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紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


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133/154

第132話 名のない帰還

紅葉は、そこに立っていた。

 確かに“姿”は紅葉だった。

 制服の皺の付き方も、靴の擦れ具合も、記憶の中の彼女と違わない。

 けれど──

 その目だけが、決定的に違っていた。

 春香は、声を出そうとして失敗した。

 喉が、ひくりと鳴るだけで、言葉にならない。

「……紅葉……?」

 祐真が、慎重に名前を呼ぶ。

 だが少女は、わずかに眉を寄せただけだった。

「……さっきも言った……

 それ……私の名前じゃない……」

 美奈が、一歩近づく。

「……じゃあ……

 あなたは……誰……?」

 紅葉の姿をした“それ”は、少し考えるように首を傾げた。

「……分からない……

 目を開けたら……

 ここに……」

 春香の胸が、締めつけられる。

「……何も……覚えてないの……?」

「……森の……

 暗いところ……

 鈴の音……」

 その言葉に、美奈がびくりと身を強張らせた。

「……鈴……?」

 少女は、こくりと頷く。

「……ずっと……

 “名前を呼ばれるのを待ってた”……」

 祐真が、低く息を吐いた。

「……やっぱり……

 完全には切れてない……」

 春香は、ゆっくりと近づいた。

 足音を立てないように、獣を警戒するような動きで。

「……ねぇ……

 寒くない……?」

 少女は、一瞬だけ視線を落とした。

「……寒い……

 ずっと……」

 その言葉に、春香は耐えきれなくなり、

 上着を脱いで差し出した。

 少女は戸惑いながらも、それを受け取った。

 ──その瞬間。

 鈴が、鳴った。

 地面に落ちていたはずの小さな鈴が、

 誰にも触れられていないのに、かすかに震えたのだ。

 ちり……。

 少女が、びくりと肩を揺らす。

「……あ……」

 美奈が、即座に叫ぶ。

「……触らないで!

 それ……!」

 だが遅かった。

 鈴は、少女の足元へと、

 転がるように近づいていた。

 まるで──

 “持ち主のもとへ帰る”かのように。

 祐真が、歯を食いしばる。

「……くそ……

 まだ……

 終わってない……」

 春香は、少女の前に立ち塞がった。

「……鈴を……

 見ちゃだめ……!」

 だが、少女は静かに言った。

「……これ……

 私の……?」

 鈴が、再び鳴る。

 ちりん。

 その音と同時に、

 森の奥が、わずかに歪んだ。

 木々の隙間に、

 “影”が、まだ残っている。

 いや──

 残骸のようなものが、蠢いている。

「……名前……

 返って……ない……」

 誰のものとも知れない声が、

 地を這うように響いた。

 少女が、苦しそうに頭を押さえる。

「……呼ばないで……

 呼ばれると……

 引っ張られる……」

 春香は、震える手で、

 少女の肩を抱いた。

「……大丈夫……

 もう……

 誰も……

 あなたを呼ばない……」

 祐真が、森を睨みつける。

「……なら……

 こちらから切るしかない……」

 美奈が、祐真を見た。

「……どうやって……?」

 祐真は、鈴を見下ろし、静かに言った。

「……“名を繋ぐ器”を……

 壊す……」

 春香が、はっとする。

「……それって……」

「……そうだ……

 完全に切れる代わりに……

 戻る名前も……

 もう……」

 少女が、不安そうに春香を見上げる。

「……私……

 どうなる……?」

 春香は、答えられなかった。

 ただ、強く、抱きしめる。

「……生きる……

 それだけで……

 いい……」

 鈴が、ひときわ強く鳴った。

 森が、再び息を潜める。

 選択の時が、

 迫っていた。


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