6話 中章2 支配の『白』
「さて、誰が異能殺しと戦う?」
百道は乱立した水槽を見上げながら、どうでもよさそうに背後に控える異能者たちへと投げかける。
「私が行くわ」
声を上げたのは、白いハンティングウェアに身を包み、片手には巨大な弓に、矢鼓を背負う女だった。
「石動か。確かに、君の異能なら異能殺しを殺せるかもしれないけど、弓如きで死なないと思うけど?」
「リスキルしろって事でしょ。何千万回でも殺してやるわよ」
石動と呼ばれる女は、目の奥に黒い炎を宿しながら、百道に強く言い放つ。
「いい殺意だ。そっか、君は弟、寒水を異能殺しに殺されたんだっけ」
「えぇ。世界滅亡しようってんだから、殺し殺されることは仕方ないことよ。この世は所詮パワーゲームで、弱肉強食なんだから。弟は弱かった、だから死んだ。だけど」
静かに殺意を練り上げながら、石動は言葉を吐く。
「それは理屈であって、私の気持ちとは何ら関係ない。復讐はさせてもらうわよ、行くなというならばこの場の全員に八つ当たりするわよ」
「まぁ、君は最初に行く予定だったし、僕から引き止める理由はないけど、みんなはどう?」
百道の問いに対して、その場にいた二人は口を開く。
「俺に辿り着くまで死ぬのであれば、それは期待する強者じゃなかったということだ」
2メートルを超える巨躯、鍛え抜かれた強靭な肉体。そして、四つ腕。
名を、岳滅鬼。
人間単体で得られる質量を超えており、立っているだけで、空間を圧迫する。
「炎は最後なんだろ?だったら、何でもいい」
カランと音を立てて、下駄を鳴らす。
和装の中から見える両腕には、黒い炎と刀が呪いのように刻まれている。
名を、火売。
「じゃあ、石動は1番目。そして、岳滅鬼が2番目で、火売が4番目ね」
百道が気だるそうにそう言う。
「ええ、1番目なら異存はないわ」
「俺も」「炎も」
三者は納得をして、会議は終結へと向かう。
「そしたら、行ってらっしゃい。期待は限りなくしてないけど、まぁ殺せたらラッキー程度には思ってるよ」
百道は背を向けたまま、石動にヒラヒラと手を振る。
「行ってくるわ。もちろん、異能殺しを殺したあとは、あなたを」
「あぁ、できるといね」
「はい、ホームルーム終わり。委員長、挨拶ー」
「きりーつ、れーい、ちゃくせーき」
いつものように号令が終わり、いつものように放課後に突入する。そのいつも通りになかったのは、俺がみんなと同じように教室にいたことと、寝ずにいられたことだ。
「言ちゃん、珍しく起きてたね」
「いや、走。普通のことだから」
普通とは一体なんだろうか。
それは世界の常識なのか、それとも個人の視点なのか。
「難しい話だ」
「何言ってんのよ。馬鹿じゃないの」
修多羅らしい、辛辣極まる発言だ。
「はぁー、ずっといたい。私、何で部活なんか入ってるんだろう」
時刻は17時半。陸上部の部活は18時から始まるため、もうそろそろ出ないと間に合わない。
「走、私は明日も来るから。その時また話そっ!」
「そう、そうだよね。はぁー、行ってくるよ」
走は体を折ってお腹の高さまで肩を落としながら、ダラダラと教室を後にした。
「修多羅、部活ってめんどくさいのか?」
「珍しいわね、あなたが学校に興味を持つなんて。まぁめんどくさい人間はいるんじゃないの?場合によっては毎日やるところもあるだろうし、私は色んな意味で行きたくなかったけど」
「それはどうやってリアクションしたらいいんだよ」
修多羅は異能発現に伴って中学から様々な経緯を辿ってきたが、彼女の中での極め付けは、土下座をされて試合に敗北したことだった。土下座をされ、化物と呼ばれ、どうしようもない敗北感と罪悪感の中、降参をした。
「まぁ過ぎたことだから何でもいいのよ」
「何にしても、俺は部活なんざ入る暇ねぇだろうなぁ」
周囲には、俺と修多羅と歌か。
修多羅にはバレてるし、歌は護衛対象だから、もういいか。
言葉は胸ポケットを弄り、銃口を窓の外へと向ける。銃口の先には、迫り来る黒い点。
それは距離を詰めながら姿を現す。
「矢……か?まぁいい」
「言葉、何をしてるの?」
「まさか敵襲なの!?」
「二人ともそこにいろよ」
バンッ!1発、銃を放つ。
銃弾は窓を破りながら、矢へと向かっていく。矢を妨害するために放った銃弾だが、矢はなぜか銃弾を透過して、見事に交差をする。
「なっ!?」
そのまま矢は教室のへと向かい。
「グッ!」
言葉の腹部へと深々と刺さる。
「ことーー」
「大丈夫だ。問題ない。大丈夫だから、あんまり声を上げるな」
口の端を血で滲ませながら、言葉は二人に笑う。すぐさま2本目の矢が飛んできて、言葉の胸にささり、その勢いで向かいの校舎へと磔にする。
「言葉ッ!」
「何が、起きてーー」
「二人はそこにいてください」
そこには先ほどの制服姿と違って、仕事着に着替えている銀鏡が姿を現す。
「これは歌さん狙いじゃなくて、どうやら先輩狙いってわけですか」
銀鏡がそう言い切ると、教室の窓をぶち破りながら、一人の女が姿を現す。
女は歌を睨め付けてから、修多羅と銀鏡に対して口を開く。
「あんたらに興味は一切ない。とっとと消えな、狩りの邪魔だ」
「だそうだ、3人とも逃げろ」
言葉は教室へと入りながら、二つの矢を引き抜く。
「『治れ』」
体からドロドロと血が大量に漏れ出るが、それを言霊一つで治す。
「傷を治す………か。あんたみたいなのは物量で押す方が良さそうね」
「あんた"みたい"か。これはやばそうだな」
練度の高そうな異能者だな。
纏う雰囲気も強者のそれだ。
いや、こいつの場合は少し特殊な気もするが。
「お前、『ニグレド』っていう組織の異能者か」
「頭の回転が速いってのはあながち間違いじゃなさそうね」
「なら、なぜ俺を狙うのかっていうのは愚問だよな」
「そうね、私たちが世界に復讐するために邪魔な相手ってことと」
女はゆっくりと矢を構えながら、言葉の脳天へと狙いすませる。
「私の弟を殺したからよ」
至近距離から放たれた矢は言葉の脳天を貫いて、勢いよく頭を割る。噴水のように頭から血を吹き出していたが、それをまた言霊で治す。
「そうか、お前弟がいたのか」
「寒水よ。遊びが大好きだった、可愛い弟よ」
「あぁ、初めて異質系の極致を見せられた相手だからな、印象には残っているよ」
精神世界を世界に展開させることによって、自分の都合よく捻じ曲げるのが異質の極致。
そして、ここからが推測だが。
こいつはすでに矢という単位でそれを成している。
「名前を聞こう、復讐者」
言葉は女をまっすぐ見据えながら言葉を紡ぐ。
「私は、石動。そして、私の異能は《必中》よ」
「……ッ!?」
「自己紹介は終わり。そして、くたばれ」
石動は勢いよく回転しながら言葉へと迫り、繰り出された蹴りは言葉の腹部へと命中する。言葉は勢いそのまま吹き飛んでいき、向かいの校舎の窓から外へと放り出される。
「ってぇな!」
痛みに耐えながら視界を戻すと、一本の矢が迫っていた。
点でダメなら面。いや、開示された異能を聞くと、おそらく不能だろうが、検証はやるべきだ。
「『吹っ飛べッ!』」
強く放たれた言霊は矢を吹き飛ばそうとするが、それをどこ吹く風と言わんばかりに、矢は進み、言葉の心臓を貫く。
「ガハッ」
「無駄だとわかっていながら検証する………か。不死らしい、死ぬ前提の戦い方ね」
上から石動が迫り、言葉の腹部へと矢を突き立てながら地面へと叩きつける。
復活のタイムラグの最中である言葉には、そのダメージは一切ない。
「死ね」
その一言ともに、矢を抜いてからもう一度突き立てる。
「死ね!死ねッ!死ね死ね死ね死ねッ!」
矢で皮膚を切り裂き、矢で骨を貫き、矢で目を貫く。沈黙する言葉をよそに、石動は激情のままに、感情の発露のままに、言葉を矢で蹂躙する。
「死ねぇ!」
「語彙力ねぇのかよ。さっきから同じ言葉吐きやがって」
突き立てた矢を抜こうとした瞬間、言葉は矢を掴み取る。
「復活したか。なら、死ねよ」
「あといくらか死んでやるからさ、とりあえず離れろや。『吹っ飛べッ!』」
放たれた言霊は石動を校舎を貫通させながら、勢いよく吹っ飛ばす。
全身が打撲をして、頭から血を吹き出す。
だが、石動は冷静に空中で3本の矢を構える。
「距離を取る……か。狩人相手に判断をミスったなッ!」
放たれた矢は言葉へと向かう。
が、言葉はそれを見据えながら口を開く。
「『身体極化』」
矢が迫る刹那で校舎へと飛び込む。矢は急激に捻じ曲がり、言葉を追うために校舎へと迫り来る。
「チッ、因果の操作。と言うよりも、因果の固定化ってところか。"必ず当たる"ってのは実に便利だなぁ!」
矢に向かって、机を蹴り上げる。
迫り来る机に対して、矢は軽々とそれらを貫き、言葉の腹部を貫く。
「クッ」
動きが止まると、これ幸いと2本の矢が次々と襲いかかる。それに対して、力の限り両手で矢を止めようと掴み取る。
「ぐッ、やはり無駄かよ」
矢は膂力を超える推進力を生み、手という障害物を排して、目標物である言葉の肉体に二つの風穴を作る。
「くっそ、出鱈目な異能しやがって」
言霊で治しながら周囲を警戒していると、校舎の外から落下しながら矢を構える石動が姿を現す。
それを視界に入れた瞬間、近くにあった机のボールペンを掴み取り、勢いよく投げ放つ。
凄まじい勢いで放たれたボールペンは石動の肩を貫通する。が、それでも石動は構えを崩すことはない。
「死ね」
矢は言葉の目から侵入して、頭に深々と刺さる。だが、言葉も負けじと矢を引き抜きながら石動を睨め付ける。
「1発で仕留められないのは、結構骨ね」
石動は校舎の瓦礫の上に立ち、言葉を見下す。
「はっ、狩人失格だな。俺はピンピンしているぜ」
言葉は笑いながら、石動を見上げる。
復讐に燃える石動、高揚で笑う言葉。
怪物同士の狂気は、世界を捻じ曲げる。
「戦おうぜ、まだ死に足りない」
言葉は狂笑を浮かべながらそう告げた。




