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『俺だけ「10年後の値段」が見える。~未来価格で億万長者になるはずが、娘の絵に3億円の値札がついていた~』  作者: かばっち


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第63話 同じ言葉でも


 金曜日の夜。


「ゼロはパパ!」


「はい?」


 夕食を終えてソファに座ったところで、いきなり俺の役目が奪われた。


 リビングの真ん中では、結衣がゼロとモモを並べている。


「ゼロがパパ!」


「じゃあパパは?」


「パパ!」


「二人おるやん」


「ちがう!」


「何が?」


「ゼロは、おしごとのパパ!」


「なるほど。俺の勤務中だけ代役なんですね」


「そう!」


 結衣は満足そうにうなずくと、今度はモモを持ち上げた。


「モモはママ!」


 キッチンから戻ってきた美咲が足を止める。


「じゃあママは?」


「ママ!」


「こっちも二人おるやん」


「ちがう!」


「何が違うと?」


「モモは、おうちのママ!」


「私はどこのママなん?」


 結衣が止まった。


 ゼロを見る。


 モモを見る。


 美咲を見る。


「……ママ!」


「考えるの諦めたやろ」


「ママー!」


「はいはい」


 美咲が笑いながら、洗濯物の入ったかごを床へ置いた。


 結衣の中で役割分担がどうなっているのかは分からないが、とりあえず俺も美咲も本人の地位を守れたらしい。


「ゼロ、おむかえいって!」


 結衣がゼロをくるりと反対へ向ける。


 ウィーン、と小さな音を立てて歩き出すゼロ。


 二歩。


 三歩。


 壁。


「とまった!」


「そりゃ壁あるからな」


「パパおらんよ!」


「ここにいます」


「おしごと!」


「今日はもう帰ってきてます」


「もういっかい!」


 ゼロが壁から救出され、今度はリビングの反対側へ置かれる。


 モモもその背中へ乗せられた。


「それ絶対落ちるよ」


「おちない!」


 一歩。


 二歩。


 ゴト。


「あー!」


「本日一回目」


「もういっかい!」


「モモ、毎日大変やな」


 俺はテーブルの上に置いていたスマホへ視線を戻した。


 画面にはニュース。


 別に大した記事を読んでいたわけじゃない。


 なのに、内容が頭へ入ってこない。


 昨日、高城さんから聞いた話が残っていた。


 一人なら。


 複数なら。


 警告する相手が増えたとき、同じ情報を送ればいいとは限らない。


「慎吾」


「はい」


「さっきから同じとこ見よるやろ」


「え?」


 美咲が洗濯物を畳みながら、俺のスマホを見る。


「そのニュース、何回読んだ?」


「……三回くらい?」


「何も読んでないやん」


「読んではいる」


「内容は?」


「えーっと」


「はい、考えごと」


「バレた」


「顔に出るもん」


「最近そればっかり言われるな」


「昔からやけどね」


「もっと隠せる男だと思ってた」


「無理やね」


 即答された。


 ちょっとくらい迷ってくれてもいいと思う。


「昨日、高城さんと何話したん?」


 美咲がTシャツを畳みながら聞く。


「研究の話」


「それは分かる」


「個人警告端末の運用条件について、大学側で――」


「待って」


「はい」


「私に分かる言葉で」


「今のも日本語です」


「慎吾が研究の話するとき、たまに日本語じゃなくなる」


「高城さんのせいやな」


「人のせいにせんの」


「はい」


 俺はスマホを伏せた。


 どう説明するか。


「一人に危ないって知らせるだけなら、まだ分かりやすい。でも、同じ事故に何人も関わるなら、全員に同じこと言えばいいとは限らんって話」


 美咲の手が少し止まった。


「何人も?」


「うん。子供と大人でも違うかもしれんし、助ける側まで入れたら、必要な情報も変わるかもしれん」


「ふうん」


「まだそういう問題もあるよねって話し始めた段階。何かできたわけじゃないよ」


「じゃあ、まだ考え中?」


「そう」


「で、それが気になっとるん?」


「まあね」


 美咲は畳んだタオルを重ねた。


「何で?」


「前に見えたやつ」


 それだけで通じたらしい。


 美咲の表情が少しだけ変わる。


【重大事故発生要因:複数対象――】


 途中で切れた、あの表示。


「でも、あれと昨日の話が同じって決まったわけじゃないよ」


「うん」


「複数対象って、人のことかどうかも分からん」


「じゃあ、何を考えよるん?」


「それがまだ、うまくまとまってない」


「珍しいね」


 その横では、結衣がまたゼロの背中へモモを乗せている。


「今度はゆっくりよ!」


 ゼロに無茶を言っていた。


 機械なので、たぶん速度は変わらない。


「たとえばさ」


「うん」


「結衣と俺が、同じ危ないことに関わるとするやん」


 美咲の眉が寄った。


「例えが嫌なんやけど」


「俺も言ってから思った」


「別の例にできんの?」


「できるけど、たぶんこれが一番分かりやすい」


「……じゃあ続けて」


「二人に同じ警告が来る。『危ないから逃げて』って」


「結衣、無理やろ」


 即答だった。


「いや、危ないって分かれば――」


「どこに?」


「……え?」


「どこに逃げると?」


 俺は口を閉じた。


 どこに。


「外?」


「外が危なかったら?」


「じゃあ中」


「中のどこ?」


「それは……」


「結衣に『危ないから逃げて』だけ言っても、たぶん分からんよ」


 美咲がリビングの結衣を見る。


「結衣なら、『ママのところに来て』とか、『そこから動かんで』とか、『先生と一緒にいて』とか。そういう言い方じゃないと無理やと思う」


「なるほど」


「四歳やもん」


「じゃあ俺なら?」


「慎吾?」


「同じ事故で俺にも警告が来たら」


「そりゃ内容によるやろ」


「たとえば?」


「結衣を迎えに行って、かもしれんし」


「うん」


「逆に、そこへ行ったら危ないから近づくな、かもしれんし」


「……ああ」


 そこで引っかかった。


 結衣には、そこから動くな。


 俺には、迎えに行け。


 あるいは、その逆。


 同じ事故についての警告なのに、相手によって必要な指示が変わる。


 場合によっては、正反対になる。


「同じ『危ない』でも、そのあとが違うんやな」


「そりゃそうやろ」


「そうなんやけど」


「今気づいたん?」


「研究の話として聞くと、もっと難しかったんです」


「高城さんに怒られるよ」


「言わんでください」


「連絡先知らんし」


「安心した」


 美咲が次の服を畳む。


「パパ!」


「はい」


 急に呼ばれた。


 見ると、結衣がこちらを指さしている。


「おむかえ!」


「何のお迎え?」


「パパ!」


「俺を?」


「うん!」


「どこに?」


「おしごと!」


「いや、もう帰ってきてるって」


「ゆいがいく!」


「どこに?」


「パパのとこ!」


「だからここです」


 結衣がむっとする。


 説明の通じない父親を見る顔をされた。


「おしごとのパパ!」


「ああ、会社の?」


「ゆいがむかえいく!」


「ダメ」


「ダメ」


 俺と美咲の声が重なった。


 結衣が目を丸くする。


「なんで!」


「一人で会社まで来たらダメやろ」


「いける!」


「場所知らんやん」


「しっとる!」


「どこ?」


 結衣は勢いよく腕を伸ばした。


「あっち!」


 指したのは、ベランダ。


「そっちはたぶん違うな」


「ちがわん!」


「パパの会社、ベランダから行けんよ」


「いける!」


「飛ぶん?」


「とぶ!」


「結衣、飛べんやろ」


「ゼロ!」


「ゼロが飛ぶん?」


「とばない!」


「そこは分かっとるんや」


 美咲が吹き出した。


 俺も笑いながら、さっきの言葉を思い出す。


 どこに?


 本当に、そのままだった。


 迎えに行く。


 それだけ聞けば、結衣は行こうとする。


 でも場所も分からないし、行っていいのかどうかも分からない。


「ほら、やっぱり――」


 言いかけたところで、美咲に見られた。


「結衣で確認せんでよ」


「してません」


「今、ほらって言った」


「目の前で分かりやすいことが起きただけです」


「それを確認って言うんやない?」


「違います」


「ゆいもする!」


「何を?」


「かくにん!」


「ほら、変な言葉覚えたやん」


「俺のせい?」


「慎吾しかおらんやろ」


「かくにん!」


「結衣、それはせんでいい」


「する!」


「何するか分かっとる?」


「わからん!」


「でしょうね」


 なぜか胸を張っている。


 俺は苦笑した。


 違う。


 結衣は今、ただ遊んでいるだけだ。


 ここで何かを確かめる必要はない。


「じゃあ、ゆいがダメなら……」


 結衣がゼロを持ち上げた。


「ゼロ!」


「はい?」


「ゼロがパパむかえいく!」


「ゼロが?」


「うん!」


「会社まで何時間かかるんやろ」


「途中で充電切れるんやない?」


 美咲が言う。


「十年後くらいに着く?」


「そこまで遅くないやろ」


「ゼロ、はやいよ!」


「じゃあお願いしようかな」


「モモも!」


「二人体制なん?」


 結衣はモモをゼロの背中へ乗せた。


「モモはママ!」


「ママまで迎えに来るん?」


「くる!」


「私、家におるけど」


「いくよ!」


「どこに?」


「パパ!」


「結局みんな会社集合やん」


 ゼロが歩き出す。


 一歩。


 二歩。


 ゴト。


「あー!」


「モモ、今日何回目?」


「まだ!」


「何がまだなん?」


「もういっかい!」


「休ませてあげたら?」


「だいじょうぶ!」


 何を根拠に。


 結衣は落ちたモモを拾い、またゼロへ乗せる。


 そのまま床へ置いた。


 ゼロが向きを変え、小さな機械音を立てながら歩き始める。


「…………」


 俺は、その姿を見た。


【関連事象:個人警告端末】


 以前見えた表示が、頭をよぎる。


 昨日から話しているのも、警告のこと。


 目の前にはゼロと結衣。


 気にならないわけがない。


 見れば、何か変わっているだろうか。


 昨日、現実側では新しい検討が始まった。


 なら――。


「慎吾?」


 美咲の声で、思考が止まった。


「ん?」


「また止まっとる」


「ああ」


 床では、結衣がゼロを追いかけている。


「ゼロー! そっちじゃない!」


 ゼロは結衣の指示を無視して、まっすぐ進んでいた。


 結衣は遊んでいる。


 ゼロも、今はその遊び相手だ。


 俺が勝手にそこへ意味を足す必要はない。


 それに、次に何を見るかは昨日決めた。


 表示の続きを求めない。


 研究側の変化が、未来へ影響したか。


 確認するのは、それだけだ。


「今日は見ない」


「え?」


 美咲が聞き返した。


「いや。何でもない」


「何か見ようとした?」


「ちょっと思っただけ」


「ゼロ?」


「うん」


 隠す必要もないので答える。


「でも、今日はやめとく」


「何で?」


「今見るって決めてないから」


 美咲は少しだけ俺を見て、それ以上は聞かなかった。


「ならいいけど」


「信用ないなあ」


「前よりはあるよ」


「前よりは?」


「前なら、もう見とったやろ」


「……そうですね」


 そこは反論できなかった。


「パパ!」


「はい」


「ゼロとまった!」


「救助要請ですね」


「たすけて!」


「はいはい」


 壁際で止まったゼロを持ち上げる。


 表示は見ない。


 そのまま結衣の前へ戻した。


「ありがとうございます!」


「急に丁寧やな」


「もういっかい!」


「使い方が激しい」


 俺は笑って、ゼロを床へ置いた。


     ◇


 午後九時四十八分。


 ようやく家の中が静かになった。


 結衣を寝かせるまでに、ゼロは三回迎えに行かされ、モモは六回落ちた。


 最後は結衣まで、


「ゆいもおむかえされる!」


 と言い出し、俺が寝室まで連行することになった。


 結果として、迎えに行ったのは俺だった。


「お疲れさま」


 美咲がマグカップを置く。


 俺はダイニングテーブルへノートを持ってきた。


「書くん?」


「うん。今日の話」


 ノートを開く。


「高城さんが言ってたこと、ちょっと分かった気がする」


「研究の?」


「研究じゃなくて、警告される側の話」


 美咲が向かいへ座った。


「一人と複数って、単純に数が増えるだけじゃないんやな」


「さっきの話?」


「うん。逃げた方がいい人もいれば、動かん方がいい人もいるかもしれん。誰かを迎えに行く人もいる」


「みんなに同じこと言ったら、逆に困ることもありそうやね」


「たぶん」


 俺はペンを止めた。


【重大事故発生要因:複数対象――】


 複数対象。


 あれが人を意味するのかさえ、まだ分からない。


 昨日の研究課題と同じ話なのかも分からない。


 そこを勝手につなげるわけにはいかない。


 ただ。


 一人と複数では、単純に数が増えるだけじゃない。


 それだけは、少し分かった気がした。


 俺はノートへ書く。


『複数対象=複数人?』


 最後に、疑問符。


 その下へもう一行。


『同じ事故でも、必要な警告は同じではない』


「これならいいかな」


「何が?」


「今日分かったこと」


 美咲がノートをのぞく。


「上は分かってないことやん」


「だから疑問符つけてます」


「便利やね、疑問符」


「研究者っぽいやろ」


「会社員やろ」


「はい」


「しかも普通の」


「そこまで言う?」


「自分でいつも言いよるやん」


「そうでした」


 俺は笑って、昨日のページを開いた。


『次回観測』


『表示の続きを求めない』


『研究側の変更が未来へ影響したかだけ確認』


 今日の話を聞いたからといって、ここは変えない。


「月曜?」


 美咲が聞く。


「うん。高城さんと」


「無理せんでよ」


「見るもの決めてる」


「頭痛したら?」


「やめる」


「何も変わってなかったら?」


「それも結果」


 何も変わっていない。


 それだって結果だ。


 だから、その先を見ようとしない。


「パパー!」


 寝室から声が飛んできた。


 俺と美咲が同時にそちらを見る。


「起きた?」


「たぶん」


「行ってきて」


「俺?」


「パパって呼ばれたやろ」


「ゼロじゃない?」


「行ってきて」


「はい」


 立ち上がる。


「パパー!」


「はいはい、今行くよー」


 寝室へ向かう途中、床の端にゼロがいた。


 充電台の近くで止まっている。


 俺は一度だけ足を止めた。


 同じ「危ない」でも。


 結衣と俺では、その先に必要なものが違う。


 だったら、未来の警告も――。


「パパー!」


「今行くって!」


 そこで考えるのをやめた。


 答えを決めるのは、まだ早い。


 次に見るのは、その先じゃない。


 変わったかどうか。


 まずは、それだけだ。

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