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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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152/154

第151話 呼び場の正体

霧が完全に晴れきらないまま、五人は森の奥へ進んでいた。

鳥の声は確かにある。

風も、朝の匂いもする。

それでも──

「……戻ってる感じがしない」

美奈が、足元の落ち葉を見つめながら言った。


祐真は地面に残る、かすかな窪みを指差す。

「同じ場所を通ってない。 でも……近づいてる」


「何に?」

紅葉の問いに、祐真は答えなかった。


代わりに、美桜がぽつりと言う。

「……“いちばん最初”」


空気が、ぴんと張り詰める。


春香は、その言葉の意味を理解していた。

「……この森に来た、最初の日」


木々の隙間が開け、視界が一気に広がった。

そこにあったのは──

小さな空き地。

観光地でも、祭りの会場でもない。

ただの、何の変哲もない場所。


だが中央には、

古く、割れた石の台座が残っていた。

「……何もない」

美奈が言う。


「いいえ」

春香は、台座を見つめたまま首を振った。

「“あった”のよ」


春香は一歩前に出た。

「昔、この森には祠があった。 子どもを守るための……」


紅葉が息を呑む。

「守る……?」


「迷わないように。 帰れるように」


祐真が続ける。

「でも、祠は壊された。 理由は単純だ」

視線を上げ、木々を見渡す。

「邪魔だった。 開発のために」


美奈が静かに言う。

「……祠が壊れて、 役割だけが残った」


「そう」


祐真は頷く。

「守るものはなくなった。 でも“守る”という意志だけが、ここに縛り付けられた」


そのとき、空気が歪んだ。

風が止まり、音が消える。


台座の上に──

影が落ちる。


人の形をしているが、顔がない。

「……来た」

美桜が、春香の手を強く握る。


影は声を持たないまま、

直接、頭の中に響かせた。

──帰れない子を……

──置いていくわけには……


紅葉が震える声で言う。

「……だから、連れていったの……?」

影が、ゆっくり頷く。

──ひとりでは……

──迷う……


春香は、前に出た。

「違うわ」

はっきりと、言い切る。


「“帰れない子”なんて、いなかった。 いたのは──帰したくなかった大人の想い」

影が、揺れる。


「私は……」 春香の声が震える。

「美桜を失うのが怖くて、 この森に縋った」


美桜が顔を上げる。

「ママ……」


「その声が、あなたを縛った。 守るふりをして、閉じ込めた」

影が、初めて後ずさった。


祐真が続ける。

「ここは“呼び場”じゃない。 執着の溜まり場だ」


美奈が一歩前へ。

「終わらせましょう。  守る役目は、もう──人が引き継ぐ」


紅葉が、台座に手を伸ばす。

「……私は、戻ってきた。 それで、充分でしょう?」


影は、ゆっくりと薄れていく。


だが、最後に──

春香だけを見た。


──……それでも……

──置いていくのか……


春香は、はっきり頷いた。

「ええ」

微笑みながら。


「一緒に“生きる”から。 閉じ込めるんじゃなくて」


風が、吹き抜けた。


台座が、静かに崩れ落ちる。


森の奥から、長く続いていた重さが抜けていくのが、誰の目にも分かった。


鳥の声が、一斉に戻った。


美桜が、空を見上げる。

「……もう、呼ばれてない」


祐真が、息を吐く。

「終わったな」


だが──

紅葉が、ふと振り返った。

「……ねえ」


誰もいないはずの森の奥。


「“次”が、いないって……

 誰が、保証するの?」


沈黙。


春香は、ゆっくり答えた。

「私たちがする」


五人は、互いに頷き合う。


守るのは、森じゃない。

記憶と、選択だ。


そのとき──

遠くで、鈴の音がした。


ほんの一度だけ。


祐真が苦く笑う。

「……完全な終わりは、ないらしい」


春香は、歩き出す。

「それでいい。 だからこそ、目を逸らさない」


朝の光が、森を照らし始めていた。


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