表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅葉-くれは-  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

122/154

第121話 掘り起こされる記憶

 夜明け前の森は、異様なほど静まり返っていた。

 鑑識班が到着し、神社裏の窪地には黄色い規制テープが張られ、無数のライトが闇を切り裂いている。その光景は、二十年前には存在しなかった“現実の証明”だった。


 春香は少し離れた場所で、毛布を肩に掛けられたまま、発掘の様子を見つめていた。

 スコップが土に入るたび、胸の奥を直接掘り返されるような錯覚に襲われる。


「……やめて……もう……」


 口をついて出た言葉は、祈りにも呪いにもならず、ただ震えとして空に溶けた。


 美奈は春香のそばに立ち、同じ方向を見つめていたが、視線は土ではなく、森の奥の暗闇に向けられていた。

 あの影が消えた場所。

 鈴の音がした、あの方向。


 ──紅葉、あそこから、私を見てたの?


「氷川さん」


 低い声に呼ばれ、美奈ははっと振り返る。

 祐真が、鑑識責任者と短く言葉を交わしたあと、こちらへ戻ってきていた。


「いくつか……骨の一部と、繊維片がまとまって出ています」

「……やっぱり……」


 春香の声が、ほとんど聞き取れないほどに小さくなる。


「まだ断定はできません。年齢も、性別も……これからです」


 そう言いながらも、祐真の視線は曇っていた。

 誰のものであれ、あれが“子どものもの”である可能性が高いことは、誰の目にも明らかだった。


 そのとき、別の鑑識が声を上げた。


「係長、こちら……」


 ランタンの明かりが一斉に集まる。

 掘り下げられた土の中から、今度は布に包まれた小さな塊が現れていた。


 春香の喉が、ひくりと鳴る。


「……それ……」


 祐真は一歩踏み出し、慎重にその様子を見つめた。

 丁寧に布を解いていくと、中から現れたのは──

 小さな靴の片方だった。


 泥に覆われ、形は崩れかけていたが、踵の内側に残った小さな刺繍が、はっきりと見えた。


「あ……」


 春香の視界が、急速に滲む。


「……それ……美桜が……履いていった……」


 二十年前の、最後の朝。

 秋祭りに行くからと、少し大きめの靴を選んで、照れながら玄関を出ていった、あの後ろ姿。


 春香の膝が、がくりと折れた。


「……やっぱり……美桜……」


 嗚咽が、堰を切ったように溢れ出す。

 美奈は慌てて春香を支え、必死に抱き寄せた。


「春香さん……!」


 祐真は歯を食いしばり、視線を逸らした。

 警察官としてではなく、あの森で同じ空気を吸っていた“元・村の子ども”として、この現実を突きつけられている。


 そのとき、鑑識のひとりが、次の言葉を告げた。


「……ただ……ここだけじゃ、ありません」


「……え?」


 祐真が鋭く問い返す。


「この靴が出た場所とは、少し離れた位置にも……同じような埋設痕があります。

 しかも……ひとつ、ふたつじゃない」


 その言葉の意味が、ゆっくりと、しかし確実に三人の胸に沈んでいった。


 ──この森には、美桜だけではない。


 春香は、涙に濡れた顔のまま、小さく首を振った。


「……そんな……他にも……?」


 答えは、誰にも出せなかった。


 その少し後──

 発掘現場から少し離れた木立の陰で、美奈はひとり、立ち尽くしていた。


 胸の奥に押し込めていた記憶が、勝手に浮かび上がってくる。


 ──紅葉が消える三日前。

 放課後、二人で帰る途中、神社の横を通ったとき。


『ねぇ……美奈』


『なに?』


『この森……昔、子どもが消えたって……本当?』


 そのときは、ただの噂話だと思って、笑って受け流してしまった。


『気にしすぎだって。そんなの都市伝説でしょ』


 すると紅葉は、少しだけ──

 泣きそうな顔で笑った。


『……そっか……なら、いい』


 ──あれは……本当に、それで“よかった”のだろうか。


 美奈は、拳をぎゅっと握りしめた。


(紅葉……あのとき、何に怯えてたの……?)


 その背後で、不意に木の葉が擦れる音がした。


 振り向いても、誰もいない。

 だが、確かに“気配”だけが、そこに残っていた。


 ──まだ、終わっていない。


 そう、森が囁いているかのように。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ