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『俺だけ「10年後の値段」が見える。~未来価格で億万長者になるはずが、娘の絵に3億円の値札がついていた~』  作者: かばっち


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第35話 黒瀬の失敗

第35話 黒瀬の失敗


『Project HOSHIMI(仮称)』


 何度見ても、そこにはそう書いてある。


「星見……」


 事故の場所でも。


 地名でも。


 誰かの名前でもなかった。


 俺たちが。


 今まさに作り始めたものの名前だった。


『次世代危険予測・生活支援システム』


 事故を防ぐためのシステム。


 子供を守るための仕組み。


 俺が言った。


 危険が起きる前に、街側から止められないか。


 美咲が言った。


 親じゃなく、子供本人に教えたら駄目なのか。


 そして高城さんが、それを研究にした。


 全部。


 結衣みたいな子供を守るために始まった。


 なのに。


【関連事象:星見事故】


「…………」


 スマホを持つ手に汗が滲む。


 星見事故。


 ずっと、何かの事故の名前だと思っていた。


 駅の名前かもしれない。


 地域の名前かもしれない。


 施設の名前かもしれない。


 違った。


 少なくとも。


 HOSHIMIと星見事故は、無関係じゃない。


 事故を防ぐために作ろうとしているものが、未来では事故と結びついている。


「嘘だろ……」


 しかも。


 その事故は、何度も結衣の未来に現れている。


「…………」


 俺は連絡先を開いた。


 黒瀬さん。


『会いたいです』


 迷わず送る。


 一分もしないうちに返信が来た。


『HOSHIMIを見ましたか』


「…………」


 やっぱり。


 知ってる。


『はい』


 既読。


 少し間が空く。


『今夜、来られますか』


 住所が送られてきた。


『どこです?』


『私の事務所です』


「事務所?」


 初めてだ。


 黒瀬さんが、自分の場所へ俺を呼ぶのは。


『分かりました』


 送信。


 その直後。


 もう一通。


『慎吾さん』


『今日は、奥様には話してから来てください』


「…………」


 何でわざわざ。


 そう思った。


 でも。


 その一文だけで、少し嫌な予感がした。


     ◇


「黒瀬さんのとこ行ってくる」


「今から?」


「うん」


「また?」


「ちょっと聞きたいことがあって」


 美咲が俺を見る。


「何時に帰る?」


「そんな遅くならんと思う」


「頭は?」


「大丈夫」


「ほんと?」


「うん」


「ならいいけど」


 そこへ、結衣がゼロを抱えて走ってくる。


「パパどこいくの?」


「ちょっとお出かけ」


「だいがく?」


「今日は違う」


「おじちゃん?」


「黒瀬さん」


「だれ?」


「…………」


 そういえば。


 結衣は黒瀬さんをほとんど知らない。


「パパの知り合い」


「おともだち?」


「友達……」


 黒瀬さん。


 あの人を友達と呼ぶのか。


「まあ、そんな感じ」


「ともだち!」


「勝手に決めたな」


「はやくかえってきてね!」


「うん」


「やくそく!」


 小指を出してくる。


「約束」


 絡める。


 その小さな指を見ながら。


 ふと思った。


 黒瀬さんにも。


 こういう約束をした相手がいたんだろうか。


     ◇


 黒瀬さんの事務所は、駅から少し離れた雑居ビルの三階にあった。


「ここ?」


 もっと。


 何というか。


 すごい場所を想像していた。


 未来が見える投資家。


 八百万円の土地を現金で買う男。


 だから勝手に、ガラス張りの高層ビルみたいなものを想像していた。


 実際は。


「普通だな……」


「失礼ですね」


「うわっ!」


 振り向く。


 黒瀬さんがいた。


「いつから?」


「普通に階段を上がってきました」


「声かけてくださいよ」


「事務所を見て『普通だな』と言われたので」


「聞こえてた?」


「ええ」


「すみません」


「どうぞ」


 扉の横に、小さなプレート。


『黒瀬アセットマネジメント』


「会社だったんだ」


「また失礼ですね」


「いや、会社経営してるのは知ってましたけど」


「なら驚かないでください」


「名前初めて見たんで」


「そうでしたか」


 鍵が開く。


 中へ入る。


「…………」


 思っていたより、さらに普通だった。


 机。


 パソコン。


 棚。


 小さな応接スペース。


「一人?」


「基本的には」


「ここで投資してるんです?」


「それもあります」


「未来見ながら?」


「それも」


「ずるいな」


「慎吾さんに言われたくありません」


「確かに」


 少しだけ。


 いつもの空気だった。


 でも。


 部屋の奥。


 一つだけ妙に目につくものがある。


 写真立て。


 伏せてある。


「…………」


 黒瀬さんが俺の視線に気づいた。


「座ってください」


「はい」


 向かい合う。


 俺はスマホをテーブルへ置いた。


 高城さんから送られてきた資料。


『Project HOSHIMI(仮称)』


「これ」


「ええ」


「知ってました?」


「名前は今日、初めて知りました」


「今日?」


「高城さんから同じ資料が来ました」


「じゃあ」


 俺は聞いた。


「黒瀬さんが今まで言ってた『星見事故』って」


「…………」


「これですよね?」


 黒瀬さんは、すぐには答えなかった。


「おそらく」


「おそらく?」


「私が未来で見た資料には」


 黒瀬さんが言う。


「HOSHIMIに関連する事故として記録されていました」


「…………」


「そして、その事故を星見事故と呼んでいるものも見た」


「じゃあ」


「慎吾さん」


「はい」


「ここは分けましょう」


「何を?」


「HOSHIMIと星見事故に強い関連がある」


「はい」


「これは、かなり可能性が高い」


「じゃあ」


「しかし」


 黒瀬さんが静かに続ける。


「HOSHIMIが事故を起こした、とはまだ言えません」


「…………」


「事故を防げなかったのかもしれない」


「はい」


「事故に巻き込まれただけかもしれない」


「…………」


「事故のあと、そう呼ばれるようになった理由も分かりません」


「でも」


 俺はスマホを見る。


「結衣の未来に何度も出てる」


「ええ」


「星見事故は遠ざかった」


「ええ」


「HOSHIMIって名前が生まれたら、またそこにつながった」


「…………」


 気持ちが落ち着かない。


 事故を防ぐために始めた。


 結衣を守るために。


 それなのに。


 未来の事故へつながっている。


「俺と美咲が」


 声が少し強くなる。


「関わったからですよね」


「何がです?」


「HOSHIMIが始まったの」


「きっかけの一部ではあるでしょうね」


「だったら」


 言葉が出かける。


 止めたほうが。


 作らないほうが。


 研究から離れたほうが。


「…………」


 俺は口を閉じた。


 まだ。


 何も分かっていない。


 高城さんなら、たぶんそう言う。


 表示されたのは関連。


 原因とは書いていない。


「慎吾さん」


「はい」


「今」


 黒瀬さんが俺を見る。


「何を考えました?」


「…………」


「HOSHIMIを、作らなければいいんじゃないかって」


「そうですか」


「否定しないんです?」


「しません」


「何で?」


「私も同じことをしたからです」


「…………」


 部屋が。


 急に静かになった。


「同じ?」


「未来で危険だと分かったものを」


 一拍。


「消そうとしました」


「…………」


 黒瀬さんは立ち上がる。


 部屋の奥へ行き。


 伏せてあった写真立てを手に取った。


 戻ってきて。


 俺の前へ置く。


「見ても?」


「そのために出しました」


 ゆっくり起こす。


「…………」


 写真には。


 今より少し若い黒瀬さん。


 笑っている。


 こんな顔をする人だったんだ。


 そして、その隣。


 小さな女の子。


 黒瀬さんへ体を寄せて。


 楽しそうに笑っている。


「娘です」


「…………」


「紗奈」


 黒瀬さんの声が、少しだけ変わった。


 今まで聞いたことのない声だった。


「この子が……」


「ええ」


「前に言ってた」


「そうです」


 未来を見て。


 変えて。


 それでも。


 救えなかった娘。


「最初は」


 黒瀬さんが写真を見る。


「未来が見えることが、ただ嬉しかった」


「投資?」


「それもしました」


「儲かった?」


「かなり」


「…………」


「怖いくらいに」


 少しだけ笑う。


「株。不動産。美術品。時計」


「やりたい放題じゃないですか」


「慎吾さんは?」


「…………」


「人のこと言えませんね」


「はい」


 未来の価値が分かる。


 将来起きることが分かる。


 そりゃ使う。


 俺だって。


 最初は、金持ちになれると思った。


「でも」


 黒瀬さんの笑顔が消える。


「ある日、紗奈の未来を見ました」


「…………」


「死ぬ未来です」


 写真の中では。


 笑っている。


「事故?」


「ええ」


「どんな?」


 黒瀬さんは少し黙った。


「今は、そこは重要ではありません」


「…………」


「私には、その未来が見えた」


「はい」


「原因と思われるものも」


「…………」


「時期も」


「そこまで?」


「見ました」


 俺なら。


 どうする?


 考えるまでもない。


「変えますよね」


「ええ」


「絶対」


「変えました」


 黒瀬さんは即答した。


「未来で危険につながっていたものを、一つずつ遠ざけました」


「…………」


「行動を変え」


「はい」


「予定を変え」


「…………」


「必要なら生活も変えた」


「そこまで」


「できますよ」


 黒瀬さんが俺を見る。


「娘が死ぬと分かっていれば」


「…………」


 分かる。


 嫌になるくらい分かる。


「それで?」


「未来は変わりました」


「助かった?」


「その未来では」


「…………」


「はい」


 胸の奥が少し緩む。


 でも。


 黒瀬さんの顔は変わらない。


「しばらくして」


「はい」


「別の未来が見えました」


「別の?」


「また」


 黒瀬さんが写真へ目を落とす。


「紗奈が死ぬ未来です」


「…………」


 俺の指が動かなくなる。


「違う事故?」


「ええ」


「最初の未来とは」


「違いました」


「…………」


「私は、それも変えた」


「消えた?」


「消えました」


「じゃあ」


「そして」


 黒瀬さんが続ける。


「また別の未来が現れた」


「…………」


 喉が乾く。


「何回?」


「数えるのをやめました」


「…………」


 危険が見える。


 避ける。


 未来が変わる。


 別の未来が見える。


 また避ける。


 それを。


 何度も。


「怖くなかったんですか?」


「怖かったですよ」


「なら」


「だから、見ました」


「…………」


「娘ですから」


 その一言。


 何も返せなかった。


 俺だって同じだ。


 結衣の絵を見た夜。


 頭が痛くても。


 怖くても。


 もっと知りたかった。


「最後は?」


 俺は聞いた。


「最後の事故も見えたんですか?」


 黒瀬さんが。


 初めて俺から目を逸らした。


「見えませんでした」


「…………」


「え?」


「最後だけ」


「待って」


「はい」


「それまでは見えてたんですよね?」


「ええ」


「紗奈ちゃんが危ない未来が」


「何度も」


「だから変えた」


「はい」


「それなのに」


 その先が。


 言えない。


「ある時期から」


 黒瀬さんが言う。


「紗奈の先を見ようとしても、見えなくなりました」


「見えなく?」


「ええ」


「能力が使えなくなった?」


「違います」


「他の未来は?」


「見えました」


「じゃあ」


「紗奈の、その先だけです」


「…………」


 背中が冷える。


「何度やっても?」


「何度やっても」


「条件を変えても?」


「変えました」


「それでも?」


「駄目でした」


「…………」


 俺の能力なら。


 何と出るんだろう。


 算出不能。


 未確定。


 欠損。


 観測範囲外。


 今の俺は、いろんな表示を知っている。


 でも。


 黒瀬さんが見たものを、勝手に同じだとは言えない。


「そのあと」


「…………」


「紗奈は事故に遭いました」


 静かな声。


 それだけだった。


 場所も。


 原因も。


 時刻も。


 聞けなかった。


「見えなかった事故で?」


「ええ」


「…………」


「私は」


 黒瀬さんが写真立ての端へ触れる。


「最後まで、安全だと思っていました」


「…………」


「見えないから」


 一拍。


「危険はないと」


 胸の奥が。


 ぎゅっとなる。


「それは……」


 何て言えばいい。


 黒瀬さんのせいじゃない。


 そう言いたい。


 でも。


 俺はその場にいなかった。


 何があったのかも知らない。


「慎吾さん」


「はい」


「私は今でも分かりません」


「何が?」


「未来を変えたから」


 一拍。


「最後の事故が起きたのか」


「…………」


「それとも」


 黒瀬さんは写真を見る。


「何度未来を変えても、あの事故は起きたのか」


「…………」


「あるいは」


「はい」


「まったく別の理由だったのか」


「…………」


 答えはない。


「だから」


 黒瀬さんが俺を見る。


「私は、未来は必ず収束する、とは言いません」


「…………」


「紗奈は何をしても助からなかった、とも言いません」


「でも」


「分からないからです」


「…………」


 そこは。


 はっきりしていた。


 黒瀬さんは。


 未来を長く見てきた。


 俺よりずっと。


 それでも。


 答えを知らない。


「ただ」


「はい」


「一つだけ後悔しています」


「何を?」


「未来を見ている自分だけが」


 一拍。


「正しいと思ったことです」


「…………」


「私は未来を知っている」


「…………」


「家族は知らない」


「…………」


「だから私が決める」


「…………」


 黒瀬さんが、小さく息を吐く。


「そう思っていました」


「家族には?」


「必要だと思ったことだけ話しました」


「…………」


「全部は?」


「話しませんでした」


 何となく。


 分かった。


「止められたくなかった?」


「それもあります」


「…………」


「理解されないと思っていました」


「俺も」


「え?」


「最初」


 俺は言った。


「美咲に何も言ってませんでした」


「そうでしょうね」


「何で分かるんです?」


「私もそうでしたから」


「…………」


 似ている。


 嫌になるくらい。


「未来を知ってる俺がやればいい」


「ええ」


「俺が結衣を守る」


「ええ」


「金も増やす」


「ええ」


「原因も見つける」


「ええ」


 全部。


 最初の俺だ。


「でも」


 今は。


 美咲がいる。


 高城さんがいる。


 教授がいる。


 黒瀬さんもいる。


「慎吾さん」


「はい」


「未来が見えると」


 一拍。


「原因を一つに決めたくなります」


「…………」


「あれさえ消せば」


「はい」


「ここへ行かなければ」


「…………」


「あの人に会わなければ」


「…………」


「そう考える」


 俺はスマホを見る。


『Project HOSHIMI』


 さっき。


 俺も考えた。


 これを作らなければいいんじゃないか。


「でも」


 黒瀬さんが続ける。


「未来に関連していることと」


 一拍。


「未来の原因であることは違います」


「…………」


「私が、それを学んだのは」


 写真を見る。


「遅すぎました」


「…………」


 部屋が静かになる。


 時計の音だけが聞こえた。


「黒瀬さん」


「はい」


「俺は」


 言葉を選ぶ。


「どうすればいいんです?」


「分かりません」


「そこは教えてくれないんだ」


「教えられません」


「経験者なのに?」


「だからこそです」


「…………」


「私の正解を」


 一拍。


「あなたの正解にしないでください」


 その言葉。


 重かった。


「じゃあ何のために、今日呼んだんです?」


 黒瀬さんは少し考えた。


「止めるためではありません」


「何を?」


「あなたを」


「…………」


「未来を変えることを、やめろとも言いません」


「はい」


「HOSHIMIをどうしろとも言いません」


「…………」


「ただ」


 黒瀬さんは、はっきり言った。


「一人で決めないでください」


「…………」


 美咲。


 高城さん。


 教授。


 結衣。


 そして。


 黒瀬さん。


「私は」


 黒瀬さんが写真を見る。


「それができなかった」


「…………」


「だから」


 一拍。


「あなたには、してほしくない」


 何も言えなかった。


     ◇


「一つだけ」


 帰る前。


 俺は聞いた。


「はい」


「最後の事故が見えなくなる前」


「…………」


「何か変なことはなかったんです?」


 黒瀬さんが少し考える。


「ありました」


「何?」


「未来が」


 一拍。


「途中から、途切れました」


「途切れる?」


「紗奈の先を見ようとしても」


「はい」


「そこから先だけが見えない」


「…………」


「未来そのものがないような?」


「いいえ」


 黒瀬さんは首を振る。


「そこまでは分かりません」


「じゃあ」


「ただ」


 静かに続ける。


「私には、見えなかった」


「…………」


 それだけ。


 原因も。


 意味も。


 分からない。


 でも。


 頭の中に一つだけ浮かぶものがあった。


 ゼロ。


【10年後の価格:算出不能】


「…………」


「慎吾さん?」


「似たことなら」


「何です?」


「俺にもあります」


 黒瀬さんの表情が変わる。


「何に?」


「ゼロです」


「結衣さんのロボット?」


「はい」


「どういうことです?」


「最初は十年後ゼロ円でした」


「…………」


「それが」


 美咲の発言。


 未来改変率。


 個人警告端末。


 あの日。


「十年後の価格が算出不能になった」


「…………」


 黒瀬さんは黙った。


「同じだと思います?」


「思いません」


「即答ですね」


「同じだと判断できる情報がありません」


「…………」


 そうだ。


「でも」


「はい」


「気にはなります」


「俺もです」


 スマホを取り出す。


 美咲から送られてきた写真。


 結衣とゼロ。


「今、見るんですか?」


 黒瀬さんが聞く。


 俺の指が止まる。


「…………」


 前なら。


 そのまま見ていた。


「いや」


 スマホを伏せる。


「今日はやめます」


「いいんですか?」


「今、紗奈ちゃんの話を聞いたばっかりなんで」


「…………」


「この状態で見たら」


 一拍。


「何でも同じに見えそうだから」


 黒瀬さんが。


 少しだけ笑った。


「それでいいと思います」


「先輩面?」


「していません」


「ちょっとしてた」


「気のせいです」


 ほんの少し。


 空気が軽くなる。


「でも」


 俺はスマホを見る。


「ゼロは今、未来状態も分からないんですよね」


「未来状態?」


「まだそこまでは出てないです」


「…………」


 俺は一度止まる。


 算出不能。


 それ以上は。


 まだ確認していない。


「なら」


 黒瀬さんが言う。


「今日はそれで十分でしょう」


「ですね」


 未来は逃げない。


 結衣も。


 今は家で寝ている。


 俺はスマホをポケットへ戻した。


     ◇


 帰り道。


 車を運転しながら。


 ずっと黒瀬さんの話を考えていた。


 未来は変えられる。


 それはもう知っている。


 俺自身が、何度も見てきた。


 でも。


 未来を変えれば、必ず良くなる。


 そこまでは。


 誰も保証してくれない。


「…………」


 赤信号。


 車を止める。


 スマホが震えた。


 美咲。


『結衣寝たよ』


『ゼロ抱いてる』


 続けて写真。


 布団の中。


 眠っている結衣。


 その腕の中にはゼロ。


「…………」


 黒瀬さんの事務所にあった写真が浮かぶ。


 紗奈。


 笑っていた。


 普通の女の子だった。


 結衣と同じように。


 誰かの大事な娘だった。


 俺は返信する。


『今から帰る』


 すぐに既読。


『気をつけて』


「…………」


 信号が青になる。


 車を走らせる。


     ◇


 家に着く。


「ただいま」


「おかえり」


 美咲が小さな声で答える。


「結衣は?」


「寝たって送ったやん」


「確認です」


「何の」


「生存確認」


「怖いって」


「前にも言われたな」


 美咲が俺を見る。


「どうやった?」


「…………」


「黒瀬さん」


「いろいろ聞いた」


「大丈夫?」


「うん」


「ほんと?」


「ほんと」


 少しだけ迷って。


 付け加える。


「明日、話す」


 美咲が一瞬だけ俺を見る。


「分かった」


 それだけ。


「先寝るね」


「うん」


「慎吾も早く寝りよ」


「はい」


 美咲が寝室へ向かう。


 俺も少しして、結衣の部屋を覗いた。


「…………」


 眠っている。


 ゼロを抱えて。


 布団を半分蹴っている。


「またか」


 そっと掛け直す。


 ゼロを見る。


 能力を使おうと思えば。


 今すぐ使える。


 算出不能の先。


 もっと深く。


 何か出るかもしれない。


「…………」


 でも。


 今日は見ない。


 黒瀬さんの娘と。


 結衣を。


 同じ未来に勝手に重ねたくない。


 未来が似ているのか。


 違うのか。


 今は分からない。


 分からないなら。


 まだ決めない。


「おやすみ」


 小さく言う。


 結衣は返事をしない。


 当たり前だ。


 俺は部屋を出た。


     ◇


 自分の部屋で、未来価格ノートを開く。


『HOSHIMIと星見事故――強い関連』


『HOSHIMIが事故原因とは未確定』


『黒瀬隆一』


『娘 紗奈』


『複数の死亡未来を観測』


『未来を変えるたび、別の死亡未来を観測』


『最後の事故のみ事前観測できず』


 そこでペンを止めた。


『未来は収束する?』


 書く。


 少し考えて。


 横に。


『黒瀬の仮説。未確定』


 さらに。


『未来改変が最後の事故を招いた?』


 その横にも。


『不明』


「…………」


 分からないことばかりだ。


 でも。


 今日、一つだけ分かった。


 黒瀬さんは。


 未来の正解を知っている人じゃない。


 未来を見ながら。


 間違えて。


 迷って。


 それでも娘を救おうとした父親だった。


 そして。


 救えなかった。


「…………」


 俺は最後に一行書いた。


『一人で決めない』


 ノートを閉じる。


 机の横。


 スマホには。


 さっき美咲から届いた写真が残っている。


 結衣。


 ゼロ。


 眠っている。


 今は。


 それでいい。


 HOSHIMIをどうするのか。


 続けるのか。


 止めるのか。


 何を変えるのか。


 俺一人で決めることじゃない。


 でも。


 明日。


 美咲には。


 ちゃんと話そうと思った。



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