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『俺だけ「10年後の値段」が見える。~未来価格で億万長者になるはずが、娘の絵に3億円の値札がついていた~』  作者: かばっち


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第37話 減った三つの未来

三十七。


 その数字を見た夜から、俺は少しだけ眠りやすくなった。


【分岐候補数:1,284】


【生存結果を含む分岐:37】


 誰の生存なのか。


 どの時点まで生きていることを意味するのか。


 まだ分からない。


 能力は、結衣が生きる未来が三十七本ある、なんて言っていない。


 それでも。


 三十七。


 ゼロじゃない。


 そして未来は、まだ一つに決まっていない。


 今の俺には。


 それだけで十分だった。


     ◇


「パパ!」


「ん?」


「ゼロ、ごはん!」


 朝から結衣がゼロを抱えてやってきた。


「ゼロはご飯食べません」


「たべるよ!」


「何食べるんですか?」


「でんち!」


「それは正しい」


 結衣が得意げに笑う。


「でんちない!」


「昨日替えたやろ」


「ない!」


「そんなわけ……」


 ゼロのスイッチを入れる。


 動かない。


「…………」


「ほら!」


「マジか」


「ゼロ、おなかすいた!」


「燃費悪すぎん?」


 最近、結衣は一日中ゼロを動かしている。


 壁にぶつかる。


 椅子にぶつかる。


 倒れる。


 結衣に起こされて、また歩く。


 未来より先にモーターの寿命が心配になってきた。


「慎吾ー」


「何ー?」


 キッチンから美咲の声。


「単三もうないよ」


「え?」


「この前ので最後」


「マジ?」


「買ってきて」


「俺?」


「ゼロ担当やろ」


「いつ決まった?」


「今」


「権限強すぎるだろ」


「パパ!」


「はい」


「でんち!」


「分かりました」


 結衣がゼロを抱きしめる。


「まっててね、ゼロ!」


 待つも何も。


 電池がなければ動けない。


 そんな当たり前のことを思いながら、俺は少し笑った。


「慎吾」


「ん?」


「何ニヤニヤしよるん?」


「してないよ」


「しよる」


「パパ、にやにや!」


「二対一やめてもらえます?」


 美咲が笑う。


 結衣も笑う。


 こういう朝が、十年後もあればいい。


 今は。


 それを守るために、できることをやればいい。


     ◇


 その週。


 HOSHIMIの実験は、少しずつ形になり始めていた。


 前回、美咲が何気なく言った。


『子供が二人いたら?』


 一人は止まる。


 もう一人は走る。


 その場合、車側はどちらに合わせるのか。


 たったそれだけの疑問だった。


 でも研究側では、思った以上に大きな問題になったらしい。


 高城さんから送られてきた資料。


『複数対象環境下における危険度評価』


『介入優先順位』


『対象間競合』


『二次危険発生可能性』


「急に難しくなったな……」


 昼休み。


 資料を見ながら呟く。


 スマホが震えた。


 高城さん。


『次回、また来られますか?』


『検討会?』


『今回は実験です』


『俺が?』


『奥様も来られればぜひ』


「また美咲狙いか」


 続けて。


『前回の指摘を検証します』


『子供二人のやつ?』


『はい』


『結衣も?』


『可能なら』


 俺は少し考えた。


 結衣を実験に参加させるなら。


 まず安全。


『危ないことは?』


『ありません。今回は電動カートも使いません』


『何をするんです?』


『人形と位置情報を使った判定確認です』


 なら。


『妻に聞いてみます』


 送る。


 すぐ既読。


『ありがとうございます』


 数秒後。


『ゼロもお願いします』


「…………」


 やっぱりお前、そっちも目的だろ。


     ◇


「行く!」


「まだ何も説明してないよ」


 土曜日。


 大学へ行くか聞いた瞬間、結衣は即答した。


「おじちゃん!」


「高城さんな」


「ゼロ!」


「持っていきます」


「ピンク!」


「何が?」


「とけい!」


「ああ」


 前回の黒い試作機。


 ちゃんと覚えている。


「高城さん、ピンク作ったかな」


「つくった!」


「何で断言できるん?」


「おじちゃんだから!」


「信頼すごいな」


 後ろから美咲。


「作ってなかったら?」


「おこる!」


「高城さん逃げて」


「慎吾」


「何?」


「私も行かないかんの?」


「嫌?」


「嫌じゃないけど」


 美咲がバッグを持ちながら首を傾げる。


「私、ほんと何も分からんよ」


「それでいいらしい」


「また普通のこと言えばいいん?」


「たぶん研究者が勝手に大ごとにしてくれる」


「便利やね」


「聞かれたら怒られるぞ」


「パパ!」


「はい」


「はやく!」


「今行きます」


 玄関へ走る結衣。


 その手にはゼロ。


 俺は一瞬だけ、その背中を見る。


 三十七。


 生存結果を含む分岐。


 意味はまだ分からない。


 だから。


 今日は数字を増やすために行くんじゃない。


 危ないものを。


 一つでも見つけるために行く。


     ◇


「ピンク!」


 大学へ着いた瞬間、結衣が叫んだ。


「こんにちはより先なん?」


「こんにちは!」


「はい、こんにちは」


 高城さんが笑う。


「ありますよ」


「え?」


 机の上。


 腕時計型端末。


 今回は、白いバンドに薄いピンク色のカバーがついている。


「ピンク!」


 結衣が走る。


「つける!」


「第一関門突破ですね」


「本当に作ったんです?」


「市販のカバーを加工しただけです」


「四歳児の意見に全力だな」


「使用者の意見ですから」


「それ好きですね」


「慎吾さんが覚えたので使いにくくなりました」


 高城さんが結衣の腕へ端末をつける。


「どう?」


「かわいい!」


「前は黒やだって言ってたもんな」


「くろやだ!」


「黒に厳しい」


 美咲が端末を見る。


「でもまだ大きいね」


「…………」


 高城さんが止まった。


「美咲」


「何?」


「始まったぞ」


「何が?」


「研究者が止まる時間」


「確かに、まだ大きいですね」


 高城さんはもう端末を見ている。


「もう少し薄くできるか……」


「ほら」


「私、何も言ってないやん」


「言いました」


 高城さんが顔を上げる。


「ありがとうございます」


「ほら!」


「何なん、この研究室」


 美咲が笑った。


     ◇


 実験は前回と同じ実験棟。


 道路を模したスペースに、赤と青の服を着せた二つの人形が置かれている。


「子供役?」


「はい」


 高城さんが説明する。


「今日は人間ではなく、人形と位置情報だけで検証します」


「二人が同時に?」


「はい。別方向から道路へ近づいた場合、HOSHIMIがそれぞれの危険度を判定します」


「車は?」


「今日は車両制御まではしません。画面上で、どの介入を選択するかだけ確認します」


「なるほど」


 美咲が画面を見る。


「ゲームみたい」


「言われると思いました」


「ゲームなん?」


「違います」


「結衣、こっち来て」


「いや!」


「即答」


 結衣はゼロを床で歩かせている。


「ゼロ、じっけん!」


「そっちの研究はしてません」


 高城さんがパソコンを操作する。


「始めます」


 二つの対象が別方向から交差点へ近づく。


『対象A 危険度42』


『対象B 危険度37』


「数字が大きいほうが危ない?」


「今回の判定では、そう考えてください」


 さらに。


『対象A 危険度68』


『対象B 危険度71』


「あ、逆転した」


「移動速度や位置によって判定は変化します」


「じゃあ」


 俺は画面を見る。


「さっきAを優先してたのに、途中でBが危なくなったら?」


「そこが今回の課題です。判断を切り替える必要がある」


「車に右へ避けろって言った直後に、やっぱ左とか?」


「そうならないようにする必要があります」


「一定時間、判断を固定するとか?」


「その間に別の対象が危険になれば、対応が遅れる」


「…………」


 能力なんて使っていない。


 それでも、普通に怖い。


 美咲が画面を見ながら口を開いた。


「人間ならどうするん?」


「え?」


「運転しよる人」


「状況によりますが」


「二人とも危ないって思ったら」


 一拍。


「とりあえず止まるんじゃない?」


「…………」


 高城さんが止まった。


「また?」


 俺が言う。


「いや」


 高城さんが画面を見る。


「でも……そうなんですよ」


「何が?」


「今のシステムは、どちらを優先するか考えている」


「うん」


「でも、そもそも選ばないという判断もある」


「両方危ないなら全部止める?」


「そうです」


 美咲が首を傾げる。


「それじゃ駄目なん?」


「交通への影響は大きくなります」


「でも事故るよりいいやろ?」


「…………」


「救急車とか来たら別やろうけど」


 高城さんがすごい勢いでメモを始める。


「美咲」


「何?」


「もう喋らないほうがいいかもしれん」


「なんで?」


「高城さんの仕事が増える」


「慎吾さん」


「はい」


「増やすために呼んでます」


「強いな」


 笑いが起きる。


 その中で。


【未来変動を検知】


「…………」


 来た。


     ◇


 前回。


【HOSHIMI安全性:61.8%】


【重大事故発生率:14.2%】


 そして。


 今。


【HOSHIMI安全性:61.8% → 68.4%】


【重大事故発生率:14.2% → 10.7%】


「…………!」


 安全性は上がった。


 重大事故発生率は下がった。


 さらに。


【未来改変率:4.12% → 4.89%】


「…………」


 数字だけを見れば。


 良い方向に見える。


 でも。


 そう決めるのは早い。


 十四・二%が何を意味しているのか。


 六十八・四%が何に対する安全性なのか。


 まだ完全には分かっていない。


「慎吾?」


「ん?」


「また頭?」


「大丈夫。痛くない」


「ならいいけど」


 そこで終われば。


 俺も少し安心していたと思う。


 でも。


 本当に何となく。


 床を歩いているゼロへ意識が向いた。


【未来状態:未確定】


 そこまでは同じ。


 続いて。


【分岐候補数:1,284 → 1,196】


「…………」


 八十八。


 減った。


 そして。


【生存結果を含む分岐:37 → 34】


「…………え?」


 三十四。


 三つ。


 減った。


     ◇


「慎吾?」


 美咲の声で我に返る。


「何?」


「顔」


「え?」


「真っ白」


 高城さんもこちらを見る。


「慎吾さん?」


「大丈夫です」


「座ります?」


「いや」


「座って」


 美咲に腕を引かれ、仕方なく椅子へ座る。


 頭痛はない。


 吐き気もない。


 ただ。


 数字の動きが分からない。


 HOSHIMI安全性は上がった。


 重大事故発生率は下がった。


 未来改変率も上がった。


 それなのに。


【生存結果を含む分岐:37 → 34】


 三つ減った。


「…………」


 悪くなった?


 そう考えかける。


 でも。


 待て。


 そもそも、この三十四が誰の生存なのか。


 まだ分かっていない。


 分岐候補だって。


 減ること自体が悪いとは限らない。


「水」


「ありがとう」


 美咲からペットボトルを受け取る。


「ほんとに大丈夫?」


「うん」


「最近多くない?」


「何が?」


「急にぼーっとするの」


「…………」


「病院行ったほうがよくない?」


「そこまでじゃないよ」


「でも」


「無理はしない」


 そう答えると、美咲が少しだけ眉を下げた。


「絶対よ」


「はい」


 三十四。


 その意味を。


 今ここで決めるな。


     ◇


 実験は、その後も続いた。


 俺は能力を見なかった。


 代わりに、実験そのものを見る。


 次は三対象。


 赤。


 青。


 黄色。


 三つが別方向から交差点へ近づく。


「対象A、危険度上昇」


「対象Bも上昇」


「全停止判断」


「対象Cは?」


「安全圏です」


「なら介入なし」


 高城さんが記録する。


 さっきより動きはいい。


 優先順位を無理に決めない。


 複数が危険なら全体を止める。


 確かに。


 安全になっているようには見える。


 それでも。


 三十四。


 深く見れば。


 37から34になった理由を追えるかもしれない。


 でも。


 やらない。


 今は見る場面じゃない。


「高城さん」


「はい?」


「安全性を上げると、別のところに影響出ますよね?」


「もちろんです」


「例えば?」


「交通量。渋滞。緊急車両の到着時間」


「…………」


「人の移動経路も変わります」


「移動経路」


「道を止めれば、迂回する人も出ますから」


「なるほど」


「何か気になりました?」


「ちょっと」


「何が?」


「まだ分かりません」


 高城さんは、それ以上聞かなかった。


「安全って」


 俺は聞く。


「一個の数字にできます?」


 高城さんが少し考える。


「難しいですね」


「事故が少なければ安全じゃ?」


「交通事故だけなら」


「…………」


「例えば、交通事故を減らすために街中の車を全部時速十キロにしたら?」


「事故は減りそう」


「救急搬送は遅くなる」


「ああ」


「物流も止まる。バスも遅れる。別の問題が出ます」


「…………」


「安全って、一つを良くすれば終わりじゃないんです」


「なるほど」


 未来も。


 同じなのかもしれない。


 一つの数字だけ見て。


 全部良くなった。


 全部悪くなった。


 そう決めることはできない。


     ◇


 昼休憩。


 美咲と結衣は大学の食堂へ向かった。


「ゼロもごはん!」


「ゼロは電池!」


「でんちたべる!」


 声が遠ざかる。


 俺は実験棟に残り、黒瀬さんへメッセージを送った。


『生存結果を含む分岐が減りました』


 すぐ既読。


『何から何へ?』


『37から34』


『何を変えました?』


『HOSHIMI安全性が61.8から68.4へ』


 少し間。


『それだけですか?』


『重大事故発生率は14.2から10.7』


『未来改変率は4.89』


 今度は少し長く間が空いた。


「黒瀬さんでも分からんか……」


 ようやく。


『慎吾さん』


『三つを探さないでください』


「…………」


 やっぱり分かってる。


 俺がやりそうなこと。


『今は、消えたものではなく』


『何を変えた結果そうなったかを見たほうがいい』


 俺は少し笑った。


『分かってます』


 数秒。


『本当に?』


「信用ないな」


『本当にです』


『成長しましたね』


『先輩面するな』


『先輩ですから』


 前にもしたやり取り。


 少しだけ肩の力が抜けた。


 三つ減った。


 でも。


 それをすぐ悪化と決める必要はない。


 焦るな。


 数字だけを追うな。


 今できることを見る。


     ◇


 午後。


 今度はシステム異常をわざと入れる実験。


「今日は壊します」


「言い方怖いな」


 高城さんが笑う。


「通信遅延」


「はい」


「位置情報の誤差」


「うん」


「対象の急な方向転換」


「…………」


「実際には、もっとあります」


「街に出せるんです?」


「だから出す前に潰します」


「なるほど」


 位置情報を一メートルずらす。


 危険判定が、わずかに遅れる。


「一メートルくらいなら」


「子供相手では大きいですよ」


「ああ」


 確かに。


 四歳の結衣なら、一メートルで道路の中か外かが変わる。


「じゃあ三メートル」


「やってみます」


 三メートル。


 明らかに判定が遅れる。


「これ駄目じゃない?」


「駄目ですね」


「五メートルは?」


「慎吾さん」


「はい」


「楽しんでません?」


「壊すの、ちょっと楽しくなってきた」


「研究者向きかもしれませんよ」


「転職はしません」


 次。


 通信を二秒遅らせる。


 警告が間に合わない。


 対象を急に走らせる。


 追従が遅れる。


 端末なし。


 車側通信なし。


 両方通信なし。


 一つずつ試す。


「両方通信なしだと?」


「HOSHIMIには何もできません」


「ですよね」


「この場合は」


 高城さんが言う。


「信号や標識、運転者本人といったHOSHIMI外の安全設備に頼るしかない」


「結局」


 俺は言う。


「全部HOSHIMIに任せたら駄目なんですね」


「絶対に駄目です」


 高城さんは迷わなかった。


「HOSHIMIは、人の代わりになるものじゃない。今ある安全を全部置き換えるものでもない」


「じゃあ?」


「一個増やすんです」


「一個?」


「助かる可能性を」


「…………」


 その言葉が妙に響いた。


「いいですね、それ」


「何が?」


「今の覚えといてください」


「自分で言ったんですけど」


「じゃあ忘れないですね」


 高城さんが笑った。


     ◇


 実験終了。


「疲れたー」


 美咲が大きく伸びる。


「ほとんど見てただけやん」


「見てるのも疲れるんよ」


「ママ!」


「何?」


「ゼロもつかれた!」


「電池なくなった?」


「うん!」


「今日二本目だぞ」


「研究費で出ません?」


 高城さんへ聞く。


「ゼロの電池?」


「はい」


「検討します」


「するんだ」


「パパ!」


「何?」


「けんきゅうひ!」


「変な言葉覚えたな」


 意味も分からず結衣が笑う。


 帰る準備をしていると。


「慎吾さん」


 高城さんに呼ばれた。


「はい?」


「少しいいですか?」


「何です?」


「今日の実験」


 一拍。


「助かりました」


「俺、壊してただけですよ」


「それが助かったんです」


「変な研究」


「安全系はそういうものです」


 高城さんがタブレットを見せる。


 位置誤差。


 通信遅延。


 複数対象。


 優先順位。


 全停止。


 今日見つかった問題がずらりと並んでいる。


「こんなに?」


「これでも一部です」


「先長いですね」


「長いですよ」


「十年かかる?」


「規模によっては」


「…………」


 十年。


 その言葉に少しだけ反応する。


「でも」


 高城さんが言う。


「早い段階で穴を見つけられれば、その分だけ潰せます」


「そうですね」


「慎吾さんが言った通りです」


「俺?」


「嫌なケースを探してくれって」


「ああ」


「かなり有効だと思います」


「ならよかった」


「なので」


 一拍。


「次からもお願いします」


「嫌な客?」


「嫌な客」


「正式採用された」


「無給ですけど」


「そこ大事」


 高城さんが笑う。


 俺も笑った。


 そこで終わると思った。


 でも。


「ただ」


 高城さんの声が変わった。


「一つ、気になっていることがあります」


「何です?」


 タブレットを置く。


「今日、位置情報をずらしたとき」


「はい」


「慎吾さん、三メートルって言いましたよね」


「言いました」


「そのあと、通信遅延を二秒にした」


「はい」


「対象を急に走らせた」


「…………」


「どれも実際に問題が出た」


「偶然でしょ」


「そうかもしれません」


「嫌なケースを探せって言ったの、高城さんですよ」


「ええ」


「だから適当に」


「前回もです」


「…………」


 空気が変わる。


「前回?」


「子供が走ったら、と聞いた」


「普通でしょう」


「端末を外していたら」


「それも普通」


「通信が切れたら」


「…………」


「それも聞いた」


「高城さん」


「そして」


 高城さんは続ける。


「複数対象の問題が出たあと、あなたはかなり強く言いました」


「何を?」


「絶対に調べてください、と」


「…………」


 覚えている。


【重大事故発生要因:複数対象――】


「顔色まで変わった」


「それは」


「今日もです」


「…………」


「全停止の案が出たあと」


「…………」


「また顔色が変わった」


「…………」


「何かありますか?」


「いや」


「HOSHIMIに?」


「ありません」


「なら」


「高城さん」


「はい」


「考えすぎです」


「そうですかね」


「俺、専門家じゃないですよ」


「知っています」


「またそこ強調する」


「だから気になるんです」


「…………」


 笑っていない。


 完全に研究者の顔。


 初めて会った頃。


 俺の言動から何かを読み取ろうとしていた。


 あの目。


「慎吾さん」


「はい」


「一つ聞いていいですか」


「何です?」


 高城さんは少しだけ迷い。


 まっすぐ俺を見る。


「どうしてあなたは」


 一拍。


「試す前から、失敗する場所が分かるんです?」


「…………」


 答えられなかった。


 未来価格。


 星見事故。


 結衣。


 黒瀬。


 反射的に思う。


 話せるわけがない。


 いつもなら。


『勘です』


 それで逃げていたかもしれない。


 でも。


 頭の中に浮かんだ。


『一人で決めない』


 昨日。


 美咲にも言われた。


『一人で勝手に決めんで』


「…………」


 高城さんは急かさない。


 ただ待っている。


 俺は実験場を見る。


 子供を守るために作られ始めた、小さな街。


 HOSHIMI。


 高城さん。


 美咲。


 結衣。


 俺一人では、絶対に作れない未来。


「慎吾さん」


「はい」


「言いにくいことなら、無理には――」


「高城さん」


 俺は遮った。


「はい」


 一度、息を吐く。


「ちょっと」


 喉が乾く。


「長い話になります」


 高城さんの表情が変わった。


「聞きます」


「…………」


 逃げ道。


 なくなったな。


 いや。


 違う。


 自分でなくした。


「最初に」


「はい」


「一個だけ、約束してください」


「何です?」


「最後まで聞いてから」


 一拍。


「頭おかしいって言ってください」


「…………」


 高城さんが少しだけ笑った。


「内容によります」


「そこは約束してよ」


「研究者なので」


「その言葉、便利ですね」


「慎吾さんにだけは言われたくありません」


「…………」


 俺も少し笑った。


 そして。


 高城さんを見る。


「俺」


 一度、口を閉じる。


 もう戻れない。


 でも。


 それでいい。


「物の未来が見えるんです」


「…………」


 高城さんは何も言わない。


「正確には」


 続ける。


「未来の値段が」


 黒瀬以外に。


 初めて。


 自分から能力のことを話した。


 秘密を守るためじゃない。


 未来を一緒に作るために。


 一人で決めない。


 そのための。


 最初の一人だった。

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