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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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第149話 戻ったはずの朝

朝だった。

山際の空が白み、鳥の声が遠くで重なる。

森の入口に立つ春香たちは、確かに“外”に戻っていた。


──はずだった。

「……寒い」

美奈が小さく呟く。

季節外れの冷気が、地面から立ち上っている。


祐真は周囲を見渡し、眉をひそめた。

「夜が、終わってない……」

空は明るい。だが、太陽がない。

光はあるのに、影の向きが定まらず、時間が進んでいないような感覚。


春香は、両手の重みを確かめる。

右手に、美桜。

左手に、紅葉。

確かにいる。

温度も、呼吸もある。


──それなのに。

「……ねえ」


紅葉が、不安そうに春香を見上げた。

「ここ……変だよね」


「うん……」

春香は頷く。


村の道のはずなのに、音が足りない。

犬の鳴き声がしない。

遠くの車の音もない。

“生活の気配”が、抜け落ちている。


美桜が、春香の服の裾を引いた。

「……おそと、なの?」


その問いに、春香は一瞬言葉を失う。


「……そうよ。お外。ちゃんと帰ってきた」

そう言い聞かせるように答えた。


だが、美桜は首を傾げた。

「でも……においがちがう」


祐真が、はっとして地面に膝をつく。

土を掴み、指で確かめる。

「……湿りすぎてる。  雨は降ってないはずなのに」


美奈が、家々の並ぶ方向を指さした。

「……見て」


村の家々が、少しずつ歪んでいる。


壁が、ほんのわずかに傾き、


窓の位置が、記憶と合わない。


“似ているが、同じではない”。


春香の胸に、嫌な予感が広がる。

「……完全には、戻れてない」


その言葉に、祐真が歯を噛みしめた。

「境界だな。  森の外だけど、現実の内側じゃない」


美奈が呟く。

「……“名を呼ばれなかった子”がいたでしょう」


春香は、あの少女の姿を思い出す。

名前を持たず、

それでも“帰り道”と呼ばれた存在。


「彼女が残した“空白”が……  この場所を、ずらしてるのかもしれない」


そのとき──


遠くで、カラン……と音がした。


鈴の音。


春香の心臓が跳ねる。


「……今の……」


紅葉が、顔を強張らせる。


「聞こえた……。

 私が消えた夜……あの音……」


音は一度きりではなかった。


カラン……

カラン……


規則的ではない。


誰かが、歩きながら鳴らしている。


美桜が、そっと言った。


「……だれか、まってる」


祐真は即座に前に出る。


「近づくな。  戻り切れてない今、下手に応じたら──」


だが、音は逃げない。


むしろ、“気づかれた”ことを喜ぶように、少し近づく。


春香は、深く息を吸った。


「……行かないと」


「春香さん!」


「大丈夫」


春香は、娘たちの手を握り直す。


「今度は、置いていかれない。“呼ばれたから行く”んじゃない。“確かめるために行く”の」


美奈が静かに頷いた。


「この境界を越えないと、ほんとうの朝は来ない……」


鈴の音の先に、霧が立ち込めている。

その向こうに、

まだ語られていない“最後の理由”がある。



森は終わっていない。

ただ、形を変えただけだ。

五人は、再び足を踏み出した。

本当の帰還は、

まだ先にある。


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