008 カクレミノ
風の機師団がヴァラル隊と遭遇した翌日。
散り散りとなったその他の第七兵団の部隊の八割は、マリアのスカウトドローンの捜索によって発見され、連絡が取れるようになっていた。
傘型ガーディアンを撃退した部隊、逃げ切った部隊、落ちて深層で防衛している部隊、状況はそれぞれではあったが、いずれも生存の確認ができており、ヴァラル隊がタイフーン号と分かれて彼らの回収に向かっていた。
また、ワンダリングギガンティックの衝突コースにあるアルジャ天領の方も、マリアのスカウトドローン経由ですでに報告は送られており、避難を開始している。
一方でタイフーン号はと言えば、前日からワンダリングギガンティックへと進路を向けて移動し続けており、現在では目標の警戒網の手前にまで辿り着いていた。
「まーだ、ワンダリングギガンティックの姿は見えないなー」
タイフーン号内ガレージのハンガーに固定されたブルーバレットの中でルッタがそう口にする。現時点でのコックピット内の水晶眼の接続先は、タイフーン号の水晶眼カメラのひとつと接続されており、外部の様子が確認できていいる。
周囲に広がっているのは竜雲海。距離が離れた場所には幾つかの山脈の頭も見えるが、それらは動いてはおらず、ワンダリングギガンティックではないのは分かっている。
また海面のように見える竜雲海上も、距離が離れれば緑の霧のように奥を覆い隠しているために、水平線のようにはっきりと見えるようなこともない。
『そりゃあねぇ。視認できる距離なら補足されちゃうだろうしね。とはいえ、タイフーン号で近づけるのはここまでになるわね』
「了解。シーリス姉」
『ルッタ。お荷物様のわたくしの分まで頑張ってくださいましね』
『なーに言ってんのよメイサ。ちゃんと周囲警戒してなさい。ルッタもリリもいなくなるんだからアンタも頭数に入ってるんだからね』
『分かっていますわ。飛獣が来てもキッチリ討伐してみせますわ』
『アンタの課題は撃つ方じゃなくて避ける方。追いかけ過ぎて、船からは離れるんじゃないわよ』
『うう。それも分かっておりますわー』
鮮やかな黄緑色の機体のライムフィンクスと赤い機体のレッドアラームからは、そんなやり取りが聞こえてくる。
シーリスとメイサは今回のワンダリングギガンティック侵入任務には参加しない。彼女たちは、ルッタたちが出撃した後のタイフーン号の護衛として現在は船の周囲に配置されていた。また会話には加わっていないが、ジェットの乗るツェットもシールドドローンと共にタイフーン号の防衛に入っていた。
『ルッタ、リリ。ふたりとも気をつけろよ。ああ、タラもな』
「うん、艦長。行ってくる」
「キーーーーー」
『……任せて』
ルッタ達の返事に頷きながら、ブリッジにいるギアは、窓の外に見える二機へと視線を向けた。
『マリア、それにヴァラル隊長もよろしく頼むぜ』
『うん、パパ。がっちり役割は果たしてくるよ』
『精進しますギア艦長』
いつも通りの気軽な様子のマリアと、緊張気味なヴァラルが言葉を返した。第七兵団総出で挑んでこの有り様な相手にわずか四機で挑もうというのだから、普通に考えればヴァラルの反応の方が正常なのだろう。
『こっちはワンダリングギガンティックに並走して待機しつつ、連絡の取れた第七兵団との合流を待つ。何かあればすぐに言え。撤退の手伝いぐらいはできる』
「りょうかーい。じゃあ行ってきます艦長」
そしてタイフーン号からブルーバレットとフレーヌが出撃し、マリアの乗るオリジンダイバー『ヴィーニュ』を先頭にして竜雲海を突き進んでいく。メンバーは当初の予定通りにルッタ、リリ、マリア、ヴァラルの四名だ。
連絡がついた第七兵団の他の部隊からも作戦参加の要請が来ていたのだが、それらはマリアによって却下されていた。時間が経つほどにアルヴィン団長たちの生存確率が減るということもあるが、一番の理由はこの作戦の肝となるヴィーニュの機能が機体四機で限界だったためだった。
『それじゃあ包むから、みんな隊列を崩さないでねー』
「おおッ」
『ほいやっと』
ルッタの目の前でヴィーニュの装甲の内側からスカウトドローンが八機出て周囲を取り囲み、四機を包むような長方形のフィールドが形成されていく。その光景に驚きつつも、ルッタは以前にもそのギミックを見たことがあったのを思い出す。
(これがヴィーニュのステルスフィールドか。さすがオリジンダイバー。範囲もこのメンバーを丸々カバーできてる。ザイゼンさんの機体よりも出力は高いのは当然として、システムの効率もいいんだろうね)
それは以前に見たザイゼンの乗るアーマーダイバー『ニンジャ』に搭載されていた機能と同等のものだ。もっともニンジャの場合は自身の機体をカバーする範囲でしかステルスフィールドを発生させられなかったが、ヴィーニュは八機のスカウトドローンをそれぞれ頂点として中継し、ブルーバレットたちまでをもフィールド内に収めていた。
「さすが斥候を専門とするオリジンダイバー。すごいもんだねマリアさん」
『でしょー。戦闘力は期待しないでもらいたいけど、こういうのは得意なんだー』
(いや、それでもアーマーダイバーよりも出力は高いんだけどね)
量産型であるブルーバレットだけではなく、高出力型のヴィラルの機体『ガッツ』よりも十分に戦力は上で、この場ではフレーヌに次いで戦闘力の高い機体なのだ。
(まあ、こいつがあれば火力だけはこっちが上だけどね。近距離限定だけど)
ルッタがブルーバレットの持つ全自動魔導散弾銃をチラリと見た。
今回、ルッタはブルーバレットの装備からガトリングガンを外していた。前日の傘型ガーディアンとの戦闘での弾数がまだ回復していないこともあるし、今回は潜入任務で、派手な立ち回りよりも小回りのきく動きを想定していたためだ。
そのため、ブルーバレットの装備は全自動魔導散弾銃をメインウェポンとして、二本の牙剣を腰に差し、バックパックウェポンの左のアタッチメントには二連装ロケットランチャー、右のアタッチメントには魔導銃を持たせていた。
なお、バックパックウェポンの制御権はタラに持たせており、現在のブルーバレットは複座型のような運用になっていた。
ちなみにヴァラルの機体『ガッツ』は、イロンデル系列の高出力型であり、全体的に装甲を増強し、拡張ブースターを付けて機動力を確保。また両腕には魔導銃二式とブースター付きシールドを装備し、バックパックウェポンには魔導砲を、腰部マウントにはブースターランスを付けている。
(速度はあって、火力もある。高出力型としては標準的な構成だよな)
ハンターなどの民間でではなく、八天領の正規軍が用意された機体だ。性能は当然悪くない。高機動を謳うイロンデルタイプをベースにした高出力型だけあって、防御を上乗せした上で速度を優先させたビルドであっても間違いではない。ルッタであれば、装甲を外して高機動全振りでいくだろうが、隊長というポジションを考えれば当然の選択なのだろう。
また隊長を務めているのだから腕も上澄みの部類なのだろうとはルッタも理解しているが、今回の戦いで足りているかと考えた場合、正直にいえば足りているとは思えなかった。
(まあ何かあってもマリアさんに任せればいいんだけどね)
相手の矜持を考えれば、それが最善だろうと事前にルッタはマリアに言ってある。苦笑はされたが、マリアの立場からしても、それは当然の判断だと思ったようである。
それからしばらく進んでいくと、ルッタは竜雲海の先に何か小山のようなものがあるのを確認した。
『見えてきたな。アレがワンダリングギガンティックだルッタ少年』
「うわ、でっか」
切り裂かれるように竜雲海の一部が噴き上がっている中を、その巨大な機械の塊は真っ直ぐに進んでいた。それは船というよりは、移動する要塞都市といった風貌だった。銀の煙を噴き上げながら突き進むその姿は、海洋に浮かぶ鯨を想起させる。
(はは、アレに乗り込むのかー。やべー)
かつて見たイシュタリア文明の遺跡との共通性を思わせる、あまりにもスケールの大きなオブジェクトを前にルッタは驚き、また目の前の未知に対しての無邪気な好奇心……というにはあまりにも獰猛な笑みをその顔に浮かべたのであった。




