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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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153/154

第152話 鈴の余韻

森を抜ける道は、来たときよりもはっきりしていた。


霧は薄く、木々の輪郭も確かだ。


けれど五人の足取りは、誰一人として軽くなかった。


鈴の音が、まだ耳の奥に残っている。


たった一度。


確かに鳴った、あの音。


「……森は、終わってない」


紅葉が、独り言のように言う。


美奈は頷いた。


「でも“暴れて”はいない。 たぶん……静かに残っただけ」


祐真は振り返り、全員の顔を確認する。


「誰か、呼ばれてないか?」


全員が首を振る。


美桜だけが、一瞬だけ視線を伏せた。


春香はそれを見逃さなかったが、何も言わなかった。


森の出口は、思っていたより近くにあった。


境界線を越えた瞬間、空気が変わる。


重さが、抜ける。


「……戻った」


美奈が深く息を吸う。


スマートフォンが、同時に鳴った。


圏外表示が消え、時刻が流れ込んでくる。


「……二日」


祐真が画面を見て言った。


「失踪扱いだな。完全に」


春香は苦笑した。


「説明、できる?」


「できない。……けど、戻ってきた事実だけは残る」


紅葉がぽつりと呟く。

「それでいいのかもしれない」


美桜が、初めて自分から口を開いた。

「……ねえ」


四人が、彼女を見る。


「森にいた“影”、 最後に、ママだけを見てた」


春香は静かに頷いた。

「ええ」


「……私には、何も言わなかった」

美桜は少し困ったように笑う。


「たぶんね、  あれ……“私”じゃなくて、  ママの後悔だった」


言葉が、胸に刺さる。


春香は立ち止まり、美桜の前にしゃがみ込んだ。


「……ごめんなさい」


美桜は首を振った。

「ううん。 でも、これからは──」


小さな手が、春香の服を掴む。

「“選んで”一緒にいて。 守るためじゃなくて」


春香は、強く頷いた。


「約束する」


そのとき、風が吹いた。


遠くで、かすかに──


鈴の音が、もう一度鳴った気がした。


誰も、振り返らない。


祐真が静かに言う。

「……もし、また誰かが迷ったら」


紅葉が続ける。

「今度は、“閉じ込める森”じゃなくて」


美奈が言う。

「“帰り道を示す人”になる」


春香は、空を見上げた。


雲の切れ間から、光が差している。


「終わりじゃない。 でも、始まりでもない」


一歩、踏み出す。


「ただ……目を逸らさないだけ」


五人は、それぞれの現実へ戻っていった。


森は、何事もなかったように、静かに佇んでいる。


けれど──

空き地だった場所に、


小さな石がひとつ置かれていた。

誰が置いたのかは、わからない。


ただ、そこにはこう刻まれていた。

──呼ばれなくても、帰れる。


風が、その文字を撫でる。


そして森は、再び沈黙した。


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