010 大独楽の乱舞
ルッタの目には、鋼鉄でできた巨大なオブジェクトが竜雲海内をゆったりと進んでいる姿が見えていた。銀色の煙を噴き上がらせた工業都市を乗せた鉄の巨鯨。そんな印象を抱かせる超巨大建造物がワンダリングギガンティックという存在だった。
「ねえ、マリアさん。これはさすがに大き過ぎないかな。こんなの小さな天領みたいなもんじゃんか」
『うーん、私も初めて見たけどー、これはーアレだねー。生産工場に似てるねー』
「へぇ。そうなんだ」
生産工場とは、八天領それぞれが所有するアーマーダイバーや雲海船を製造可能なイシュタリア文明の遺産のひとつだ。その遺産があるからこそ、建前上は全ての天領が平等であることを謳っている中でも、八天領だけは実質的な天領の頂点として君臨できているのである。
「となるとこいつを手に入れれば九天領めになれるってこと?」
『いんやー。結局このでっかいのは移動要塞的な存在で工場とは別物だねー』
「そうなんだ。残念」
確かにワンダリングギガンティックが生産工場の代わりになるのであれば、八天領の数ももっと増えるだろうし、積極的に狙う人間だって出るはずだが、目の前のそれはあくまで別の目的で作られた建造物である。
『とはいえさー。八天領の生産工場だって、こういう風に発見されたものが利用されて今に至っているわけだからねー。生産工場の発見はー、ハンターたちの最終目標のひとつでもあるんだよねー。まー、浪漫を追い求めるのもいいのかもねー』
「かもね。生産工場か。自分で自分の機体を自由にカスタムできるのは魅力かも……で、それはそれとして傘型が多いね」
『ん、巡回してる』
竜雲海の雲の合間を、昨日戦った傘型ガーディアンが飛んでいる姿が確認できる。その様子にヴァラルが眉をひそめた。
『確かに。マリア様、大丈夫なのですか?』
『問題はないよー。私のヴィーニュを舐めてもらっちゃー困るなー』
『そういうつもりではないのですが』
自分たちを追い込んだ相手がそこら中に飛んでいるのだから、ヴァラルが不安になるのも仕方のないことではあった。
(マリアさんの言う通りに傘型がこちらに向かってくる様子はないし、ステルスフィールドが効いてるんだろうね)
実際、ルッタたちに対して傘型ガーディアンが近づいてくる様子はなく、特に妨害されることもなくワンダリングギガンティックへと徐々に近づいていくと……
ドォオーーン
離れた場所から何かの爆発音が唐突に響いてきた。
「なんだ?」
『まさかアルヴィン団長たちですかな?』
『んー。いや、スカウトドローンが侵入しようとして見つかったみたいだねー』
若干バツが悪そうなマリアの答えにルッタが眉をひそめる。
「スカウトドローンがバレたってことは、こっちは大丈夫なの?」
『うん。こっちまでは辿られることはないからー、問題はないんだけどねー。警戒はされただろうけどさー。ただねー。この感じはサーチフィールドかなー。入り口に仕掛けられてるっぽいねー』
「サーチフィールド?」
その言葉をルッタは聞いた覚えがなかった。
『サーチフィールドは空間内の質量の変化まで観測してるからステルスフィールドは誤魔化せないんだよねー。まあ範囲は狭いからー、入り口ぐらいしか仕掛けられてはいないと思うけどさー』
『どうしますかマリア様?』
『逆に言えばー、中に入るまではバレないってことだからねー。そっからはー、どのみちアルヴィン団長の後を追うのを優先するからー、まーバレちゃうのも仕方ないかなーって』
「……なるほど」
ルッタはわずかに考え込んでから頷いた。
見つからないメリットは大きいが、どの道ワンダリングギガンティック内には突入しなければならない。こうも傘型ガーディアンが飛び回ってる状況ではどこかを破壊してバレずに侵入するというのは難しいし、リスクを許容しても突入する必要があるのだとルッタも理解する。
『そんじゃあ、こっちー』
一向はワンダリングギガンティックの側面へと近づき、扉が壊れていて焦げ付いた入り口の前へと向かっていった。
「第七兵団の人はあそこから入ったのか。まだ修繕してないんだね」
『でもサーチフィールドは張ってあるからねー。それじゃあ突入するねー。多分入った途端にバレっから、気を付けて?』
「了解。入った後の入り口は俺がなんとかするよ」
『うん。突入ーー!』
マリアの乗るヴィーニュを先頭にルッタたちがワンダリングギガンティック内へと入っていく。するとファンファンファンファンと艦内でアラームが鳴り始めた。
「なるほど、確かにバレたね」
『少年。傘型が来たぞ』
外から傘型ガーディアンが近づいてるのが見えて、ヴァラルが悲鳴に近い声をあげた。
「あいよ。じゃあ撃つよタラちゃん」
「キーーーーッ」
ルッタとタラのそのやり取りの直後にブルーバレットのバックパックウェポンである二連装ミサイルランチャーから魔導誘導弾が発射され、入り口上部へと命中してガラガラと通路を崩していった。
「これで良し。帰りは……あの程度ならリリ姉が斬り裂けるよね?」
『うん。もちろん』
『まあ、傘型は撃たれた後に衝撃を殺し切る広い空間が必要だからね。狭い通路内だと上手く動けないから、そもそも内部に入っても脅威ではないだろうけど』
撃たれた衝撃を後方に下がって吸収しようにも、壁へと激突してダメージを負ってしまう。傘型ガーディアンは周囲に何もない、外での運用でなければ力を発揮できないタイプの機体なのだろうというのが、戦闘後の風の機師団と第七兵団で導き出した見解だった。
「それで内部には……」
ガシャガシャガシャガシャと、通路の奥から何かが近づいてくる音が聞こえてきた。
「あれは四本足のガーディアン『キャプチャー』か。ランスと大盾持ち。ガトリングガン持ちじゃないだけ有情かな」
『アレは室内で撃つものじゃないから』
「だね」
リリの言葉にルッタが頷く。すでにここは巨鯨の腹の中。それを護る側が積極的に内部の破壊は行わないということなのだろう。
(とはいえ、あの盾は厄介かなぁ)
全身を覆い隠すような巨大な盾。ヴァラルが咄嗟に魔導銃を撃ったが、カンッという音と共に弾かれている。
(高威力の二式でアレか。だったら)
『硬いな。回り込んで仕留めるでよろしいか?』
『そうだねー。数も多いし、やっちゃいますかー』
「ああ、ちょっと待って。ここは俺がやるよ」
そう言ってルッタのブルーバレットが前に躍り出た。
『何!? ルッタ少年。無茶は』
『いや、やれるんだねルッタ?』
「うん。ここで足止め喰らうと次々と出てきそうだしね。サクッとやるよ」
『むぅ。ルッタ少年。あのランスは資料にあった。近接ではなく遠隔武器だ。気をつけろよ』
「了ッ解!!」
そしてブルーバレットが加速すると、キャプチャーたちが持つランスの先が一斉に射出される。放たれたスピアヘッドには四つの小型ブースターが付いており、それは空中で軌道を修正しながらワイヤー付きでルッタの乗るブルーバレット目掛けて飛んでいった。
(有線型……施設内の損傷を抑えるために制御力を上げてるのか。ま、関係ない。このまま喰い千切る!)
すでに二本の牙剣は抜かれ、合体して大牙剣へと、さらにはチェーンソーモードへの変形も終えている。
「久々の出番だぞ大牙剣。ブチかませ!」
テイルブースターが火を噴いてブルーバレットの速度がさらに増すと、急激な速度差にスピアヘッドが反応しきれない。そして、すべてのスピアヘッドを避けたブルーバレットが速度を殺さぬまま床へと降り、接触面を火花で散らしながら、フライフェザーで旋回速度を調整をして機体を回転させる。それはさながら小型の竜巻の如く。
『なんだ、あれは!?』
ヴァラルが驚きの声をあげるが、ブルーバレットは回転しながら大牙剣の牙で次々とキャプチャーたちを盾ごと斬り裂いていく。
それはジャッキー流剣術『大独楽斬り』。チェンソーモードを用いた独楽斬りの強化版。それは回避ではなく、盾を構えて防御を優先したキャプチャーたちを容赦なく破壊していく。
『おお、最初から飛ばすねルッタ』
『アレが……量産機?』
『まあ、びっくりするよねー。瞬間的な出力上昇だからできる裏技だけど。いやホント、よくやる』
それぞれが反応を見せる前で、すべてのキャプチャーを破壊したブルーバレットが回転を終えて、その場で静止した。
エネルギー源である魔鋼砲弾も三発連続使用し終え、チェンソーモードもすでに停止している。
「キーーーー」
「うん、分かってるよタラちゃん。全部斬るのに三発分使っちゃったね。ま、道中で再装填もできるし、使えるタイミングならこれからも積極的に使っていくよ」
それにしても……とルッタは残骸になったキャプチャーを見る。
(倒したのは一瞬だったけど……反応速度はノートリア遺跡の機体よりも上に感じられた。普通に戦っても問題ないだろうけど、少し気を付けておくかな)
わずかな懸念が浮かびつつも、ルッタたちはすぐさまその場を離れた。それからヴィーニュのスカウトドローンを先行させて船内を探索しながら彼らは第七兵団精鋭部隊の足跡を追い始めたのであった。
キャプチャー・ミルスペック(仮):
イシュタリア文明の軍に該当する所属先で扱われていたキャプチャー。通常タイプとの外見上の変化は乏しいが、主に全体的なスペックアップとデータリンク機能による集団戦闘の強化がされている。
あのまま全員で戦闘に入っていれば、勝利はしていただろうがヴァラル機は損傷していた可能性が高かったと思われる。またこの入り口以外から侵入しようとして艦外で発見された場合、エイム強化されたキャプチャー・ミルスペック(仮)たちのガトリングガン一斉掃射が待ち受けていたはずで、確実に一機は大破していた。もちろん大破するのはヴァラル機である。




