第53話 三日目
水曜日。
何もなかった。
木曜日。
何もなかった。
そして、金曜日。
「…………」
何もない。
「ほんとに何もないな」
昼休み。
会社の休憩室で、俺はスマホをテーブルへ置いた。
三日。
待った。
正確には、まだ三日目の昼だけど。
高城から連絡はない。黒瀬からも、大学からも。
HOSHIMIについて新しい情報が出たわけでもなければ、結衣の未来に何か変化があったわけでもない。
「…………」
いや。
変わったかどうかは、見ていない。
それでいい。
俺は三日待つと決めたんだから、待つ。
「意外とできるな、俺」
少し成長した気がする。
数か月前の俺なら、一日目に確認して、二日目に深掘り。
三日目には。
「頭痛」
最悪やん。
自分で言って、自分で嫌になる。
スマホを見る。
十二時四十七分。
「あと半日か」
三日待てば何かが起きる。
そんな約束をされたわけじゃない。
未来は俺の都合に合わせて、イベントを起こしてくれるわけでもない。
分かっている。
それでも。
「長いな」
四歳児じゃなくても、三日は意外と長かった。
◇
午後三時十二分。
仕事中、ポケットのスマホが震えた。
一回。
止まる。
また震える。
休憩のタイミングで確認する。
「…………」
高城。
「来た」
メッセージを開く。
『慎吾さん、少し気になることがあります』
「…………」
三日目に、それ送ってくる?
電話しようとして、止まる。
「いや」
二通来てるやん。
まず読め、俺。
二通目を開く。
『以前、ゼロを確認したときの記録を見直していました』
「ゼロ?」
予想していなかった。
HOSHIMIか、結衣の絵か、観測範囲外か。
もしくは百八十六日。
そのどれかだと思っていた。
ゼロ。
八百円で買った古い小型ロボット。結衣が名前をつけて、高城が修理した。
壁にぶつかりながら家の中を歩き、今では動物園で貼った象のシールまでついている。
あいつ?
『何かありました?』
送る。
既読。
少し待つ。
『まだ、何かあったとは言えません』
「高城さんらしいな」
断定しない。
最近、俺も少しだけ慣れてきた。
『これまでの記録を整理していて、最後にゼロを確認してから時間が経っていることに気づきました』
『それだけ?』
『それだけ、と言えばそれだけです』
「…………」
何だ、その返し。
高城にしては珍しい。
『ただ、ゼロには以前、個人警告端末との関連が表示されています』
そこか。
俺も忘れていたわけじゃない。
ただ、最近はそれ以上に気になるものが増えすぎた。
HOSHIMI。
観測範囲外。
百八十六日。
未来に関する情報が増えるほど、ゼロはいつの間にか、家の中を歩き回るいつものロボットに戻っていた。
『だから一度、現在の状態を確認しておきたいです』
『何か変わってると思います?』
『分かりません』
「ですよね」
思わず口に出た。
分からないから確認する。
高城ならそう言う。
『今日行きましょうか?』
送る。
返事はすぐだった。
『今日でなくても大丈夫です』
「え?」
思わず声が出た。
周りを見る。
誰も気にしていない。
もう一度スマホを見る。
『急いで確認する必要があるものではありません』
『明日でも?』
『問題ありません』
「…………」
変な感じだ。
俺は今すぐ行きたい。
ゼロの表示が変わっているのか知りたい。
未来と関係しているのか。
結衣と関係しているのか。
百八十六日と関係しているのか。
聞きたい。
見たい。
調べたい。
「…………」
でも。
三日、待てた。
だったら、あと一日くらい。
『じゃあ明日行きます』
送る。
少しして。
『分かりました』
それだけ。
「…………」
すごく普通のやり取りなのに、妙に達成感がある。
「俺、成長したな」
「神崎さん?」
「はい?」
後ろから声をかけられた。
同僚だ。
「何かいいことあったんです?」
「いや」
「ニヤニヤしてましたよ」
「してないです」
「してました」
「…………」
四十一歳。
スマホを見ながら、一人で成長を実感。
「怖いな」
「何がです?」
「何でもないです」
仕事へ戻った。
◇
「ただいまー」
「パパ!」
「はい」
「みて!」
「何を?」
「ゼロ!」
「…………」
タイミング。
玄関まで走ってきた結衣の腕の中には、ゼロ。
側面には、動物園で貼った象のシールがまだ残っている。
「ぞうさん!」
「まだ取れてないね」
「うん!」
「よかったね」
「きょうもあるいた!」
「ゼロが?」
「うん!」
「どれくらい?」
「いっぱい!」
「何歩?」
「…………」
結衣がゼロを見る。
「ゼロ」
「聞いても答えません」
「いっぱい!」
「自己申告になった」
リビングへ入ると、美咲が夕飯の準備をしていた。
「おかえり」
「ただいま」
「慎吾」
「ん?」
「高城さんから何か来た?」
「何で分かった?」
「顔」
「また?」
「分かりやすすぎ」
「何て顔?」
「高城さんから何か来た顔」
「ピンポイントすぎん?」
美咲が笑う。
「で?」
「ゼロ」
「え?」
「明日、もう一回見せてほしいって」
美咲の手が止まった。
「何かあったん?」
「いや。前に確認してから時間が経ってるから、今の状態を見ておきたいって」
「それだけ?」
「今のところは」
「じゃあ明日?」
「うん」
「今日行かんでいいん?」
「高城さんが明日でいいって」
「慎吾も?」
「…………」
「何、その間」
「行きたい気持ちはあります」
「やっぱり」
「でも明日にした」
美咲が少しだけ驚いた顔で俺を見る。
「えらいやん」
「もっと褒めて」
「普通」
「落とすの早くない?」
「三日待つって決めたんやろ?」
「はい」
「なら待てばいいやん」
「簡単に言うなあ」
「だって今ここにゼロおるし」
「まあね」
結衣がゼロを床へ置く。
ゼロはいつものように歩き始めた。
「動いとるし」
ゴン。
椅子の脚にぶつかる。
一度止まって、方向を変え、また歩き始めた。
「元気やし」
「今の見て元気って言える?」
「いつも通りやろ」
「確かに」
「ゼロつよい!」
「壁には負けてたけどね」
「まけてない!」
「じゃあ引き分け?」
「ゼロかった!」
「壁、何もしてないけどな」
結衣が笑いながらゼロを追いかける。
いつも通り。
本当に、いつも通りだ。
だから今日は、それでいい。
そう思った。
◇
夕飯を食べて、風呂に入って。
あとは結衣の歯磨き。
「いや!」
「磨きます」
「きょうした!」
「朝ね」
「した!」
「夜もします」
「ゼロしてない!」
「ゼロには歯がありません」
「ずるい!」
「そこ羨ましがる?」
何とか歯を磨いて、絵本を一冊。
そろそろ寝る時間。
「ゼロも!」
「一緒に寝るの?」
「うん!」
「じゃあ先に布団入っとき。パパがゼロ連れてくるから」
「はーい!」
今日は素直だ。
毎日こうなら助かる。
結衣が寝室へ向かう。
美咲も後ろからついていった。
リビングには俺とゼロ。
ゼロはテーブルの近くを、いつもの速度で歩いている。
ゴン。
また椅子の脚にぶつかった。
「好きやね、そこ」
しゃがんで、ゼロを持ち上げる。
明日、高城に見せる。
そう思っただけだった。
【観測対象を検知】
「…………」
表示が出た。
俺は手の中のゼロを見る。
【現在価格:186,000円】
【10年後の価格:算出不能】
【未来状態:未確定】
「…………」
ここまでは前と同じ。
「慎吾?」
寝室から戻ってきた美咲が、俺を見た。
「出た?」
「うん」
「何て?」
「今のところ、前と同じ」
「今のところ?」
「うん」
表示がまだ消えない。
【関連情報を検知】
「…………」
「増えた?」
「増えた」
美咲が俺の横へ来る。
「何?」
次の表示。
【関連対象:――――】
「関連対象」
「誰?」
「まだ読めん」
「…………」
意識すれば、たぶんもう少し見える。
ほんの少し。
深く見れば。
「慎吾」
「うん」
「明日、高城さんと見るんやろ?」
「…………」
「じゃあ今日はそこまで」
そうだ。
ここで止める。
俺はそう決めた。
「分かった」
ゼロから目を離す。
「パパー!」
寝室から結衣の声。
「ゼロまだー?」
「今行きまーす」
俺はゼロを抱えて寝室へ向かった。
「おまたせ」
「ゼロ!」
布団の中から結衣が両手を伸ばす。
その手にゼロを渡した。
「おやすみ」
「パパ」
「ん?」
「あしたもゼロいっしょ?」
「うん」
「おじちゃん?」
「高城さんのところね」
「ゼロなおす?」
「今回は壊れてないよ」
「じゃあなにする?」
「見てもらう」
「みていいよ!」
「結衣の許可いるん?」
「いる!」
「そうですか」
「パパもみていいよ!」
「…………」
結衣がゼロを抱える。
俺は何気なく、その二人を見た。
【関連対象:――――】
「…………」
俺がまたゼロを見たから、さっきの表示が戻った。
ただ、今は違う。
ゼロを抱いている結衣まで、同じ視界に入っている。
欠けていた文字が揺れた。
【関連対象:結衣】
「…………」
「パパ?」
「ん?」
「どうしたの?」
「何でもないよ」
「みた?」
「うん」
「ゼロ?」
「うん」
「かわいい?」
「かわいいね」
「ぞうさんも?」
「象さんも」
結衣が満足そうに笑った。
「おやすみ!」
「おやすみ」
電気を消し、ドアを少しだけ開けて廊下へ出る。
【関連対象:結衣】
頭の中に、さっきの表示が残っている。
ゼロはずっと前から結衣の物だ。
一緒に遊んで、一緒に出かけて。
名前をつけたのも結衣。
だったら、関連していること自体は何もおかしくない。
でも。
なぜ。
今になって。
【関連対象:結衣】
そんな表示が追加された?
明日。
高城に確認する。




