006 ワンダリングギガンティック
「ただいま、コーシローさん」
「おう、戻ってきたなルッタ。メイサもご苦労さん」
「ふぅ。体がふわふわいたしますわ」
「竜雲海の中を上がったり下がったりしたからねぇ」
傘型ガーディアンとの戦闘後、ルッタがメイサと共にタイフーン号に戻ってきたのは二時間ほど後のことだった。
そしてルッタが戦闘後もブルーバレットで活動していた理由は第七兵団の墜落した乗り手の救助に参加していたためだ。戦闘に参加していなかったメイサがライムフィンクスに乗って外に出ていたのも同じ理由である。
竜雲海は海とは称されているが、雲海の名の通りに雲の上である。彼らがいるのは高度2000メートル以上の上空であり、落ちればアーマーダイバーとて当たり前に粉々になるだろう。けれどもアーマーダイバーにはその対応としての安全装置が存在していて、それは飛膜性の簡易バルーンであり、一定期間は浮き上がってからゆっくりと降下していく仕様となっている。
もちろんバルーンも破損していれば即死は免れないし、飛獣や深獣に襲われる危険もあるが、撃墜=即死ではないのだ。
ともあれ、発見さえできれば雲海船から伸ばしたワイヤーに繋げてウィンチで引き上げて回収することも可能で、ルッタたちはこの一時間でロビンとバンテというふたりの乗り手と機体の救助に成功していた。
「とりあえずは救助の手伝いは終わったんだよな?」
「はいですわ。他の墜落した団員は少し離れた戦艦が落ちた場所で防衛戦を張っているという連絡があったみたいですわね」
「現状でも守れてるみたいだから、あとはヘヴラトの方で対応できるでしょ」
メイサとルッタの言葉にコーシローが頷く。
「ま、そっちはそうだな。ただ、まだ仕事はあるらしくてな。艦長がルッタは戻ってきたら作戦室にってよ」
「んー。了解。もう夜だし子供には辛い時間なんだけどねー」
「コーシローさん、わたくしは?」
「お嬢様のお仕事はここで終了だ。お疲れさん」
「むーーー」
メイサが頬を膨らませるが、メイサは未だ初心者の殻を破れていない見習いの立場でしかない。仲間がフォローできる状況にない戦闘はまだ任せられないし、自分だけ呼ばれた理由はつまりはそういうことなのだろうとルッタは理解して踵を返した。
「じゃあ、行ってくるよコーシローさん。メイサ姉はご苦労様」
「あいよ。ほら、メイサは拗ねるなって」
「拗ねていませんわ。ぐぬぬ。ルッタは頑張ってくださいましね」
不満顔ながらも見送るメイサに頷きながら、ルッタはタイフーン号内にある作戦室へと向かっていった。
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「ルッタ、お帰りー」
「うん。ただいまリリ姉」
ガレージから作戦室へと入ったルッタを出迎えたのは、先にタイフーン号に戻っていたリリであった。
シーリスとジェットはまだ周囲の警戒をしてるため、この場にはいないようである。
他のメンバーは艦長のギアにマリア、ルッタの知らないヘヴラト聖天領軍の騎士がひとりいた。そして騎士の男が一歩前に出て口を開く。
「君がルッタ・レゾンか。量産機でオリジンダイバーと対等に戦う少年。君のおかげで我が隊は全滅を免れた。改めて礼を言わせてもらおう」
「あー、いや。そっちも無事……とは言い難いけど、間に合って良かったよ。ええと、ヴァラル隊長さんだよね?」
「ああ。声だけは何度かやり取りしたが、私がヴァラルだルッタ少年」
ヴァラルとは先ほどブルーバレット内で作業をしている時に何度かやり取りもしていたし、その時に挨拶も交わしていた。
ヘヴラト聖天領軍第七兵団ヴァラル隊隊長のヴァラル・ソーン。今回遭遇した部隊を率いているのが彼であった。
「ちなみにヴァラル隊長。さっきの戦闘は傘型ガーディアンがリリ姉を避けてこっちを狙ってきて狩りやすかったからスコアも一体違いになっただけで、対等と言うのはちょっと違うからねー」
若干不本意そうに言うルッタの説明は実際にその通りで、傘型ガーディアンは対処の難しいフレーヌよりも戦闘力評価が低いブルーバレットの方を狙って動いていた。だからルッタは相対する機会がリリよりも多かったし、追う側よりも勝手に近付かれる側の方がスコアが良いのは当然で、その上で負けたのだからルッタの内心は穏やかではなかった。
とはいえ、それはルッタ当人だからこその認識であり、ヴァラルは呆れた顔でその言葉に首を横に振った。
「いや、それを踏まえた上でもオリジンダイバーとやり合えている時点で私にとっては驚くべきことなのだがね」
どのような条件が重なっていようと、オリジンダイバーにアーマーダイバーで、それも量産機で張り合えていると言う時点で異常なのだ。それはオリジンダイバーを多く保有するヘヴラト聖天領軍に所属し、自身の上司もオリジンダイバー乗りであるヴァラルにとっては尚更の認識であった。
「それでヴァラル隊長がいて、このメンバーで集まってるってことは、打ち上げの相談ってわけじゃないよね?」
この場にいるのはスパイニーロブスタリアサンドをモシャッているリリにギア、マリアにヴァラルのみだ。クランとしてヘヴラト聖天領軍と話をするのであれば、戦闘組であるルッタとリリが参加する必要はないだろう。
「まあな。ちょっと新しい依頼を受ける予定なんだが、かなり難しい仕事になりそうでな」
「かなりヤバい感じってこと?」
「そうだな。お前が無理って言うなら受けないつもりだ。リリは問題ないって言っているんだがな」
「ん。リリとルッタがいれば、大丈夫」
「だとさ」
ギアがそう言って肩をすくめる。
「無茶を言っている自覚はありますので無理強いはできませんが、聖騎士マリアに銀の流星ギア・エントランにご助力いただけるのであれば……これ以上なく心強く。どうにか引き受けていただけることを……と期待しております」
ヴァラルがそう言って頭を下げる。
「へぇ。艦長、ヘヴラト聖天領軍の人にも知られてるんだねぇ」
「そりゃ、俺の嫁さんがあいつだからな」
ボソリとギアが言う。
彼の嫁であるミア・エントランはヘヴラト聖天領の上級貴族であり、加えて彼の娘は目の前にいる聖騎士マリアだ。
故にギアは『ヘヴラト男子の夢をすべて叶えた男』とも呼ばれており、こちらは銀の流星さんとは違い、ナチュラルについた二つ名であった。
「……まあ、ジャヴァの嫁に比べりゃウチの嫁さんなんて可愛いもんなんだけどな」
「え?」
「なんでもねえ。ともかくだ。受けるか否かを含めてお前の意見を聞きたかったんだよ」
「へぇ」
これまで依頼を受ける際に、ギアが依頼を受けるか否かについてルッタに判断を仰いだことなどなかった。それだけ難しい案件であるのだろうとルッタは理解すると、わずかに目を細めた。
「まあ、まずは説明からだな。マリア、頼む」
「はいはーい。アエロお願ーい」
マリアの言葉に肩に止まっていた機械の鳥の目が光って、作戦室の中央にホログラムの図面が投影された。
そこに表示されたのはヘヴラト聖天領を中心とした南部海域『聖天洋』の縮小図と、周辺の天領と、それから五つの光点であった。
「マリアさんのアエロの立体図、すごいねー」
「まーねー」
「ヴァラル隊長。状況を説明してくれ」
ギアの言葉にヴァラルが頷くと前に出た。
「これは聖天洋の縮小図ですな。そして、この五つの光点が今より一ヶ月ほど前にワンダリングギガンティックが出現した地点ということでぢょう」
「ワンダリングギガンティック? 今回、ヴァラルさんたちを襲った遺跡だってのは聞いてるけどどういうものなの?」
ルッタも救助活動中に団員たちからワンダリングギガンティックの名前は少しだけ聞いていた。ただ、それがヘヴラト聖天領軍のどの程度の機密に関わるものなのかが分からなかったため、深くは尋ねていなかった。
「ワンダリングギガンティック。それは彷徨える移動要塞と言われてるイシュタリアの超大型雲海船、或いは人工天領とでも呼ぶべき存在だ」
「超大型雲海船? 相当デカそうだけど」
その言葉にはギアも頷いて「ああ、デカいな」と口にした。
「一都市を乗せるサイズがあって、この間のゴーラ武天領軍の決戦兵器よりも遥かに巨大だ」
「ああ、あのイカの形してたってヤツだっけ。リリ姉が相手したヤツ」
ゴーラ武天領軍のクリムゾンシャークが保有していた決戦兵器『グラン・クラーケ』。それは全長30メートルを超える機体だが、ワンダリングギガンティックが一都市を乗せられると言うのであれば、確かに比較にならないほどの大きさだろうとはルッタも理解できた。
「ワンダリングギガンティックは一天領の軍で対応できるものではない戦闘力を持っている。だからヘヴラト聖天領軍の兵団がそれぞれに派遣され、一旦は監視することになったのだ。我々第七兵団もな」
「ちなみに私はその話、聞いていないんだけどねー。まあ第五兵団はアンカース天領奪還作戦の監視任務だったから他の任務からは外れてたんだけどさー。いやーママは知ってたのかなー?」
「それはなんとも。ただ少なくとも、この件に関して今はまだ公表しておりませんし、我々の報告次第でどう動くかを検討するという段階でしたから」
マリアの言葉にヴァラルがそう返す。
「それで監視してたって言うけど、ワンダリングギガンティックについて何か分かったの?」
「いや、残念ながらな。出現理由は不明。偶然か、遺跡が何かに反応したか、人為的か否かもまったく分からない。ただ、同じルートをぐるぐると回っていることから巡視モードになっているのだろうという予想だけはできたのだが……」
そこまで口にしたヴァラルが苦い顔をしながら光点のひとつを指差した。
「我々が今いるこの海域のワンダリングギガンティックが二日前、突如として近隣にあるアルジャ天領への衝突コースへと変わったのだ」




