表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

142/154

第141話 森に喰われた記憶

扉が開いた瞬間、空気が変わった。


暖かくも冷たくもない、どこにも属さない温度。


まるで「時そのもの」が息を潜めているような


空気が、三人の頬を撫でていく。


春香が最初に足を踏み入れた。


そこは“部屋”だった。


──けれど、現実のものではない。


木造の壁、見覚えのある家具、机の上に置かれたスクールバッグ。


すべてが 紅葉が失踪した日の部屋 と同じだった。


時計の針は17時26分で止まっている。


夏の終わりの日差しだけが、ゆっくりと差し込んだまま凍っていた。


美奈が囁く。

「ここ……あの日のまま……時間が進んでない?」


「いや……進めないんだ」

祐真が低く答える。


「“進んだら困る誰か”がいる。

 だから閉じたんだ。森が──いや、この場所を作った何かが」


春香はベッドへ歩み寄る。


シーツのくぼみ。握りしめられた髪留め。


紅葉が、ついさっきまで座っていたような温度すら残っていた。


「……ここで、消えたのね」


声が震える。


涙がこぼれそうになっても、まだ落ちない。


そのとき。


机の上の鏡が、光を弾いた。


視線を向けると、鏡には姿が映っていない。


春香も、祐真も、美奈も。


けれど鏡の向こうには、紅葉だけが立っていた。


制服姿のまま。


表情は見えない。


ただ、こちらに手を伸ばしていた。


「紅葉……!」


春香が駆け寄ろうとした瞬間、祐真が腕を掴む。


「待って。まだ確かめないと」


鏡の向こうの紅葉は唇を動かした。


声はない。けれど、読めた。


──「ここにいる」


春香の手が震える。


次の瞬間、鏡の奥が波打った。


紅葉の姿が掻き消え、暗闇が広がる。


入れ替わるように、別の空間が映り込んだ。


そこは廊下だった。


見覚えがあった。


20年前の、春香の家。

小さなスリッパ。

壁に貼られた幼稚園の絵。

角に置かれたぬいぐるみ。


そして、鏡の奥を小さな影が横切った。


三歳の幼い子──美桜。


その背中を、黒い腕のような影が掴もうと迫っている。


美奈が息を呑む。


「……美桜ちゃんの“消えた瞬間”が……まだ捕まってる……?」


祐真が鏡の縁を掴む。


「つまり、二つの時間が閉じ込められてるってことだ。

 紅葉の時間と、美桜ちゃんの時間。

 戻れなかった“瞬間”ごと囚われてる」


春香は鏡にそっと触れた。 指先が冷たい水面に触れるように沈む。


「……迎えに行くわ。どちらも。

 どっちかなんて、選べない。

 犠牲で均衡を取るなら、均衡ごと壊す」


鏡が音もなく揺れる。


春香の足が一歩、鏡の中へ沈む。


祐真が続く。


「俺も行く。危険なら止める。敵なら倒す。

 失うくらいなら、森ごと相手にする」


美奈も決意を宿した目で頷く。


「春香さんをまた一人で背負わせない。

 “選ばれた名前”なんて言葉、私たちで終わらせる」


三人が鏡の向こう側へ踏み込んだ瞬間、部屋が


軋んだ。


廊下がゆっくりと閉じていく。


時計の針が動きを取り戻し、秒針が──

カチ、カチ、カチ……

時が再び動き始める。


その音に溶けるように、どこかで声がした。


──……まってる……

 はやくきて……

 おかあさん……


それは、紅葉の声でも、美桜の声でもあった。


どちらも、迎えに来てほしい子どもの声だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ