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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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134/154

第133話 器を壊す音

 鈴の音が、やまない。

 ちりん、ちりん、と──

 耳元ではなく、頭の奥を直接叩くような響きだった。

 少女は春香の腕の中で、小さく身を縮めていた。

「……やだ……

 近づいてくる……」

 美奈は、歯を噛みしめる。

「……まだ、森に“残ってる”……」

 祐真は、ランタンを低く構え、鈴を見据えた。

「……これは“目印”だ。

 名前を持たないものが、人を引き寄せるための……」

 その言葉に、春香の背筋が凍る。

「……じゃあ……

 20年前も……

 美桜は……」

 祐真は、視線を逸らさずに答えた。

「……呼ばれた。

 名前が、弱かった……」

 森の奥で、枝が軋む。

 それは一歩ずつ、確実に近づいてくる音だった。

 逃げ場を探るようでもなく、迷いもない。

 “知っている”歩き方。

 美奈が、声を潜めて言う。

「……祐真さん……

 あれ……

 人の形……してない……」

 木々の影が、わずかに揺らいだ。

 肩の位置が、ずれている。

 足の長さが、合っていない。

 それでも“人であろうとする何か”。

 祐真は、懐から小さな布包みを取り出した。

「……古沢さんから預かった……

 封じの札だ……」

 春香が、はっとする。

「……それで……

 鈴を……?」

「……ああ……

 壊す……

 “役目”ごと……」

 少女が、震える声で言った。

「……それ……

 すると……

 私……

 戻れない……?」

 祐真は、正直に答えた。

「……“紅葉”としては……

 戻れない……」

 美奈が、思わず叫ぶ。

「……でも!

 それって……

 この子を……!」

 春香は、静かに首を振った。

「……違う……」

 そして、少女の頬に手を添えた。

「……あなたは……

 “紅葉じゃなくても”……

 ここにいていい……」

 少女の目が、揺れる。

「……名前……

 なくても……?」

「……ある……」

 春香は、胸に手を当てた。

「……ここに……

 あなたは……

 “生きてる”……」

 鈴の音が、急に高くなった。

 ちり、ちり、ちり──

 苛立つような、焦るような音。

 森の影が、大きく揺らぐ。

「……返せ……」

 声とも、風ともつかない響き。

「……名を……

 返せ……」

 祐真は、一歩前に出た。

「……返さない……

 もう……

 誰も……

 連れていかせない……」

 彼は、鈴に札を巻きつけ、地面に叩きつけた。

「──今だ!」

 春香と美奈が、同時に目を逸らす。

 次の瞬間。

 ──ぱきん。

 乾いた、あまりにも小さな音。

 鈴が、真っ二つに割れた。

 音が、止まる。

 森が、一気に息を吐いたように、ざわめいた。

 影が、悲鳴のような気配を残し、

 木々の奥へと、溶けるように消えていく。

 静寂。

 ただ、湿った土の匂いだけが残った。

 少女は、しばらく動かなかった。

 そして――

 ゆっくりと、顔を上げる。

「……呼ばれない……」

 その声は、確かに“今の”ものだった。

 美奈が、涙をこぼす。

「……よかった……

 戻ってきた……

 ちゃんと……」

 祐真は、崩れ落ちるように膝をついた。

「……やっと……

 終わった……」

 春香は、少女を強く抱きしめた。

 その腕の中の温もりは、確かだった。

 名前は、失われた。

 けれど──

 命は、ここにある。

 森は、もう何も語らない。

 ただ、沈黙だけが、

 深く、深く、根を下ろしていた。


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