第6話 初めての利益
販売価格、一万二千円。
【現在価格:47,000円】
【10年後の価格:96,000円】
「……よし」
俺は古いカメラレンズを手に取った。
前回の腕時計とは違う。
これは長期保有じゃない。
短期売却用。
今日買って。
できるだけ早く売る。
そして、その利益を次の軍資金にする。
「お客様、そちら気になります?」
店員が声をかけてきた。
「あ、はい」
「少し古いモデルですけど、人気ありますよ」
「へえ」
人気がある。
俺には分かっている。
今の価値は四万七千円。
値札は一万二千円。
三万五千円の差。
問題は。
本当にその金額で売れるかどうか。
腕時計で「現在価格」がかなり正確なのは分かった。
でも。
査定額と市場価格は違う。
店に売れば、当然安くなる。
手数料もある。
送料もある。
状態によっても変わる。
「これ、動作確認済みですか?」
「はい。簡単な確認はしてます」
「カビとかは?」
「多少ホコリはありますけど、致命的なものはないですね」
「じゃあ……これください」
「ありがとうございます」
一万二千円。
支払う。
財布の中身が一気に寂しくなる。
「…………」
俺はレンズを袋に入れてもらいながら思った。
前回は五百円。
失敗しても笑える。
今回は一万二千円。
四十一歳会社員の小遣いとしては、普通に痛い。
もし読みを間違えていたら。
「いや」
違う。
読みじゃない。
俺には数字が見えている。
【現在価格:47,000円】
信じろ。
自分の能力を。
◇
帰宅。
美咲が袋を見る。
「また何か買った?」
「うん」
「何?」
「レンズ」
「カメラ持ってないやん」
「…………」
強い。
妻は毎回、最短距離で核心を突いてくる。
「売る」
「は?」
「売るために買った」
「一万二千円で?」
「はい」
「いくらで売れるん?」
「……四万くらい?」
「くらい?」
「たぶん」
美咲の顔が曇る。
「慎吾」
「はい」
「この前、株で半分くらいになったよね?」
「ほぼ半分」
「同じやん」
「違います」
「何が?」
「今回は自信があります」
「株のときも言ってなかった?」
「…………」
何も言えない。
結衣が横から入ってくる。
「パパ、またおかねなくなる?」
「なくなりません」
「アイスかえる?」
「買えます」
「じゃあいいよ」
「審査ゆるいな」
美咲が笑った。
「まあ、自分の小遣いなら好きにしたら」
「はい」
「でも家計には手出さんでよ」
「絶対出さない」
これは本気だ。
俺が守るべきルール。
家族の金は使わない。
◇
翌日。
仕事終わり。
俺は中古カメラ専門店へ向かった。
レンズを査定に出す。
「少々お待ちください」
「はい」
カウンター前。
緊張する。
腕時計のときより緊張している。
なぜなら。
今回は売るつもりだから。
「……三万」
最低でも。
三万円。
できれば四万円。
俺はレンズを見る。
【現在価格:47,000円】
能力が正しければ。
市場では四万七千円前後。
なら。
買取は三万五千円から四万円くらいか?
「お待たせしました」
店員が戻ってくる。
「査定結果ですが」
「はい」
「こちら、少しホコリがあります」
「はい」
「外装にも使用感があります」
「…………はい」
嫌な予感。
「ただ、光学系は比較的きれいです」
「はい」
「人気モデルですので」
店員が紙を置く。
「当店でしたら――」
俺は息を止めた。
「三万八千円です」
「…………」
三万八千円。
購入。
一万二千円。
差額。
二万六千円。
「売ります」
即答。
「ありがとうございます」
初めてだった。
能力を使って。
本当に現金を増やした。
◇
店を出る。
スマホを見る。
口座。
増えている。
たった二万六千円。
大金じゃない。
でも。
俺にとっては違った。
「……できた」
五百円の時計は売らなかった。
ネクサリンク・バイオは含み損。
だから。
これが。
俺が能力を使って手にした、
最初の利益。
「二万六千円……」
思わず笑う。
もしこれを。
一回。
二回。
十回。
百回。
繰り返せたら?
「いける」
軍資金を増やせる。
しかも。
十年後を待つ必要はない。
今日。
明日。
今。
増やせる。
「よし」
俺は未来価格ノートを開いた。
新しいページ。
短期売却実績
購入価格:12,000円。
売却価格:38,000円。
利益:26,000円。
備考。
『初利益』
その文字を丸で囲む。
◇
翌週。
俺はまたリサイクルショップへ行った。
今度は少し余裕がある。
前回の利益。
手元の金。
合わせれば、もっと高い商品も見られる。
店内を回る。
一点。
二点。
三点。
五十点。
百点。
「……ない」
ない。
全然ない。
値札は八千八百円。
【現在価格:7,200円】
ダメ。
値札、二万四千円。
【現在価格:19,000円】
ダメ。
値札、五千五百円。
【現在価格:5,800円】
差が小さい。
「簡単じゃないな……」
前回は運が良かった。
数百点見ても。
本当に大きな価格差がある商品は、ほとんどない。
腕時計。
レンズ。
あれが異常だっただけ。
「まあ、そりゃそうだよな」
リサイクルショップだってプロだ。
普通は相場を調べて値段をつける。
安すぎる商品なんて、そうそうない。
俺はさらに店内を歩く。
カメラ。
時計。
ゲーム。
楽器。
オーディオ。
そして。
「……ん?」
古いカメラ。
販売価格。
32,800円。
【現在価格:61,000円】
【10年後の価格:410,000円】
「おお」
悪くない。
今売っても利益。
十年持っても大きく上がる。
「どっちにする……?」
迷う。
短期売却。
長期保有。
この能力は。
毎回そこを考えないといけない。
俺はカメラを手に取った。
「今回は……」
買う。
でも。
すぐには売らない。
少し寝かせる。
「長期二号だな」
未来価格ノートに記録。
◇
さらに別の棚。
古いレンズ。
販売価格。
18,000円。
【現在価格:21,000円】
【10年後の価格:0円】
「……これはいらない」
未来価格ゼロ。
壊れる?
価値がなくなる?
理由は分からない。
でも。
俺は買わない。
こんなふうに。
能力のおかげで。
避けるべき商品も見える。
「便利すぎるな」
そう思った瞬間。
スマホが震えた。
通知。
証券アプリ。
「…………」
嫌な予感。
ネクサリンク・バイオ。
現在株価。
41円。
「は?」
俺が買ったとき。
126円。
現在。
41円。
「三分の一じゃん」
含み損。
見る気になれない。
でも。
能力表示は。
【現在価格:41円】
【10年後の価格:18,740円】
変わらない。
「お前、どこまで下がる気だよ……」
掲示板。
『終わった』
『もう無理』
『10円台あるぞ』
『会社なくなるんじゃね?』
俺は頭を抱える。
未来価格だけ見れば。
今買い増したほうがいい。
41円。
もし本当に18,740円になるなら。
今はさらにお買い得。
でも。
「買えるか!」
無理。
怖すぎる。
未来が見えていても怖い。
人間の心は。
数字ほど簡単じゃない。
◇
その夜。
結衣が眠ったあと。
俺は例の絵を見る。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:300,000,000円】
【価格上昇理由:作者死亡】
【死亡予定日まで:3,642日】
「…………」
変わらない。
三億円。
まだ。
何も変えられていない。
でも。
俺は今日。
二万六千円を稼いだ。
小さい。
小さすぎる。
でも。
ゼロじゃない。
「積み上げるしかないな」
一円。
一万円。
十万円。
百万円。
そして。
もっと先へ。
娘の未来を変えるために。
◇
翌日。
俺はまた店へ向かった。
数百点。
見る。
見る。
見る。
そして。
オーディオコーナー。
古い大型アンプ。
販売価格。
98,000円。
「高っ」
普通なら。
そこで終わる。
でも。
俺には見える。
【現在価格:960,000円】
「…………」
目を疑った。
九万八千円。
今の価値。
九十六万円。
「十倍……?」
さらに。
【10年後の価格:2,400,000円】
俺はアンプを見る。
値札を見る。
もう一度数字を見る。
「……これ」
今までとは。
桁が違う。
ただ。
問題が一つ。
九万八千円。
俺の現在の軍資金。
ほぼ全部。
「…………」
俺はその場で止まった。
買うか。
やめるか。
能力を信じるなら。
答えは一つ。
でも。
俺の手は。
すぐには財布へ伸びなかった。




