にできるかと」
「成程成程。この子に組み込んだ異能はなんだっけ?」
「《肉体変異》と《吸収》と《電気》ですよ」
「三種も!驚きだ。成功例であり、完成形ってやつだね」
百道はすぐさまテーブルにあった顔写真を取って、指を指しながら一号に言う。
「これが、君の敵だよ。歴木言葉って言うんだ」
「て……、き………」
「そうさ、僕らの仲間を殺したり、君の兄妹を殺したりするような残酷なやつさ」
そこで植え付けられた異能である《吸収》を無意識に発露させて、知識の吸収を始める。
「て……き…って何?」
「悪い奴のことさ。こいつがいたら、僕らは何もできなくなる。だから、君が殺すんだ」
「殺すって?」
「命を、存在を奪うんだ」
「こいつがいると、困る?」
「そうさ、困るんだ」
「わかった」
抱き抱えられた少女は《肉体変異》によって成人女性まで肉体を変え、さらに外皮で服まで再現してみせる
平然と両足で立ってみせ、そのまま出口へと歩き始める。
「こいつを殺せばいいんだね」
「そうだよ、頼んだよ。一号」
部屋を出た一号は地面を爪先で叩き、反響する音から研究所のマップを瞬時に把握して、外に出る方へ静かに歩く。
「出撃するか、幼子よ」
いつのまにか横に並んで歩く、四つ腕の怪物がいた。名前は確か。
「岳滅鬼………さん。でしたっけ」
「敬称に敬語か。生まれたばかりと思えぬ学習速度だな」
「まぁ、コトハってやつを殺さなきゃいけないみたいですからね、子供のままじゃいられないですよ」
「ふっ、お前まで英雄狙いか。いい、実にいい!」
「あなたも百道に殺すように言われたの?」
「違う。我は、あやつと戦いたいだけだ」
わからない。
吸収を持ってしても。
「な………いや、いい。今の私にそれはわからないと思うから」
「そうか。我もお前の後に、準備が整い次第出撃する予定だ」
「何をするの?」
「"選別"だ。幼子よ、この世に不必要なものとはなんだと思う」
不必要なもの。私たちの邪魔をするコトハ。
それ以外……、それ以外………。
「わからない」
「うむ、正直な回答だ。答えはな」
岳滅鬼は四つの腕を握りしめながら、天井を仰ぐ。
「弱者だ」
「ジャクシャ?」
「そうだ。弱い者と書いて弱者だ。奴らは己が世界を変えようともせずに不平不満だけを述べ続けるだけの存在。いわば、意味のない存在だ」
「意味のない存在」
この人はよくわからない理屈を言っている。
意味は不明だが、行動原理はまぁわかる。
「故に、先に見定めてこい。奴が弱者を守る弱者か、それとも世界を変えうるほどの強者か」
「わかりました」
岳滅鬼は歩みを止めて、1号の背を見届ける。
1号は研究所から人生で初めて外に出る。
そして、色とりどりの世界を目にするとともに、《吸収》によって処理されていく情報群をもって、一言だけ吐く。
「なんて、醜い世界だ」




