第59話 同じ言葉
月曜日。
「…………」
昼休み。
会社の休憩室で、スマホに保存していた写真を見ていた。
一枚目。
ゼロ。
正確には。
大学で再現実験をしたときの記録。
【現在価格:186,000円】
【10年後の価格:算出不能】
【未来状態:未確定】
【関連対象:結衣】
【起動条件:――――】
「…………」
指を動かす。
次。
俺のノートを撮った写真。
観測範囲外。
接触予測。
残り、179日。
【関連対象:結衣】
【接触後の未来:未確定】
「…………」
同じだ。
関連対象。
結衣。
「何なんだよ」
小さく呟く。
ゼロのほうは、もう実験した。
ゼロだけを見る。
【関連対象:――――】
結衣が近くにいる。
【関連対象:――――】
俺が持つ。
【関連対象:――――】
美咲が持つ。
【関連対象:――――】
高城さんが持つ。
【関連対象:――――】
でも。
結衣が持つ。
【関連対象:結衣】
離す。
【関連対象:――――】
もう一度持つ。
【関連対象:結衣】
「…………」
再現した。
何度やっても。
結衣がゼロへ触れたときだけ。
そして。
もう一方。
179日。
観測範囲外にいる何かとの接触予測。
そこにも。
【関連対象:結衣】
「…………」
同じ言葉。
同じ名前。
でも。
「同じ意味とは限らない」
自分で言う。
高城さんなら、たぶんそう言う。
いや。
絶対言う。
「…………」
スマホを伏せた。
考えすぎるな。
同じ表示だからって。
同じ関係だとは限らない。
ゼロの所有者かもしれない。
ゼロから警告を受ける相手かもしれない。
ただ接触した人物を表示しているだけかもしれない。
179日のほうだって。
接触するのが結衣だとは書いていない。
関連対象。
それだけだ。
「…………」
そこまで考えて。
またスマホを手に取った。
「無理やな」
気になる。
◇
午後三時十二分。
スマホが震えた。
『高城です』
「…………」
仕事中です。
メッセージを開く。
『先日の記録を整理しました』
続けて。
『一点、確認したいことがあります』
「…………」
嫌な予感しかしない。
『関連対象、という表示です』
「やっぱり」
思わず声が出た。
周りを見る。
誰も気にしていない。
返信する。
『俺も今日見てました』
すぐ既読。
『ゼロと179日のやつですよね』
『はい』
「…………」
少し間が空く。
『今日、来られますか』
「…………」
行きたくない。
いや。
行くけど。
『仕事終わってからなら』
『お願いします』
短い。
いつもの高城さんだ。
「…………」
会社員なんだけどな、俺。
◇
午後六時四十七分。
大学。
「お疲れさまです」
「慎吾さんも。仕事のあとにすみません」
「いえ」
研究室へ入る。
今日は黒瀬さんはいない。
机の上には、紙が何枚か並べられていた。
「これです」
「早いですね」
「整理しただけです」
「それを早いって言うんです」
「座ってください」
「はい」
向かい合って座る。
「まず」
「はい」
「結論から言います」
「お願いします」
「分かりません」
「…………」
「帰っていいですか?」
「駄目です」
「ですよね」
高城さんが紙を一枚、俺の前へ置く。
ゼロ。
通常。
【関連対象:――――】
その下。
結衣が保持。
【関連対象:結衣】
さらに。
結衣が離す。
【関連対象:――――】
再接触。
【関連対象:結衣】
「ここまでは、再現できています」
「はい」
「結衣が近くにいるだけでは変化なし」
「はい」
「美咲さん、慎吾さん、私が保持しても変化なし」
「はい」
「少なくとも、あの条件では」
「結衣だけ」
「そうです」
高城さんが、もう一枚を横に置いた。
【観測範囲外対象との接触を予測】
【接触まで:179日】
【関連対象:結衣】
【接触後の未来:未確定】
「…………」
並べると。
余計に嫌だ。
「同じですね」
「文言は」
「出た」
「はい」
「高城さん」
「何ですか」
「今、俺が言おうとしたこと分かりました?」
「たぶん」
「言っていい?」
「駄目です」
「まだ言ってない」
「『じゃあ179日後、結衣が何かに触れるってことですか』でしょう?」
「…………」
「違います?」
「一字一句ほぼそれ」
「駄目です」
「先回りされた」
「能力は、そこまで表示していません」
「分かってます」
「本当に?」
「最近ちゃんと止まれるようになったでしょう」
「少しは」
「少し?」
「以前よりは」
「評価が渋いなあ」
高城さんが二枚の紙を指さす。
「確定しているのは、これだけです」
「はい」
「ゼロでは、結衣さんが触れたときだけ【関連対象:結衣】が再現した」
「はい」
「そして、観測範囲外対象との接触予測にも【関連対象:結衣】が表示されている」
「はい」
「それだけです」
「…………」
「ゼロの表示が『接触者』を意味するとは確定していません」
「はい」
「179日後に結衣さん自身が何かへ接触する、とも表示されていません」
「はい」
「二つが同じ事象を指しているとも――」
「確定してない」
「そうです」
「分かってますって」
「ならいいです」
「…………」
分かってる。
でも。
「二回とも結衣なんですよね」
「そうです」
そこだけは。
消えない。
「関連対象って言葉が二か所に出て」
「はい」
「どっちも結衣」
「はい」
「偶然ですか?」
「分かりません」
「ですよね」
高城さんが、もう一枚の紙を出した。
「なので、過去の表示も整理しました」
「結衣関係?」
「正確には、結衣さんの絵、ゼロ、観測範囲外に関連して確認された表示です」
「…………」
見る。
結衣が描いた絵。
【未観測要因:1】
別の記録。
【保護対象を検知】
【保護対象:2】
さらに。
【保護対象の一部が観測範囲外に存在します】
その後。
【観測範囲外:1】
【接触予測:算出可能】
そして。
【関連対象:結衣】
【接触後の未来:未確定】
「…………」
「並べると嫌ですね」
「嫌、ですか」
「怖いって言うと美咲に怒られそうだから」
「奥さんに?」
「悪いほうに決めつけるなって」
「正しいと思います」
「高城さんまで」
「現時点で、結衣さんに危険が迫っていると判断できる表示はありません」
「分かってます」
「本当に?」
「…………」
「慎吾さん」
「努力してます」
「ならいいです」
「厳しいなあ」
もう一度、紙を見る。
未観測要因。
保護対象。
観測範囲外。
接触予測。
関連対象。
「高城さん」
「はい」
「これ全部、つながってません?」
「可能性はあります」
「やっぱり」
「ただし」
「はい」
「一本の線だとは限りません」
「…………」
高城さんが紙を少し離した。
「たとえば、【保護対象:2】」
「はい」
「私たちは、つい人間が二人いると考えたくなる」
「二人って書いてない」
「そうです。二つなのか、二人なのか。それすら確定していません」
次。
「【観測範囲外:1】」
「はい」
「これも、保護対象の片方だと考えたくなる」
「でも書いてない」
「はい」
「未観測要因の一と同じかもしれない」
「それも、数字が同じだけです」
「…………」
そして。
二枚。
【関連対象:結衣】
【関連対象:結衣】
「これも同じ?」
「同じです」
「同じ言葉だから、同じ意味に見える」
「はい」
「でも」
「同じ意味だとは、まだ言えません」
「…………」
何か。
分かってきた気がする。
いや。
分からないことが。
「能力、紛らわしくない?」
「慎吾さんの能力ですよ」
「俺が作ったわけじゃないです」
「知っています」
「説明書ほしいなあ」
「私もほしいです」
「高城さんが言うと切実ですね」
「かなり」
◇
「じゃあ」
俺は二枚の紙を指さした。
「何を調べればいいです?」
「まずは、表示の追跡です」
「関連対象の?」
「はい」
「またゼロで実験する?」
「同じ実験を繰り返す必要は、今のところありません」
「もう再現してるから?」
「はい。それに」
高城さんが少し間を置く。
「結衣さんを、必要以上に実験へ参加させたくありません」
「…………」
「同感です」
「本人は研究だと思っていないでしょうけど」
「ゼロと遊んでるだけですね」
「だからこそです」
「はい」
そこは。
ちゃんと線を引く。
結衣を守るために研究しているのに。
結衣を研究材料にする。
それは違う。
「179日のほうは?」
「定期的に確認します」
「毎日?」
「必要ありません」
「でも減り方、一定じゃないですよ」
「だからこそ、です」
「…………」
「毎日見れば、慎吾さんが数字に引っ張られる可能性があります」
「俺?」
「はい」
「そこまで?」
「あります」
「即答」
「実績です」
「美咲もそれ言うんですよ」
「正しいんでしょうね」
「俺、信用ないなあ」
「信用とは別です」
高城さんがノートへ何か書く。
「観測回数を増やすことが、必ずしも情報を増やすとは限りません」
「前にもありましたね」
「はい」
「見すぎない」
「それも観測条件の一つとして考えます」
「…………」
昔の俺なら。
毎日。
朝も夜も。
179日を見る。
一日減った。
減らなかった。
三日減った。
何で。
何が変わった。
何をした。
全部。
追いかけていたと思う。
「じゃあ、次に表示が変わったら連絡します」
「お願いします」
「ゼロも?」
「はい。ただし、無理に変化させようとしないでください」
「分かってます」
「深掘りも」
「しません」
「本当に?」
「…………」
「慎吾さん」
「努力します」
「してください」
「信用ないなあ」
◇
「そういえば」
高城さんがノートを閉じかけて、止まった。
「何です?」
「週末、能力を使いました?」
「…………」
「その間は何ですか」
「何で?」
「何となくです」
「怖っ」
「使ったんですね」
「使いました」
「何に?」
「業務用映像変換ユニット」
「…………」
「その顔何?」
「何ですか、それ」
「俺もよく分かってません」
「なぜ見たんです?」
「二万九千八百円だったから」
「理由になっていません」
「三年後、十六万八千円です」
「…………」
「買いました」
「そうですか」
「もっと驚いてよ」
「今はそちらを研究していません」
「冷たいなあ」
「頭痛は?」
「なし」
「視界の違和感」
「途中価格を出そうとしたとき、少し重くなりました」
高城さんの手が止まる。
「途中価格?」
「二年、三年、五年」
「出たんですか」
「はい」
「銀色の機械と同じですね」
「そう。それで思ったんです」
「何を?」
「十年待たなくても金増やせるなって」
「…………」
「何その顔」
「慎吾さんらしいと思っただけです」
「褒めてる?」
「判断は任せます」
「便利だな、それ」
高城さんがメモを取る。
「ただ」
「はい」
「そのときの負荷も記録してください」
「ちょっと視界が重くなっただけですよ?」
「それもです」
「はい」
「価格を見ることと、観測範囲外に関係する表示を見ること」
高城さんが二つの紙を離す。
「同じ能力から出ていても、負荷や仕組みまで同じとは限りません」
「また、同じとは限らない」
「はい」
「今日そればっかりですね」
「大事なので」
「…………」
同じ数字。
同じ言葉。
同じ能力。
同じだから。
同じもの。
とは限らない。
「研究者って疑う仕事ですか?」
「確認する仕事です」
「似てるなあ」
「違います」
「即答」
◇
午後七時三十八分。
帰る前。
「高城さん」
「はい」
「結局、今日何が分かったんです?」
「ゼロの【関連対象:結衣】は、現在確認している条件では、結衣さんが触れたときに再現する」
「はい」
「観測範囲外対象との接触予測にも、同じ【関連対象:結衣】が表示されている」
「はい」
「同じ意味かは分からない」
「はい」
「結衣さんへの危険を示す根拠はない」
「はい」
「無関係と判断する根拠もない」
「…………」
そこか。
「だから」
高城さんが二枚の紙を重ねず。
少しだけ離して並べた。
「研究対象にします」
「何を?」
「【関連対象:結衣】という表示そのものを」
「…………」
「意味は決めません」
「はい」
「接触者とも決めない」
「はい」
「保護対象とも」
「はい」
「警告を受ける人物とも」
「はい」
「元の接触予測にある観測範囲外対象そのものとも決めない」
「はい」
「ただ」
高城さんが二枚を見る。
「同じ表示が、二つの異なる条件で確認されている」
「はい」
「その事実だけを残します」
「…………」
それでいい。
今は。
「分かりました」
「慎吾さん」
「はい」
「家に帰ってから、勝手に意味を決めないでくださいね」
「俺を何だと思ってるんですか」
「結衣さんのことになると、悪い可能性を先に拾う人です」
「…………」
「違いますか?」
「否定できないのが腹立つ」
「では今日は帰ってください」
「言われなくても帰ります」
「寄り道せず」
「美咲ですか?」
「何がです?」
「高城さんの中に美咲入ってません?」
「意味が分かりません」
「俺も言ってから分からなくなりました」
「お疲れさまでした」
「追い出された」
◇
午後八時十二分。
「ただいま」
「おかえりー!」
結衣が走ってくる。
「走らない!」
「はーい!」
止まる。
「パパ!」
「はい」
「モモ!」
「いますね」
結衣の腕にはモモ。
足元にはゼロ。
「ゼロも!」
「いますね」
「きょうね!」
「うん」
「モモ、ゼロのれた!」
「ほんと?」
「うん!」
「何秒?」
「いっぱい!」
「怪しいなあ」
「ほんと!」
結衣がゼロの上にモモを乗せる。
「みて!」
「はい」
ゼロが動く。
一秒。
二秒。
三秒。
「お」
四秒。
ゴト。
モモが落ちた。
「…………」
「いっぱい?」
「いっぱい!」
「四秒です」
「いっぱい!」
「四歳児の四秒は長いんかな」
「慎吾」
「はい」
美咲がキッチンから顔を出す。
「ご飯」
「はい」
「大学どうやった?」
「分からんことが分かりました」
「何それ」
「俺もそう思った」
「あとで聞く」
「うん」
靴を脱ぐ。
「パパ!」
「はい」
「もういっかい!」
「何を?」
「モモ!」
「はいはい」
結衣がモモをゼロへ乗せる。
「…………」
一瞬。
頭に浮かぶ。
結衣がゼロに触れれば。
【関連対象:結衣】
「…………」
でも。
見ない。
今は。
「パパ、みて!」
「見てるよ」
「いくよ!」
「どうぞ」
ゼロが動き出す。
結衣が笑う。
美咲が夕飯を並べている。
それでいい。
今は。
◇
夜。
結衣が寝たあと。
ノートを開いた。
ゼロ。
『結衣保持/接触時のみ再現』
その下。
【関連対象:結衣】
少し空ける。
観測範囲外。
接触まで、179日。
【関連対象:結衣】
「…………」
二つを。
線では結ばない。
前なら。
たぶん結んでいた。
『結衣が接触?』
『危険?』
『ゼロが警告?』
思いついたものを全部書いて。
その中で一番怖いものを。
答えみたいに見ていた。
「…………」
ペンを持つ。
二つの表示の横。
同じ言葉を書く。
『意味未確定』
「…………」
分からない。
だから。
分からないまま残す。
何も考えないわけじゃない。
何もしないわけでもない。
ただ。
答えがないところに。
勝手に答えを置かない。
二度出た。
同じ言葉。
同じ名前。
それだけは。
忘れない。




