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『俺だけ「10年後の値段」が見える。~未来価格で億万長者になるはずが、娘の絵に3億円の値札がついていた~』  作者: かばっち


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第38話 未来を話す

「俺、物の未来が見えるんです」


「…………」


 高城さんは何も言わなかった。


「正確には、未来の値段が見えます」


「…………」


 まだ何も言わない。


「高城さん?」


「はい」


「何か言ってください」


「今、考えています」


「何を?」


「どこから確認するべきか」


「…………」


「え?」


 高城さんは腕を組んだ。


「慎吾さん。それは比喩ですか?」


「比喩?」


「例えば、投資経験や知識から将来価値を予測できる、という意味ではなく?」


「違います」


「AIによる価格予測?」


「違います」


「何らかのデータベースを使っている?」


「使ってません」


「では、本当に未来の価格が見える?」


「はい」


「どのように?」


「どのようにって……」


「視覚ですか?」


「まあ、そうです」


「文字?」


「文字です」


「常に?」


「いや。見ようと思ったとき」


「対象は?」


「基本は物です」


「人間は?」


「値段は出ません」


「基本は、ということは例外がある?」


「たまに価格以外の表示が出ます」


「どんな?」


「高城さん」


「はい」


「ちょっと待って」


「何です?」


「信じるんですか?」


「まだ信じていません」


「ですよね」


「だから確認しています」


「…………」


 やっぱり、話す相手を間違えたかもしれない。


 普通ならまず。


『何言ってるんですか?』


 じゃないのか。


 この人の場合。


『仕様を教えてください』


 から入ってくる。



     ◇



「じゃあ、試しましょう」


 高城さんが机の上のボールペンを一本取った。


「もう?」


「確認できるんですよね?」


「まあ」


「なら、確認したほうが早い」


「切り替え早すぎん?」


「慎吾さん」


「はい」


「仮にあなたの話が本当なら、かなり珍しい現象です」


「やっぱり言うんじゃなかった」


「安心してください」


「何を?」


「解剖はしません」


「候補にあったん?」


「冗談です」


「顔が冗談じゃないんよ」


 高城さんが少し笑った。


「まずは簡単な確認だけしましょう」


「これ?」


「はい。普段、一番自然に見えるのは十年後なんですよね?」


「そうです」


「十年後以外は?」


「出たことはあります」


「自由に指定できます?」


「そこは、ちゃんと分かってません」


「例えば?」


「二年後とか三年後、五年後とか。途中の年が出たこともあります」


「必ず?」


「いや」


「…………」


「またその顔」


「慎吾さん」


「はい」


「自分の能力、かなり検証不足ですね」


「忙しかったんですよ」


「普通、気になりません?」


「娘の未来でそれどころじゃなかったんですよ!」


「…………」


 高城さんの手が止まった。


「あ」


 言った。


 もっと順番を考えるつもりだったのに。


「今……」


「はい」


「娘さんの未来、と言いました?」


「…………」


「言いました」


 高城さんはボールペンを机へ戻した。


 さっきまでの研究者っぽい好奇心が消える。


「それが、この話をした理由ですか?」


「はい」


「分かりました」


「何が?」


「能力の確認は後にします」


「え?」


「先にそっちを話してください」


 さっきまで俺の能力を調べる気満々だった人とは思えない切り替えだ。


「結衣ちゃんに、何が起きるんですか?」


「…………」


 俺は一度、実験場を見た。


 道路。


 信号。


 横断歩道。


 まだ小さな研究にすぎないHOSHIMI。


 全部。


 結衣みたいな子供を守るために作ろうとしている。


「最初に分かったのは」


「はい」


「十年後には、結衣が亡くなっている未来があるってことです」


「…………」


 口にするたび、嫌な言葉だ。


 それでも。


 今は前より少しだけ言える。


 未来は一つじゃないと分かったからかもしれない。


「どうやって分かったんです?」


「結衣が描いた絵です」


「絵?」


「家族三人の」


「それに価格が?」


「はい」


 思い出す。


 最初に見た数字。



【現在価格:0円】


【10年後の価格:300,000,000円】


【価格上昇理由:作者死亡】



「最初は三億円でした」


「…………」


「作者死亡って表示された」


「作者は?」


「結衣です」


「…………」


 高城さんは何も言わなかった。


「死亡予定日までの日数も出ました」


「どれくらい?」


「最初は三千六百五十二日」


「約十年……」


「はい」


「現在は?」


「正確には分かりません」


「なぜ?」


「途中から表示が欠けるようになったからです」


「…………」


「だから」


 一度、言葉を区切る。


「今、結衣がいつ亡くなるのかは、俺にも分かりません」


「なるほど」


「あと」


「はい」


「絵の価格も動いてます」


「どのように?」


「三億円から二億九千四百万円。そのあと二億九千三百六十万円」


「下がった?」


「はい」


「何かしたあとに?」


「そうです」


「では、未来価格は固定ではない」


「そこは確認できてます」


 高城さんの目が変わる。


「選択によって未来が変わる?」


「少なくとも、そう見えることは何度もありました」


「…………」


「ボールペンを捨てると決めたら、十年後の価格が消えたこともあります。やっぱり使うと決めたら戻った」


「実際に捨てる前に?」


「はい」


「意思だけで?」


「そのときは」


「…………」


 また考え始めた。


「高城さん」


「はい」


「まだ本題途中です」


「すみません。続けてください」


 研究者を話の途中で止めるの、意外と大変だな。



     ◇



「そのあと、結衣の未来に関係する表示が増えました」


「価格以外の?」


「はい」


「例えば?」


「関連企業。関連人物。関連事象。未来影響度。未来改変率」


「…………」


「最近は、HOSHIMIの安全性や重大事故発生率まで」


「待ってください」


「はい」


「HOSHIMI?」


「そうです」


 俺はスマホを取り出した。


 高城さんから送られてきた資料。



『Project HOSHIMI(仮称)』



「俺、高城さんがこの名前をつける前から」


 一拍。


「星見事故って言葉を知ってました」


「…………」


 高城さんの顔が止まった。


「いつ?」


「もっと前です」


「どこで?」


「能力の表示です」


「どういう表示?」


「結衣の未来に関係する物から」


 思い出す。


 最初は文字が欠けていた。


 それが少しずつ。


 形を見せた。



【関連事象:星見事故】



「関連事象として出た」


「…………」


「最初は俺も地名か施設名だと思ってました」


「でも」


「HOSHIMIって名前がついた」


「……はい」


「黒瀬――」


 口から出そうになって止める。


「何です?」


「いや」


 まだ。


 黒瀬さんのことを勝手に全部話すのは違う。


「未来の情報でも、HOSHIMIと星見事故が強く関係しているものがあります」


「誰から?」


「それは今は言えません」


「なぜ?」


「俺の秘密じゃないからです」


「…………」


「もう一人」


 一度迷ってから続ける。


「未来に関する情報を持ってる人がいます」


「慎吾さん以外に?」


「はい」


「同じ能力?」


「違います」


「どのように?」


「そこも本人に確認してから」


 高城さんはしばらく俺を見た。


 でも。


「分かりました」


「聞かないんです?」


「本人の同意がないなら」


「研究者なのに」


「研究倫理はあります」


「失礼しました」


「ただし」


「はい」


「いつか話せるなら、ぜひお願いしたいです」


「やっぱり研究者だ」


「そこは当然です」


 少しだけ笑う。


 でも、すぐに空気が戻る。



     ◇



「星見事故は」


 俺は続けた。


「最初に時期を確認してから、累計で三百三十七日後ろへ動いています」


「発生日が?」


「正確な日付は分かりません。でも、事故の予定時期が後方へ動いた表示は出ました」


「それは良い変化だと?」


「最初は思いました」


「今は?」


「……分かりません」


 高城さんが少しだけ頷いた。


「なぜです?」


「事故が後ろへ動いたからって、結衣がその分長く生きるとは表示されてないから」


「別の情報なんですね」


「はい」


「では」


 一拍。


「星見事故が結衣ちゃんの直接の死因だという表示は?」


「…………」


 言葉に詰まる。


「ないです」


「関連事象と出ただけ?」


「だけって言うと軽いですけど」


「軽く扱っているわけではありません」


「分かってます」


「事故と結衣ちゃんに関連がある」


「はい」


「そこは表示された事実」


「うん」


「でも」


 高城さんが言う。


「事故そのものが結衣ちゃんを死亡させる、とはまだ表示されていない」


「…………」


「そうですね」


 言われてみれば。


 俺の中ではいつの間にか。


 星見事故。


 結衣の死。


 HOSHIMI。


 全部が一本の線になっていた。


「慎吾さん」


「はい」


「ここ、一度分けませんか」


「何を?」


「能力が実際に表示したことと」


 一拍。


「慎吾さんが、そこから考えたことです」


「…………」


「例えば」


 高城さんが指を一本立てる。


「【関連事象:星見事故】」


「はい」


「これは能力が表示した」


「事実です」


「でも『星見事故が結衣ちゃんの直接の死亡原因』は?」


「俺の考え」


「そうです」


 もう一本。


「未来改変率が上がった」


「表示された」


「それが良い未来になった割合?」


「…………」


「そこまでは書いてない」


「ですよね」


「でも名前が未来改変率ですよ?」


「だからこそ、何を基準に改変した割合なのかが必要です」


「…………」


「HOSHIMI安全性も同じです」


「はい」


「六十八・四%だから、結衣ちゃんが六十八・四%助かる?」


「違う」


「重大事故発生率十・七%だから、星見事故が十・七%で起きる?」


「それも分からない」


「分岐候補数は?」


「千百九十六」


「生存結果を含む分岐は?」


「三十四」


「それは結衣ちゃんが生きる未来が三十四本?」


「…………」


 昨日までなら。


 そう答えていたかもしれない。


 でも。


「分からない」


「ですよね」


「生存が誰を指すのかも、いつの時点なのかも表示されてない」


「はい」


「…………」


 自分で言って。


 少し怖くなった。


 俺は。


 見えている。


 でも。


 分かっているとは限らない。


「未来が見えるからこそ」


 高城さんが続ける。


「見えた情報同士に、慎吾さん自身が意味をつけすぎている可能性があります」


「……あります」


「だったら」


 一拍。


「そこから整理しましょう」


「研究みたい」


「研究です」


「俺の人生なんですけど」


「だからこそです」


 強い。


 でも。


 たぶん、正しい。



     ◇



「未来を深く見ようとすると」


 俺は言った。


「頭が痛くなることがあります」


 高城さんの表情が変わった。


「最近、急に顔色が悪くなるのは」


「たぶん、それです」


「病院には?」


「行ってません」


「行ってください」


「美咲と同じこと言う」


「当然です」


「能力のせいだと思うんですけど」


「それを慎吾さん自身が決めるんですか?」


「…………」


 痛いところを刺された。


「能力が本物だとしても」


 高城さんは続ける。


「頭痛まで能力由来だとは限りません」


「はい」


「頭痛は頭痛として診てもらってください」


「分かりました」


「本当に?」


「今日みんな信用ないな」


「実績です」


「美咲みたいなこと言い始めた」


「奥様は正しいですね」


「仲良くなりそうで嫌だな」


 少しだけ空気が軽くなる。


「他には?」


「条件を意識すると、表示が変わることがあります」


「条件?」


「例えば、ある物を保管するか売るか」


「はい」


「特定の用途に使う場合とか」


「条件付き未来価格?」


「それもあります」


「条件成立率は?」


「出ることがあります」


「…………」


「その顔」


「聞きたいことが増えました」


「もう今日はやめて」


「まだ聞くだけです」


「怖いなぁ」


 高城さんはノートを取っていない。


 でも。


 頭の中で全部整理しているのが分かる。


「それから」


「はい」


「俺自身にも死亡する未来があります」


「…………」


 初めて。


 高城さんの表情が完全に止まった。


「慎吾さん自身にも?」


「はい」


「いつ?」


「分かりません」


「表示は?」


「死亡予定日は算出不能」


「他には?」


「俺の家族写真が、十年後二百八十万円」


「理由は?」


「死亡した著名人物の生前写真」


「…………」


「関連人物、俺」


 しばらく沈黙。


「それも」


「はい」


「結衣ちゃんと同じ未来だとは限らない」


「分かってます」


「星見事故とも?」


「そこも未確定」


「…………」


 高城さんが小さく息を吐いた。


「慎吾さん」


「はい」


「よく一人で抱えてましたね」


「…………」


 その言葉。


 黒瀬さんにも。


 美咲にも。


 似たことを言われた。


「抱えられてなかったですよ」


「え?」


「だから高城さんに話した」


「…………」


「一人で決めないって決めたから」


 高城さんは少しだけ黙った。


「そうですか」


「何その顔」


「いえ」


「研究者?」


「今は」


 一拍。


「友人です」


「…………」


 不意打ちだった。


「友人?」


「違いました?」


「いや」


「では、そのままで」


「勝手に正式採用された」


「結衣ちゃんにも認定されているんでしょう?」


「情報早いな」


 少し笑った。


 話してよかった。


 その瞬間だけ。


 そう思えた。



     ◇



「じゃあ」


 高城さんが机の上の鍵を手に取った。


「最低限だけ確認させてください」


「やっぱりやるん?」


「全部聞いたからこそです」


「何を?」


「慎吾さんの話が」


 一拍。


「少なくとも検証できる種類のものなのか」


「なるほど」


「この鍵」


「はい」


「研究室の倉庫の鍵です」


「現在価格?」


「お願いします」


 見る。



【現在価格:0円】



「ゼロです」


「でしょうね」


「自分で出しといて何それ」


「では十年後」


 意識を向ける。



【10年後の価格:3,200円】



「三千二百円」


「鍵が?」


「はい」


 高城さんが手のひらの鍵を見る。


「理由は?」


「それ以上は今日は見ません」


「…………」


「何?」


「いえ」


「不満?」


「むしろ」


 高城さんが鍵を机へ戻す。


「安心しました」


「何で?」


「今の慎吾さんなら、止まれるんですね」


「…………」


 ちょっと腹が立つ。


「昔は止まれなかったみたいに言わないで」


「止まれなかったんでしょう?」


「…………」


「顔に出てます」


「研究者嫌いになりそう」


 高城さんが笑った。


「信じました?」


「まだです」


「まだ!?」


「でも」


 一拍。


「慎吾さんの話を、ただの思い込みとして無視するつもりもなくなりました」


「それ、かなり進歩?」


「かなり」


「じゃあ良しとします」


「明日」


「え?」


「時間あります?」


「日曜日ですけど」


「大学に来られます?」


「研究者、休まんの?」


「休みますよ」


「明日は?」


「休みながら研究します」


「それ休みじゃないです」


「趣味に近いので」


「怖いなぁ」


 でも。


 俺も知りたかった。


 今まで一人で使ってきた能力。


 見えたものを、そのまま信じてきた。


 でも高城さんは。


 初めて。


 表示された数字そのものへ問いを投げた。



『それは、本当にそういう意味なんですか?』



 俺は未来を見ている。


 ずっと。


 そう思っていた。


 でも。


「高城さん」


「はい」


「さっきの話」


「どれです?」


「能力が表示したことと、俺が考えたことを分けるってやつ」


「はい」


「それって」


 一度、言葉を探す。


「俺が見てるもの自体が、未来そのものじゃない可能性もある?」


 高城さんはすぐには答えなかった。


「可能性としては」


「…………」


「あります」


「どういうこと?」


「今この瞬間の条件から」


 高城さんは慎重に言葉を選ぶ。


「未来の一つの可能性が表示されているだけなのかもしれない」


「予測?」


「そこまでは言っていません」


「あ」


「仮説です」


「ですよね」


「未来そのものなのか」


 一拍。


「現在の条件から導かれた未来の可能性なのか」


「…………」


「今の私たちには分からない」


「でも」


「はい」


「条件を変えたら表示が変わる」


「そうですね」


「人の選択でも」


「はい」


「それなら」


 何かが。


 少しだけ。


 頭の中でつながりそうになった。


 その瞬間だった。



【観測条件の変化を検知】



「……え?」



 視界の端。


 今まで見たことのない文字。


「慎吾さん?」


「待って」


「何か見えました?」


「うん」


 未来が変わったときに出るのは。



【未来変動を検知】



 だった。


 でも。


 今回は違う。



【観測条件の変化を検知】



「何だこれ……」


「何が出たんです?」


 俺は表示を見る。


 高城さんを見る。


 そして。


 もう一度。


 表示を見る。



【観測条件の変化を検知】



 未来が変わったんじゃない。



 変わったのは。



 未来を見る側。



 少なくとも。



 表示は。



 そう言っていた。

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