003 エスケープダンシング
「畜生。なんで、ここまで追ってくるんだよ。ガーディアンならガーディアンらしくあのデカブツ守ってろよ」
ヘヴラト聖天領第七兵団ニンバスのアーマーダイバー乗りキーリ・セルバンデスはそうぼやきながら、血走った目で後方から迫る軍勢を水晶眼を通して見ていた。
絶え間なく飛び交う銃弾をロールでかわしながら魔導銃で反撃を行うが、避けるのに必死なキーリのブレた照準では当たるものも当たらない。もっとも相手の攻撃も避け続けているのだから、彼の腕前が水準以上であるのも確かであった。
『キーリ、無駄口叩くな』
「うっせ。ぼやきたくもなんだろうがよロビン」
『だからこそだ。ここで俺たちが墜ちたら……グッ、うわぁあ』
「ロビン!?」
キーリの目に、機体の一部が爆散して煙を拭きながら落ちていく同僚の姿が映る。
「畜生ッ」
その様子にキーリが助けに動こうかとアームグリップを握り締めかけたところで通信が飛んだ。
『キーリ。ロビンの代わりに艦左翼の配置につけ』
「ですが……いえ、了解です。ヴァラル隊長」
ヴァラルの指示に逡巡したのも束の間、キーリは避けるよりも守ることを優先するために武装を魔導銃から盾へと切り替え、機体を戦艦の後方へと移動させた。
『ロビンも生きていれば回収できる。そのためには俺たちが死ぬわけにはいかんのだ』
「了解ですよ隊長。死んでも生き残ってやりますって」
キーリがそう言いながら、放たれた銃弾を盾で弾いた。彼が守るメルカヴァ級戦艦の後部は分厚い装甲板が付いて魔導銃クラスであれば弾ける程度に頑丈ではあるが、左右に伸びたフライフェザーを破壊されれば航行が困難になる。とはいえ、最大船速で進んでいる以上はフライフェザーを広げざるを得ず、だからこそキーリたち、アーマーダイバー部隊が守らねばならなかった。
(ヴァラル隊長の言う通りだ。俺らが死んだら、墜ちたロビンもアクスも救助に行けない。ここでやられるわけにはいかねえんだよ)
キーリはわずかに眼下の竜雲海を見て、すぐさま気持ちを切り替える。
アーマーダイバーが大破したとしても、それで乗り手が死ぬかどうかはまた別の話だ。
アーマーダイバーはフライフェザーが破損して竜雲海を落下したとしても、落ちている途中に飛膜で作られた簡易バルーンが展開するようにできている。このバルーンは竜雲海内を短時間なら浮上して、その後は低速で降下していく機能がついている。
竜雲海上で回収できれば良し。降下して深海層に到達しても、その場でビーコンを打ち上げて救助を待つこともできるのだ。
だが、それも救助する者がいればの話だ。
深獣が闊歩する深海層を単独で生き残り続けるのは容易ではないし、高濃度の魔素に侵され続ければ潜雲病の発症する可能性が高くなる。だからこそ落ちていった同僚たちのためにも自分たちがまずは生き残らねばならない……というヴァラルとキーリの認識は正しい。けれども、とキーリは思う。
(にしても、何でこんなことになったんだ?)
キーリの所属するヘヴラト聖天領第七兵団ニンバスは、第五兵団エンジェルラダーと同じヘヴラト聖天領軍に所属する軍隊だ。
本来であれば彼らは普段ヘヴラト聖天領に駐留しているのだが、彼らはとある任務のためにこの地にやってきていた。
そして、その任務とは、ヘヴラト聖天領周辺海域に出現したイシュタリア文明の遺物『ワンダリングギガンティック』の監視であった。
彷徨える移動要塞と称されているソレは古来より竜雲海でたびたび目撃されており、以前にルッタたちが退治したゴーラ武天領軍の決戦兵器『グラン・クラーケ』よりも遥かに巨大で、一都市を乗せるサイズの超大型雲海船、或いは人工天領とでも呼ぶべき存在だ。
自動防衛機能により、並の戦力では近づくことすらもままならず、移動要塞と呼ばれるに相応しい頑強さも持っている。
そんなシロモノの監視に彼らが赴いたのは、ヘヴラト聖天領を中心としている南部海域『聖天洋』にワンダリングギガンティックが突如として複数体出現したためだった。
それが偶然か、遺跡の誤動作の結果によるものか、或いは人為的なものなのかは分からない。けれども、八天領の一角であるヘヴラト聖天領がその状況を見て見ぬふりをすることはできず、それぞれのワンダリングギガンティックに兵団を派遣することとなったのだ。
(ただの監視。それだけのはずだったのに。問題がなければ、近隣の天領に監視を引き継いで終わるはずだったのに)
キーリが苦い顔をするが、残念なことに彼らは監視だけで終わることが許されなかった。
何しろこの第七兵団の監視していたワンダリングギガンティックが突如としてルートを変更し、近隣にあるアルジャ天領への衝突コースへと変わったのだ。
(墜とすか、軌道を変えるか。オリジネーターのウチの大将ならば遺跡の制御も可能かもしてないってんでワンダリングギガンティック内に入ったのはいいが、待機組の俺らがこの有り様だ。アルヴィン様は果たして大丈夫なのか?)
第七兵団は団長アルヴィン・ゼランはオリジンダイバーを駆るオリジネーターで、彼が天領を救うためにワンダリングギガンティックに挑んでしまった結果が今だ。
蜂の巣をつついたかの如く、ガーディアンが飛び出してきて、主力を欠いた第七兵団はチリヂリになって逃げざるを得なかった。
(まあ、人の心配をしている場合じゃあないんだが。最悪、第七兵団が全滅となる可能性もあるわけだしなぁ)
キーリの頬を冷たい汗が伝う。
けれども状況は彼を待ってはくれない。キーリが放たれた銃弾を防ぎながら耐えていると、通信機から不穏な言葉が発せられたのだ。
『隊長。不味いです』
『どうした? これ以上悪いことがあるっていうのか?』
『正面から雲海船の反応。このままだと接触します』
『なんだと!?』
その言葉にはヴァラル以外の乗り手や、通信に参加している団員たちも絶句した。
(嘘だろ。いや、可能性はあるにせよ……なんて運のない連中だよ)
キーリが眉間に皺を寄せながら、心の中でそう呟く。
天領は基本的には近隣の天領との間にある流れの緩やかなルートを航路として設定しており、雲海船はそこを通って天領から天領を渡っていくのが一般的だ。とはいえ、その航路も複数のルートがあり、また幅もかなり広く、雲海船同士ですれ違うということは多くないのだ。
だからこそ、正面から迫る雲海船の運のなさを彼らは嘆いた。
『こちらのルート変更……は無理か。ここで動きを変えれば間違いなく追いつかれる。であれば、あちらに進路変更を促すしかあるまいよ。早急に対向船に進路変更を要請しろ。早くッ』
『は、はい。それでは……え?』
『どうした?』
通信手の戸惑いの声にヴァラルが問い返す。
何が起きているのか。通信を聴いている誰もが思う疑問に返ってきた答えは、予想外のものだった。
『こ、これは聖騎士団のシグナル? オリジンダイバー『ヴィーニュ』からの信号通信です』
『何ィ!?』
『貴艦は陣形を維持した状態で進路そのまま。当方が迎撃に……迎撃に入ると言っています!』
『『『『オ、オオオオオッ』』』』
通信機から歓喜の声が一斉に響き渡る。
そして、それはキーリも周囲の団員たちと同様の想いだった。絶望的な気持ちが一気に晴れていく。それほどまでにヘヴラト聖天領軍においてのオリジンダイバーという存在は大きい。
ましてやヴィーニュは聖騎士団の一員にして、第五兵団エンジェルラダーの所属だ。
『第五兵団が来てくれたのかよ』
『はははッ、俺たちの運はまだ尽きちゃいなかった』
『うん? だが、アーマーダイバーは一機か?』
(アーマーダイバーが一機?)
通信機からの不意の声にキーリは自身の機体の魔力レーダーの反応を見ると、そこには予想と違う表示が見えた。
(なんだ? オリジンダイバーの反応が……二機ある? 向かっているのはヴィーニュだけじゃない? それに随行しているアーマーダイバーは量産機一機だけで、しかも先行している? どういうことだ? ミーア様の第五兵団じゃないのか?)
想定したものと違う状況に疑問を浮かべたキーリだが、すぐさま正面から迫る機体に目を奪われた。
「なんだ、あいつは!?」
それは青と黒のカラーリングをした、竜人を模したアーマーダイバーであった。反応は量産機のもの。けれども、明らかに普通ではない姿のその機体は、量産機には似つかわしくない厳つい重火器を持っていた。
『はは、よりどりみどりだ』
「子どもの声だと!?」
そして、閃光と共に咆哮の如き凄まじい掃射音がその場に響き渡った。




