第9話 未来は、もう動いている
四億二千万円。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:420,000,000円】
【価格上昇理由:作者死亡】
「…………」
何度見ても。
四億二千万円。
昨日まで見ていた絵は三億円だった。
新しい絵は。
四億二千万円。
「パパ?」
結衣が俺を見上げる。
「どうしたの?」
「……いや」
俺は慌てて笑った。
「上手だなと思って」
「ほんと?」
「ああ」
「ロボットかっこいい?」
「うん」
ロボット。
昨日。
俺が見つけた会社。
アステラ・ロボティクス。
現在三百十円。
十年後。
四万二千八百円。
そして。
今日。
娘が描いたロボット。
偶然。
絶対に偶然だ。
そう思いたい。
「これパパにあげる!」
「……ありがとう」
「おへやにかざって!」
「ああ」
俺は絵を受け取った。
手が少し震えていた。
◇
自分の部屋。
二枚の絵を並べる。
一枚目。
家族三人。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:300,000,000円】
【価格上昇理由:作者死亡】
【死亡予定日まで:3,639日】
二枚目。
家族三人。
そしてロボット。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:420,000,000円】
【価格上昇理由:作者死亡】
【死亡予定日まで:3,639日】
「死亡予定日は……同じ」
少しだけ。
安心した。
いや。
安心していい数字じゃない。
でも。
少なくとも。
昨日アステラを見つけたことで、結衣の寿命が短くなったわけではない。
「じゃあ何で値段が違う?」
三億。
四億二千万。
同じ作者。
同じ死亡予定日。
違うのは。
絵の内容。
「ロボット……」
俺は二枚目を見る。
子供が描いた。
四角い体。
棒みたいな手足。
頭に二本のアンテナ。
どう見ても。
ただの子供の絵だ。
それが。
十年後。
四億二千万円。
「ありえないだろ」
そもそも。
結衣が死んだからといって。
なぜ四歳児の絵が三億円になる?
今まで。
そこを深く考えていなかった。
死ぬ。
その恐怖が強すぎて。
価格の異常さを。
俺は無視していた。
「待てよ……」
有名な画家なら分かる。
世界的な芸術家。
死後に作品の価値が上がる。
でも。
結衣は。
普通の四歳児。
十年後でも十四歳。
「十四歳の子供の絵が……四億?」
ありえない。
作者が死亡した。
それだけでは。
説明できない。
「何かある」
十年後。
結衣に。
何かが起こる。
死だけじゃない。
絵そのものの価値を異常に上げる何か。
「…………」
背中が冷たくなった。
◇
俺は未来価格ノートを開いた。
新しい項目。
『結衣の絵』
一枚目。
家族三人。
10年後――3億円。
二枚目。
家族+ロボット。
10年後――4億2千万円。
死亡予定日。
同一。
「違いは……」
ロボット。
だけ?
いや。
他にもあるかもしれない。
「調べるか」
俺は立ち上がった。
◇
「結衣」
「なにー?」
リビング。
結衣は床でブロック遊びをしていた。
「パパとお絵描きしない?」
「する!」
即答。
美咲がキッチンから俺を見る。
「珍しいね」
「そう?」
「慎吾からお絵描き誘うとか」
「パパも芸術に目覚めた」
「また覚醒したん?」
「最近いろいろ目覚める時期なんです」
「四十一歳で?」
「人生後半戦だからね」
「まだ前半やろ」
たぶん。
そうであってほしい。
俺は結衣の横に座った。
画用紙。
クレヨン。
「何描く?」
「プリン!」
「プリン?」
「うん!」
よし。
ロボットとは全然違う。
「描いてみて」
結衣が黄色いクレヨンを持つ。
丸。
というか。
歪んだ何か。
皿。
たぶん。
上に茶色。
「できた!」
「早いな」
「プリン!」
「おお」
見る。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:8,000円】
「…………」
俺は固まった。
「パパ?」
「いや」
八千円。
安い。
いや。
四歳児のプリンの絵なら。
十年後八千円でも十分高い。
でも。
三億。
四億二千万。
とは。
全然違う。
「もう一枚描こう」
「いいよ!」
「今度は……犬」
「わんちゃん?」
「そう」
結衣が描く。
完成。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:12,000円】
「…………」
次。
「お花」
【現在価格:0円】
【10年後の価格:6,500円】
次。
「おうち」
【現在価格:0円】
【10年後の価格:18,000円】
次。
「ママ」
【現在価格:0円】
【10年後の価格:24,000円】
次。
「パパ」
【現在価格:0円】
【10年後の価格:1,200円】
「…………」
低くない?
「パパ?」
「もう一回描いて」
「やだ」
「なんで!?」
「つかれた」
「パパ千二百円なんだけど!」
「何の話?」
美咲が振り返る。
「何でもありません」
危ない。
でも。
分かった。
結衣の絵。
全部が高額になるわけじゃない。
プリン。
犬。
花。
家。
俺。
美咲。
十年後の絵としては。
妙に値段がついている。
でも。
異常というほどじゃない。
異常なのは。
家族三人を描いた絵。
そして。
家族三人+ロボット。
「…………」
何が違う?
◇
結衣がお絵描きに飽きたあと。
俺は描かせた絵を全部並べた。
未来価格。
プリン――八千円。
犬――一万二千円。
花――六千五百円。
家――一万八千円。
美咲――二万四千円。
俺――千二百円。
「……俺だけ納得いかない」
そこじゃない。
家族三人――三億円。
家族+ロボット――四億二千万円。
「桁が違いすぎる」
明らかに。
何かある。
俺はスマホを開いた。
アステラ・ロボティクス。
会社概要。
ニュース。
製品情報。
何度も見る。
「…………」
今は。
工場用ロボット。
物流用。
人間と一緒に作業する小型ロボット。
子供とは。
何の関係もない。
「考えすぎか」
ロボットなんて。
偶然。
そう思った。
そのとき。
スマホ。
アステラの企業サイト。
下のほう。
小さなニュースリリース。
俺の指が止まる。
『次世代生活支援AIの共同研究を開始』
「生活支援……AI?」
記事を開く。
大学との共同研究。
家庭内。
見守り。
高齢者。
子供。
安全支援。
「…………」
心臓が。
少し速くなる。
いや。
まだ。
何も繋がっていない。
十年後。
この技術がどうなるかも分からない。
でも。
アステラ。
ロボット。
子供の見守り。
結衣。
「…………」
偶然。
偶然だ。
俺はスマホを閉じた。
◇
夜。
美咲と結衣が寝たあと。
俺は一人。
リビングにいた。
二枚の絵。
三億。
四億二千万。
そして。
今日描かせた普通の絵。
数千円。
数万円。
「何なんだよ……」
能力は。
答えを教えてくれない。
値段だけ。
未来の結果だけ。
「せめて理由くらい……」
そう呟いた。
その瞬間。
「…………」
俺は。
あることを思いついた。
今まで。
能力を見るとき。
ただ物を見ていた。
でも。
結衣の最初の絵を見たとき。
俺は。
なぜ三億円になる?
そう強く思った。
その直後。
【価格上昇理由:作者死亡】
が現れた。
「…………まさか」
俺は五百円の腕時計を取り出した。
【現在価格:68,000円】
【10年後の価格:1,800,000円】
いつもの表示。
時計を握る。
見る。
そして。
頭の中で。
強く考える。
なぜ、百八十万円になる?
「…………」
何も起きない。
「そりゃそうか」
馬鹿らしい。
能力に質問するとか。
ゲームじゃないんだから。
俺は時計を机へ置こうとした。
その瞬間。
表示が。
揺れた。
「……え?」
文字が。
一行。
増えた。
【現在価格:68,000円】
【10年後の価格:1,800,000円】
【価格上昇理由:――――】
「…………」
見える。
でも。
読めない。
ノイズ。
文字が潰れている。
「おい」
俺は時計を掴む。
「もう一回」
強く思う。
なぜ上がる?
理由は?
「見せろ」
表示。
揺れる。
【価格上昇理由:製造――】
「……製造?」
消える。
「待て!」
もう一度。
集中する。
その瞬間。
頭の奥が。
ズキッと痛んだ。
「っ……」
額を押さえる。
でも。
表示は。
少しずつ。
形を作る。
【価格上昇理由:製造数――希少――】
「…………」
読める。
完全じゃない。
でも。
分かる。
製造数。
希少。
「理由まで……見えるのか?」
心臓が鳴る。
今まで。
俺は。
この能力を。
使い切れていなかった?
「だったら」
俺は。
ゆっくり振り返った。
机の上。
結衣の絵。
家族三人。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:300,000,000円】
【価格上昇理由:作者死亡】
違う。
それだけじゃない。
もっと。
その先。
「見せろ」
俺は絵を見る。
強く。
なぜ三億円?
なぜ。
結衣が死ぬ?
何が起きる?
「見せろ……!」
頭に。
激痛が走った。
「っ!」
視界が歪む。
思わず机に手をつく。
それでも。
目を逸らさない。
表示が。
揺れる。
【価格上昇理由:作者死亡】
その下。
今までなかった文字が。
浮かび始める。
【関連事象:――――】
「……来た」
息を止める。
「見せろ」
ノイズ。
文字。
一瞬。
読めた。
【関連事象:■■■■事故】
「事故……?」
表示が消える。
「待て!」
もう一度。
集中する。
頭痛。
吐き気。
額に汗が滲む。
それでも。
見る。
【関連事象:■■■■事故】
四文字。
読めない。
その後ろ。
事故。
「事故……」
十年後。
結衣に何かが起きる。
それが。
事故と関係している?
初めてだった。
十年後の未来に。
ほんの少しだけ。
触れた。
その瞬間。
「…………え?」
視界の端。
もう一枚。
ロボットが描かれた絵。
その表示が。
揺れた。
俺は。
ゆっくり視線を移す。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:420,000,000円】
【価格上昇理由:作者死亡】
そして。
【関連事象:■■■■事故】
「同じ……?」
いや。
違う。
ノイズが走る。
その下。
もう一行。
文字が浮かんだ。
【関連企業:アステラ・ロボティクス】
「…………」
息が止まった。
昨日。
俺が偶然見つけた会社。
アステラ・ロボティクス。
今日。
結衣が描いたロボット。
そして。
十年後。
四億二千万円になる絵。
そこに。
同じ会社の名前が出た。
「なんで……」
分からない。
アステラが事故を起こすのか。
事故を防ごうとするのか。
それとも。
まったく別の形で関わるのか。
何一つ分からない。
ただ。
一つだけ。
もう偶然では片づけられなかった。
俺が未来価格を見て見つけた会社が。
十年後の結衣の未来にも――
現れた。




