7話 前章1
空洞は露呈し、正体が顕になる。
外郭が削れ、飛び出してきたのは。
「………っは!」
気づけば、俺はベッドの上にいた。
そこは見知っている天井であり、場所は殲滅会であると推測できる。体には無数の縫合の跡と、包帯が巻かれていた。
「起きたか、馬鹿が」
近くの壁にもたれながら、延永は言葉に悪態をつく。
「あぁ、おかげさまでなんとかな」
体の完全に治っていないということは、不死による治癒能力が減退してんのか。
「どこかに行こうなんざ思うなよ。テメェの今の状態は、なんで生きているのかわからないんだからよ」
「そうか………」
横たわった状態から腕を軽く上げることしかできない。くそ、情けない。
「銀鏡と修多羅って人に感謝するんだな。テメェをここまで運んでくれたんだから」
「そうなのか、後で言っておくよ」
二人に迷惑かけちまっていたのか。
「お前、俺がした話、覚えているか?」
「ん?なんの話だ?」
「テセウスの船の話だ」
「あぁ、異形系の異能みたいに存在置換が起きていて、俺が別物の生物になるみたいな話だったよな」
「そうだ」
哲学的パラドックスの話。
船の部品を全て交換した時に、それは元の船と同じものだと言えるだろうか。そういうもの。
数の問題やら、質の問題やらの定義によって答えは千変万化するが、わかりやすく言えば、同一性を問うものだ。
「言葉。映像を見たがな、"戦い方"が変わっているぞ」
「戦い方?」
何を言っているんだろうか。
俺はいつものように死んでから立ち上がり、血だらけになりながら戦っているはずだが。
「お前は死を軽く扱うことはあっても、死を材料として戦うことはしなかったはずだ」
「どういう意味だ」
「使う意味のない場面で、わざわざ死に急ぐような真似をしなかっただろってことだ」
頭の検索をかけて、戦いを思い返してみる。だが、どれをとっても命を無碍にしたことなどないはずだ。
「わからねぇって面だな。ったく、これだよこれ」
延永はベッドへと近づき、携帯に映し出した動画を寝たきりの言葉へと見せつける。
そこで流れていたのは反土との戦闘映像であり、そこにいたのはオーバーフローを発動する俺だった。
「これだ、これ」
「これだと言われても、異能者との戦いで必然的になったものだろうがよ。佐代鹿の時だって、完全異形化にオーバーフローの多重強化まで施してたんだぜ?それを毎度指摘されてたら、俺は何もできねぇよ」
「それは必要だったからだ」
必要だった。かつてない強敵だったから。
反土も必要だった、倒すために。
「必要だったさ」
「いや、反土に関しては不必要と断言できる。お前なら、発動する必要のない戦いだったはずだろ」
確かに、手はあった。
やりようはいくらでもあっただろうが、その上で最善最適最短を選んだ。
「お前は、敵との戦いを処理するような人間じゃなかったはずだろ」
「……………」
「お前は、敵と対話するような偽善者だったはずだろうが。なのに、最近のお前は早々に対話を諦めて、敵を打倒するための最適解を選んでいる」
「………違う」
「お前は、最善を選べるような人間じゃなかった。遠回りをして、苦痛に歪みながら、それでも絶望を受け止めようとするやつだったじゃないか」
「……違う。俺は……」
思い当たる節がある。
というか、思い当たる節しかない。
あぁすればいいとか、こうすればいいとか、そういう理論値に近い妄想が体現できるようになってから、それをするようになった。
決して、それを試したいからという理由ではないとは思う。
だが、結果としてその選択をし続けていた。
「俺は……………」
「見直せよ、お前は色々見失っているぞ」
それだけを言い残し、延永は病室から出ていき言葉を一人だけにしていった。
「倒せることがそんなに悪いことかよ」
敵に同情する余地なんてそもそもないはずだ。
復讐や友の排除をするような相手に、そもそも敵に対して、対話を試みるほうがおかしいじゃないか。
「…………くそ」
そんな甘ったるいことをやり続けられるのならば、俺はこんな体をしてない。
「言葉」
気づけば、ベッドの隣で修多羅が座っていた。
「よう、運んでくれたんだってな。ありがとうな」
先ほどの指摘を隠すように、言葉は愛想笑いをする。
「運んだ時に一向に治らないからどういうことかと思ったけど、まだ治らないのね」
「あぁ、石動の時に過剰に高めたからな。その影響で一時的に不能になっていると思うぜ」
「相変わらずめちゃくちゃな体してるわね」
修多羅はそう言いながら、ボロボロになっている言葉の左手を握る。
「ねぇ、あんたはなんでそんなに自分を大切にできないのよ」
「大切にしてるだろ」
「この状態をしている人間が?あんな戦い方をしている人間が?あなたは戦うよりも自分の体を治すことを優先していたのに、さっきのはどう考えても『死んでもいい』と考えてるとしか思えない戦い方だったじゃない」
俺はそれに対しての解答を持ち合わせてはいない。だが。
「そうじゃないと、勝てなかったんだよ」
「なんで自分一人で全部解決しようとするのよ。銀鏡さんや私があの場にいたんだ」
「なら、《必中》を死なないで防げる手があったのかよ」
「………………」
修多羅は数秒の沈黙をした後、席を立ってから扉へと手をかける。
「そんな正論じゃなくて、私はあなたが頼らなかった言い訳を聞きたかった」
「待てーーー」
言葉の声はピシャリと閉じられた扉に遮られ、修多羅に届くことはなかった。
「なんなんだよ」
どいつもこいつも。
「じゃあ、俺はどうすればいいんだよッ!人並みに傷つくことも許されずッ!誰かを庇うことも許されないのならッ!何ができればいいんだよッ!」
俺は全員を守るための最善手をとっているはずなのに。替えが効くんだから、俺が死ねば全部解決するんじゃねぇのかよ。
「俺は……俺は………」
言葉の絶叫は病室に響き渡る。
その虚しさを受け止めることもなく、ただ周囲にこだまさせるだけだった。




