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『俺だけ「10年後の値段」が見える。~未来価格で億万長者になるはずが、娘の絵に3億円の値札がついていた~』  作者: かばっち


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第57話 減っただけ


 五日後。


 金曜日。



「…………」



 昼休み。


 会社の休憩室で、俺はスマホを見ていた。


 別に高城から連絡が来たわけじゃない。


 黒瀬でもない。


 HOSHIMIについて新しい情報が出たわけでもない。


 画面に表示されているのは、株価。



「久しぶりやな」



 ネクサリンク・バイオ。


 俺が小遣い十万円から始めた、最初の株だ。



「…………」



 思えば。


 俺の能力って、最初はもっと単純だった。


 物を見る。


 値段が出る。



【現在価格】


【10年後の価格】



 それだけ。


 缶コーヒーを見て。


 株を見て。


 腕時計を見て。


 今より高くなる。


 安くなる。


 それだけで一喜一憂していた。



「懐かしいな」



 まだそんなに昔のことじゃない。


 なのに、ずいぶん前みたいに感じる。


 最近は値段以外のものばかり見ているからだろう。



「神崎さん」



「はい?」



 顔を上げる。


 同僚がこっちを見ていた。



「何見てるんです?」



「株です」



「また?」



「またって何ですか」



「前も見てたじゃないですか」



「投資家なんで」



「神崎さんが?」



「その顔やめてもらえます?」



「儲かってるんです?」



「…………」



 答えに困る。



「十年後なら」



「はい?」



「何でもないです」



「怪しいなあ」



「健全な会社員です」



「自分で言うと怪しくなるんですよ」



「仕事戻ります」



「逃げた」



 スマホを閉じる。


 ネクサリンク・バイオ。


 十年後の価格は、今でも頭に入っている。



 18,740円。



 でも、十年後は今日じゃない。


 当たり前だ。


 未来が見えるからって、そこまでの時間がなくなるわけじゃない。


 そんなことを考えながら、俺は席を立った。



     ◇



「ただいま」



「パパ!」



「はい」



「みて!」



「何を?」



「ゼロ!」



「また?」



「みて!」



 結衣がゼロを両手で持ち上げる。


 側面には、動物園で貼った象のシール。



「象さん、まだ無事ですね」



「うん!」



「よかったね」



「パオーン!」



「それ結衣やろ」



「ゼロ!」



「ゼロ、象になったん?」



「パオーン!」



「結衣やん」



「ゼロ!」



「はいはい」



 結衣が満足そうにリビングへ戻っていく。


 その腕の中のゼロを見る。



「…………」



 今日はゼロじゃない。



「慎吾」



「ん?」



 美咲がキッチンから顔を出した。



「今日やろ?」



「覚えてた?」



「覚えとるよ」



 今日は、接触予測を改めて確認すると決めていた日。


 日曜日から五日。


 あの日は未来を追わず、家族で普通に過ごした。


 公園へ行って、どんぐりを拾って、ハンバーグを食べて。


 そして今日。



「夕飯のあとでいい?」



「もちろん」



「結衣が寝てからにしたら?」



「そうする?」



「急ぐことじゃないんやろ?」



「うん」



「じゃあ、それでいいやん」



「そうですね」



 リビングから声が飛んでくる。



「パパー!」



「はい!」



「ゼロ、ぶつかった!」



「いつものことです!」



「いたいって!」



「結衣にしか聞こえないやつ?」



「うん!」



「じゃあ慰めといて!」



「わかったー!」



 美咲が笑う。



「平和やね」



「うん」



 今日は余計なことを言わなかった。



     ◇



 夕飯を食べて。


 風呂に入って。


 歯磨きをして。


 絵本を一冊。



「もういっこ!」



「今日は一冊です」



「もういっこ!」



「昨日も二冊読んだよね?」



「きょうも!」



「その理屈だと毎日増えていかん?」



「ゼロもよみたいって!」



「またゼロ使う」



「よみたい!」



「ゼロ、便利やなあ」



 結局。



「これで最後ね」



「やった!」



 二冊読んだ。



「…………」



 弱い。


 四十一歳。


 四歳児に弱い。



「パパ、おやすみ!」



「おやすみ」



「ゼロも!」



「おやすみ、ゼロ」



「ママも!」



「ママにも言います」



 美咲が隣で笑う。



「おやすみ、結衣」



「おやすみ!」



 電気を消す。


 ドアを少しだけ開けて、二人で廊下へ出た。



「寝た?」



「まだやろ」



「ですよね」



 小声で話しながらリビングへ戻る。


 俺はソファに座った。


 美咲も隣へ。


 テーブルにノートを置く。


 記録してある最後の数字を確認した。



【観測範囲外対象との接触を予測】


【接触まで:186日】


【関連対象:結衣】


【接触後の未来:未確定】



「記録は百八十六日やろ?」



「うん」



「日曜日から今日まで五日」



「うん」



「普通に減るなら、百八十一?」



「そうなるね」



「普通に減るなら?」



「いや。何となく」



 自分でも、何を引っかかっているのか分からない。


 ただ。


 最近、未来に関しては『普通なら』があまり信用できない。



「高城さんには?」



「変化があったら連絡する」



「なかったら?」



「それも記録として送る」



「研究者やねえ」



「高城さんだからね」



 ノートの横にペンを置く。


 一度、息を吐いた。



「慎吾」



「ん?」



「無理せんでね」



「分かってる」



「深く見ない」



「はい」



「もう一回もなし」



「まだ何もしてないんですけど」



「先に言っとく」



「信用が戻らない」



「前よりはある」



「微妙」



 美咲が笑う。


 俺も少し笑ってから、意識を向けた。



【接触予測を再確認します】



「出た」



「うん」



 表示が続く。



【観測範囲外対象との接触を予測】



 ここは同じ。


 そして。



【接触まで:179日】



「…………」



「慎吾?」



「ちょっと待って」



「何?」



 見間違いじゃない。



【接触まで:179日】



「百七十九」



「え?」



「百七十九日」



「…………」



 美咲がテーブルのノートを見る。



「前、百八十六よね?」



「うん」



「日曜日から今日まで五日?」



「うん」



「じゃあ……」



「七日減ってる」



「…………」



 俺たちは顔を見合わせた。



「二日多い?」



「多い」



「何で?」



「分からん」



 次の表示。



【関連対象:結衣】



「ここは同じ」



 そして。



【接触後の未来:未確定】



「…………」



 待つ。


 それ以上は出ない。



「終わり?」



「うん」



「他は?」



「変わってない」



「じゃあ……」



 美咲がもう一度ノートを見る。



「日数だけ?」



「うん」



「減っただけ?」



「…………」



 そうだ。


 減っただけ。


 ただ。



「五日で七日」



「そこやね」



「うん」



 ペンを取る。


 前回。



 186日。



 今回。



 179日。



 現実経過。



 5日。



 表示上の減少。



 7日。



「…………」



 数字にすると、余計に変だ。



「慎吾」



「ん?」



「もう一回見る?」



「…………」



 少し前なら。


 たぶん見た。


 見間違いじゃないか確認して。


 もう一度見て。


 それでも同じなら、もっと深く見ようとした。



「見ない」



「ほんと?」



「うん」



「何で?」



「今見ても、五日が七日になった理由まで出るとは限らんから」



「…………」



「何?」



「成長したね」



「もっと褒めて」



「普通」



「そこは変わらんのね」



 スマホを取る。


 高城へメッセージを送った。



『接触予測を再確認しました』



 続ける。



『前回186日』


『今回179日』


『現実の経過は5日です』


『その他の表示に変化はありません』



 送信。



「電話せんの?」



「まず待つ」



「へえ」



「何、その反応」



「いや」



「褒めていいよ?」



「普通」



「二回目」



 スマホをテーブルへ置いた。


 少しして。



 ブッ。



「来た」



「高城さん?」



「うん」



 メッセージを開く。



『確認しました』



「それだけ?」



「まだある」



 二通目。



『再観測はしないでください』



「…………」



 美咲を見る。



「何て?」



「先回りされた」



「何を?」



「もう一回見るなって」



「高城さん、慎吾のこと分かってきたね」



「嬉しくない」



 三通目が来た。



『現時点で確認できるのは、5日の経過に対して表示上は7日減少したという事実だけです』



「…………」



「何?」



「高城さんらしい」



「続きは?」



 四通目。



『接触予定が2日早まった、と断定することはできません』



「やっぱり」



「何で?」



「そもそも、この日数が現実の日数と同じように減るものなのか、それすら分かってないから」



「じゃあ百七十九日って何?」



「…………」



 答えられない。



「分からん」



「高城さんは?」



「たぶん」



 ちょうどメッセージが来た。



『今後、現実の経過日数と表示の変化を分けて記録しましょう』



「…………」



「何て?」



「宿題増えた」



「何の?」



「未来の」



「大変やね」



「他人事やなあ」



「私、見えんもん」



「そうでした」



 俺はノートへ新しく二つの欄を作った。



 現実経過日数。



 表示変動日数。



 その下に。



 5日。



 7日。



「…………」



 変な記録だ。



     ◇



 しばらくして。


 美咲は洗濯物を片づけに行った。


 俺は一人、ノートを眺めていた。



 186。



 179。



 引けば七。


 でも、現実に経ったのは五日。



「…………」



 五日で七日。


 毎日一日ずつ減ったわけじゃない。


 それだけは分かる。


 じゃあ、どう減った?



「…………」



 考えかけて、やめた。


 高城が言った。


 今分かっているのは、一つだけ。



 五日経った。



 七日減った。



 それだけ。



「減っただけか」



 ノートを閉じる。



「慎吾ー」



「はい」



「洗濯物手伝ってー」



「はい」



 立ち上がったところで。



「パパー!」



 寝室から声。



「はい?」



「おみずー!」



「まだ起きてるやん」



「おみずー!」



 美咲が廊下から顔を出す。



「先に結衣お願い」



「了解」



「洗濯物は逃げんから」



「それは確定してる?」



「何が?」



「何でもないです」



 コップに水を入れる。


 寝室へ向かいながら、さっき閉じたノートを見る。



 百七十九日。



 数字は減った。



 でも。



 俺たちはまだ、その減り方すら知らない。

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