第150話 鈴の行方
霧の中で、鈴の音が止んだ。
春香、美奈、祐真、紅葉、美桜──
五人は足を止め、互いの存在を確かめるように視線を交わす。
「……今、消えた?」
美奈の声が、霧に吸い込まれそうになる。
祐真は首を振った。
「いや。“止んだ”だけだ。 鳴らす必要がなくなったんだろう」
「必要が……なくなった?」
春香が問い返す。
そのとき、美桜が小さく春香の手を引いた。
「……あっち」
指さす先。
霧の奥に、古い石段が浮かび上がっている。
苔むき、崩れかけた段。
だが、その中央に──
小さな鈴が落ちていた。
錆びつき、色もくすんでいる。
だが確かに、紅葉が失踪した夜、祭りの屋台で売られていたものと同じ形。
紅葉が息を呑む。
「……それ……」
春香は一歩、前に出た。
「紅葉のじゃない。 あなたは、あれを身につけてなかった」
紅葉はゆっくり頷く。
「うん……。 でも……見覚えがある。 “つけてる子”を、見た」
祐真が眉をひそめる。
「誰だ?」
紅葉は、しばらく考え──首を振った。
「思い出せない。 顔が……曖昧で……」
その瞬間、美奈がはっとした。
「……森は、“役割”で人を呼ぶ。 名前じゃなくて……」
春香が、鈴を見つめたまま呟く。
「“代わり”にできる存在を……」
空気が、冷えた。
美桜が、鈴をじっと見つめて言った。
「……この音…… わたしが、いなくなったときも……」
春香の喉が詰まる。
「美桜……?」
「ちがう」
美桜は、首を横に振った。
「わたしじゃない。 でも……わたしの“あと”」
祐真が、静かに結論を口にする。
「……森は、最初から紅葉を選んだわけじゃない。 “美桜の次”を探していただけだ」
美奈が唇を噛む。
「だから、年齢も、性別も、関係なかった……」
「違うわ」
春香が、はっきり言った。
全員の視線が集まる。
「森が呼んだのは、“代わり”なんかじゃない。 呼ばれやすい声よ」
春香は、紅葉と美桜を見つめる。
「私は……ずっと呼び続けてた。 美桜を。 取り戻したくて……」
胸に手を当てる。
「その声が、森に“隙”を与えた。 そして……次に引き寄せられたのが、紅葉だった」
紅葉の目に、涙が溜まる。
「……じゃあ…… 私が消えたのは……」
「違う!」
春香は、きっぱりと言い切った。
「あなたのせいじゃない。 私が──母親として、森に縋ったせい」
祐真が一歩、前に出る。
「……だから五人なんだ」
全員が、彼を見る。
「奪われた側が二人。 呼び続けた者が一人。 止めようとした者が二人」
祐真は、霧の向こうを見据える。
「均衡を壊すには、 同じ数だけ、意思が必要だった」
鈴が、かすかに震えた。
もう音は鳴らない。
ただ、そこにあるだけ。
美奈が静かに言う。
「……これ、森に返すんじゃない。 “置いていく”のよ」
春香は、鈴を拾い上げ──石段の端に置いた。
「もう、誰も呼ばれない」
霧が、ゆっくりと薄れていく。
遠くで、鳥の声がした。
今度は──
本物の朝の音だった。
だが、最後に一度だけ。
霧の奥から、低く、重い気配が揺れた。
──……まだ……
声にならない声。
森は、完全には諦めていない。
祐真が、低く呟く。
「……終わらせるには、もう一度だけ…… “向き合う場所”があるな」
春香は頷いた。
「ええ。 でも今度は──逃げない」
五人は、並んで歩き出す。
本当の出口へ。




