第122話 囁きは村へ戻る
発掘の事実は、日の出とともに、静かに、しかし確実に村へ広がっていった。
誰かが大声で触れ回ったわけではない。
それでも──
人骨が見つかった
それが二十年前の行方不明事件と関係している可能性がある
それだけで、村は十分に揺れた。
春香と美奈が自宅へ戻ったころには、すでに数人の近所の住民が、遠巻きに家の様子をうかがっていた。
「……見られてる……」
美奈が小声で言う。
「……ええ……分かってる……」
春香の声は虚ろだった。
毛布から解放されても、身体の芯に残った冷えは、どうしても消えなかった。
家の玄関を閉めた途端、春香はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「……やっぱり……あの森に……置き去りにしてた……」
二十年間、探し続けて、見つからなくて、
それでも「どこかで生きているかもしれない」と、心の奥で縋っていた。
その希望が、昨日の“白い靴”で、完全に断たれた。
美奈は何も言えず、ただ春香の背中をさすっていた。
一方、祐真は駐在所に戻り、鑑識の初期報告書を睨むように見つめていた。
年齢推定は「幼児」。
腐食の状態から、埋められていた期間は「二十年前前後」。
偶然とは、思えなかった。
そこへ、無線が短く鳴る。
「一ノ瀬。村の集会所で住民が騒ぎ出してる。
“森を掘り返すな”って声が出てるそうだ」
祐真は、奥歯を強く噛みしめた。
「……やっぱりか……」
二十年前も、そうだった。
「森に触れるな」
「祟りがある」
結局、それで捜索は曖昧なまま終わった。
──同じことを、繰り返させるわけにはいかない。
祐真が駐在所を出ようとしたそのとき、背後から声がした。
「……一ノ瀬さん」
振り返ると、そこに立っていたのは、見覚えのある老女だった。
二十年前、美桜が消えた夜、最後に春香と一緒に森を探した──
当時の区長の妻・山科ツネ。
背中は丸くなり、声もかすれているが、目だけは鋭かった。
「……あの森は……掘り返しちゃ……ならんのです……」
「なぜですか」
祐真は、はっきりと問い返した。
「……二十年前も……皆で……止めたでしょう……
“見つけてしまったら……もっと失う”って……」
「誰が、そんなことを決めたんですか」
ツネは、視線を逸らした。
答えないこと自体が、答えだった。
そのころ、春香の家にも、静かな来訪者が訪れていた。
──住職の 古沢透 だった。
玄関先で合掌し、低く頭を下げる。
「……お辛いところ、失礼します……」
春香は一瞬、戸を閉めようとしたが、思いとどまった。
「……何の御用ですか……」
「……“森の件”で……どうしても……お伝えしなければならないことが……」
春香の胸が、かすかに波打つ。
「……まだ……何か……隠してきたんですね……皆……」
古沢は、苦しそうに目を伏せた。
「……隠していたわけでは……
ただ……“語れなかった”のです……」
居間に通された古沢は、しばし沈黙ののち、重い口を開いた。
「……二十年前……
あの森で消えたのは……美桜ちゃん、だけではありません……」
春香と美奈の呼吸が、同時に止まる。
「……他にも……“消えかけた子ども”が……いたのです……
ですが……その子は……戻ってきた……」
「……戻って……?」
美奈が、震える声で問い返す。
古沢は、ゆっくりと頷いた。
「……しかし……戻ってきた“それ”は……
もはや……その子ではなかった……」
居間の空気が、急激に冷えていった。
「……何……それ……」
春香の声が、かすれた。
「……それでも……村は……“戻ってきた”として……受け入れてしまった……
そして……誰も……二度と……その子の名を……呼ばなくなった……」
その瞬間──
美奈の脳裏に、ひとりの“同級生の記憶”が、淡く浮かび上がる。
誰にも名前で呼ばれず、
どこか“空っぽ”だった少女。
「……古沢さん……それ……誰ですか……」
古沢は、深く、深く息を吐き──
低く、告げた。
「……橘美桜が消えた夜……
同じ山道で……“戻ってきた”子です……」
その名を聞いた瞬間、
春香の世界が、音を立てて崩れ始めた。




