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『俺だけ「10年後の値段」が見える。~未来価格で億万長者になるはずが、娘の絵に3億円の値札がついていた~』  作者: かばっち


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第33話 ゼロが「止まって」と言う日




 美咲が検討会に参加してから、四日後。


 仕事中、スマホが震えた。


 高城さんからだった。


『慎吾さん、今週どこかで大学に来られませんか?』


「…………」


 嫌な予感はしない。


 むしろ逆だ。


 この人がこういう連絡をしてくるときは、だいたい研究が進んでいる。


『何かありました?』


 送る。


 すぐに返ってきた。


『作ってみました』


「何を?」


 今度は文字にせず、そのまま呟いた。


 続けて画像が送られてくる。


「…………」


 腕時計?


 黒いバンドに、小さな四角い端末がついている。


 市販のスマートウォッチにも見えるけど、やたら分厚い。


『まさか』


『そのまさかです』


 返信が早い。


『奥様の案を試せる簡単な試作機です』


「早すぎん?」


 まだ四日だぞ。


『高城さん、仕事してます?』


『これが仕事です』


「そうだった」


 研究者だった。


『あと、できれば結衣ちゃんも一緒に』


「…………」


 結衣。


 やっぱり、そうなるか。


『実際に子供がどう反応するか見たいです』


 俺は少し考えた。


 研究の実験に、結衣を参加させる。


 以前の俺なら、たぶんすぐに返事をしていた。


 未来を変えられるかもしれない。


 だったらやる。


 でも今は、一度考える。


『危ないことは?』


『ありません。音と振動で警告するだけです』


『個人情報とかは?』


『今回は記録しません。反応を見るだけです』


「…………」


 なら、俺だけで決めることじゃない。


『妻に聞いてみます』


 送信。


 数秒後。


『お願いします』


 スマホを置く。


 その直後、また震えた。


『ちなみに』


「まだあるん?」


『ゼロも持ってきてもらえますか?』


「…………」


 そっちが本命じゃないだろうな。



     ◇



「行く!」


「即答やん」


 その日の夕飯。


 大学の話をすると、結衣は一瞬で食いついた。


「おじちゃんとこ!」


「高城さんな」


「ゼロみせる!」


「この前も見せたやろ」


「またみせる!」


「高城さんも大変だな」


 美咲を見る。


「どうする?」


「何が?」


「行っていい?」


「危なくないんやろ?」


「腕時計みたいなのつけて、音が鳴るだけだって」


「ならいいんじゃない?」


「美咲も来る?」


「私はいい」


「あなたの案ですよ」


「私、言っただけやもん」


「それを四日で作ったらしい」


「暇なん?」


「研究者に怒られるぞ」


 美咲が笑う。


「でも、すごいね」


「うん」


「そんなすぐ作れるんや」


「試作品らしいけど」


「じゃあ行っておいで」


「了解」


「パパ!」


「はい」


「ゼロも!」


「持っていきます」


「わたしも!」


「あなたが主役です」


「しゅやく!」


 意味は分かってなさそうだ。


 結衣は嬉しそうにゼロを持ち上げた。


「ゼロ、だいがくいくよ!」


 ウィーン。


 ゴン。


 壁にぶつかった。


「大学行く前に壊れそうだな」


「わざと!」


「その設定まだ生きてたん?」



     ◇



 土曜日。


 大学の研究室へ入ると、高城さんが机の上に小さな端末を並べていた。


「こんにちは」


「おじちゃーん!」


「はい。もう訂正は諦めました」


「順応しましたね」


「研究者ですから」


「関係ある?」


 結衣はすぐにゼロを見せる。


「みて!」


「今日も元気?」


「げんき!」


「宇宙には?」


「いく!」


「研究費が必要だな」


「変なこと教えないでください」


 高城さんが笑いながらゼロを受け取る。


 その近くに、写真で見た端末があった。


「これ?」


「はい」


 手に取る。


 やっぱり腕時計に近い。


 ただし画面はなく、小さなスピーカーとボタンらしきものがついている。


「何ができるんです?」


「振動と音声です」


「それだけ?」


「それだけです」


「四日かけて?」


「慎吾さん」


「はい」


「簡単そうに言いますね」


「すみません」


「中身は既製品の組み合わせですけど、安定して動かすのはそれなりに大変なんですよ」


「じゃあ簡単ではない?」


「帰ります?」


「ごめんなさい」


 高城さんが笑う。


「今日は技術そのものの試験というより、子供がどう反応するかを見たいんです」


「なるほど」


「危険を予測する部分はまだ接続していません。今日は私がボタンを押したら作動します」


「手動?」


「はい」


「じゃあ今日だけ高城さんが危険予測AI」


「そうなります」


「精度低そう」


「帰ります?」


「二回目だ」


 結衣が俺たちを見る。


「なにするの?」


「あ、そうだった」


 高城さんがしゃがむ。


「結衣ちゃん」


「はい!」


「これ、つけてみてくれる?」


「とけい?」


「そう。時計みたいなもの」


「ピンクがいい!」


「…………」


 高城さんが固まった。


 端末は黒い。


「美咲の言った通りになったな」


「何がです?」


「子供が嫌がるものは駄目って」


「ああ……」


「くろやだ!」


「第一関門ですね」


「明確に不評です」


「色、大事ですね」


 高城さんが真面目な顔で頷く。


「次はピンクも用意します」


「本気で対応するんだ」


「使用者の意見なので」


 こういうところは真面目だ。



     ◇



 何とか端末をつけてもらった。


「おもい」


「第二関門」


「すぐ出ますね」


「おもい!」


「分かった分かった」


 高城さんがパソコンへ向かう。


「では、一度鳴らします」


「はい」


「結衣ちゃん」


「なに?」


「その時計から声がするよ」


「しゃべるの?」


「しゃべるよ」


「ゼロも?」


「ゼロは今日はしゃべらないかな」


「しゃべるよ!」


「設定上はしゃべるそうです」


「難しいな」


 高城さんがボタンを押す。


 端末が震えた。


 ブブッ。


 続いて、機械的な女性の声。


『危険を検知しました。停止してください』


「…………」


 結衣は無反応だった。


「結衣?」


「なに?」


「今、聞こえた?」


「きこえた」


「何て言った?」


「わかんない」


「…………」


 高城さんと顔を見合わせる。


「四歳には難しいですね」


「でしょうね」


「言葉を変えましょう」


 高城さんがパソコンを操作する。


 少しして。


「これなら?」


 ブブッ。


『あぶないよ。とまって』


 結衣が端末を見る。


「…………」


「どう?」


「あぶない?」


「さっきより反応した」


「ですね」


 もう一度。


 ブブッ。


『あぶないよ。とまって』


 結衣が端末を見る。


 でも、すぐに興味を失った。


「ゼロであそぶ」


「あ」


「第三関門」


「飽きましたね」


「早いな」


「四歳ですから」


 結衣が端末を外そうとする。


「これいらない」


「待って待って」


「いや」


「完全に美咲の言った通り」


「奥様、連れてくればよかったですね」


「たぶん『だから言ったやん』で終わりますよ」


「それでも聞きたいです」


 研究者、強い。



     ◇



 結衣がゼロで遊んでいる間、高城さんと俺は端末を見ていた。


「難しいですね」


「何が?」


「警告です」


「でも『止まって』なら意味は分かってたじゃないですか」


「意味が分かることと、実際に聞くことは別です」


「…………」


 高城さんが結衣を見る。


「毎日これをつけて、何度も鳴ったら慣れるでしょう」


「ああ」


「危険じゃないときに誤作動したら、もっと早く信用しなくなる」


「それは大人でも同じですね」


「そうです」


 警告が多すぎれば、人は見なくなる。


「じゃあどうするんです?」


「それを考えてます」


「また研究?」


「研究です」


「便利だな、その言葉」


「でしょう?」


 そのとき。


「ゼロ!」


 結衣の声。


 床を歩いていたゼロが、机の脚へ向かっている。


 ウィーン。


 ゴン。


 倒れた。


「またぶつかった」


「わざと!」


「絶対違う」


 結衣がゼロを起こす。


「ゼロ、こっち!」


 床に置く。


 今度は結衣のほうへ歩いてくる。


「おいで!」


 結衣が笑う。


 高城さんが、その様子をじっと見ていた。


「…………」


「何です?」


「いや」


「また研究者の顔してる」


「どんな顔ですか」


「何か思いついた顔」


 高城さんは答えず、結衣とゼロを交互に見る。


「慎吾さん」


「はい」


「ゼロ、結衣ちゃんがかなり気に入ってますよね」


「まあ」


「どれくらい?」


「最近ずっと一緒ですよ」


「寝るときも?」


「持っていってます」


「外出は?」


「今日も持ってきたし」


「…………」


 高城さんが少し考える。


「警告するものが、知らない機械だから駄目なのかもしれません」


「…………」


「普段から一緒にいるものなら?」


 俺はゼロを見る。


「まさか」


「例えばですよ」


 高城さんが立ち上がる。


「子供が普段から使っているもの。気に入っているもの。信頼しているもの」


「それが警告する?」


「はい」


「でもゼロ、しゃべりませんよ」


「今は」


「…………」


 今は。


 その言い方。


 嫌いじゃない。


「少し待ってください」


「どこ行くんです?」


「スピーカー取ってきます」


「何する気?」


「簡単な実験です」


「また試作?」


「五分ください」


「研究者、五分でも作るんだ」


「音を鳴らすだけです!」


 奥から声が返ってきた。



     ◇



 十分後。


「五分って言いましたよね」


「研究では誤差です」


「倍ですよ」


「できました」


 机の上にはゼロ。


 その背中に、小さなスピーカーがテープで貼られている。


「雑!」


「試作です」


「その言葉、無敵ですね」


「機能すればいいんです」


 結衣が不安そうに見る。


「ゼロいたい?」


「痛くないよ」


「ほんと?」


「実験が終わったら取るから」


「やくそく?」


「約束」


 結衣が納得した。


「で?」


「さっきと同じです。ただ、今度はゼロから声が出ます」


「声は?」


「さっきと同じ」


「意味あります?」


「試してみないと分かりません」


「研究だ」


「覚えましたね」


 結衣にゼロを抱えて歩いてもらう。


 数歩。


 高城さんがボタンを押した。


『あぶないよ。とまって』


 結衣は歩き続けた。


「駄目ですね」


「駄目だな」


「もう一回」


『あぶないよ。とまって』


 今度は結衣が振り返った。


「ゼロ?」


「お」


 高城さんの顔が変わった。


「今、反応しましたね」


「しました」


「もう一度」


「待って」


「何です?」


「声」


「はい?」


「これ、知らない女の人の声ですよね」


「合成音声です」


「だからじゃない?」


「…………」


 美咲が言っていた。


 子供が信頼できるもの。


 ゼロから声がしても、その声が知らない誰かなら。


「じゃあ、どうします?」


「ゼロの声なんてないですよ」


「作りましょう」


「どうやって?」


 高城さんが結衣を見る。


「結衣ちゃん」


「なに?」


「ゼロって、どんな声?」


「ゼロ?」


「うん」


「しゃべるよ!」


「何て言う?」


「ゆい!」


「あとね」


「うん」


「とまって!」


 俺と高城さんは、同時に動きを止めた。


「何で?」


「何が?」


「ゼロ、止まってって言うの?」


「いうよ」


「いつ?」


「あぶないとき!」


「…………」


 俺には心当たりがあった。


「美咲だ」


「奥様?」


「検討会のあと、結衣に教えたんだと思います」


「なるほど」


 美咲はもう、結衣の中に。


『危ないときに止まってと言うゼロ』


 を作っていた。


「じゃあ」


 高城さんがスマホを差し出す。


「結衣ちゃんが、ゼロの声やってみて」


「わたし?」


「うん」


「いいよ!」


 録音を始める。


「ゼロです!」


「自己紹介から?」


「いいじゃないですか」


「あぶないよ!」


「うん」


「とまって!」


「よし」


 高城さんが音声を少し加工する。


 数分後。


「できました」


「早い」


「今回は本当に簡単です」


 再び結衣が歩く。


 高城さんがボタンを押した。


 ゼロから。


『ゆい!』


「!」


 結衣がすぐに振り返った。


『あぶないよ! とまって!』


 ピタッ。


 止まった。


「…………」


 俺と高城さんは、しばらく無言だった。


「ゼロ!」


 結衣が笑う。


「しゃべった!」


 走って戻ってくる。


「パパ! ゼロしゃべった!」


「うん」


「すごい!」


「うん」


「もういっかい!」


 高城さんを見る。


 笑っていなかった。


 真剣な顔で、結衣を見ている。


「今」


「止まりました」


「偶然じゃ?」


「もちろん、その可能性はあります」


「ですよね」


「だから」


 ようやく笑った。


「試します」


「何回?」


「いっぱい」


「結衣が飽きるまで?」


「それが限界ですね」


「研究対象、四歳ですからね」


「重要な制約です」



     ◇



 結果。


 知らない合成音声で十回。


 すぐに止まったのは二回。


 ゼロから流した結衣自身の声で十回。


 すぐに止まったのは八回。


「…………」


「差、出ましたね」


「出ましたね」


 もちろん、これだけで何かが証明されたわけじゃない。


 対象は一人。


 たった二十回。


 しかも研究室の中でやった、遊びの延長みたいな実験だ。


 順番による影響もあるだろうし、途中で結衣が実験の意味を理解した可能性だってある。


 研究としては、まだ入口にも立っていない。


 それでも。


「面白い」


 高城さんが何度も記録を見る。


「そんなに?」


「はい」


「でも自分の声ですよ?」


「今は、それでいいんです」


「…………」


「重要なのは、警告の内容だけじゃない」


「誰が言うか?」


「それもあります」


「じゃあ?」


 高城さんは少し考えてから言った。


「子供が、聞こうと思えるかです」


「…………」


「どれだけ正しい警告でも、無視されたら意味がない」


「はい」


「でも、普段から信頼している存在が呼びかけたら」


 結衣を見る。


「反応する可能性が上がる」


「なるほど」


「これ、ちゃんと調べたいです」


「研究として?」


「はい」


「そこまで?」


「子供向けの警告インターフェースとして、一つテーマを立ててもいい」


「美咲にも?」


「相談したいです。発案者ですから」


「本人、そこまで考えてませんよ」


「それでもです」


「…………」


 美咲の未来影響度。


 九十一。


 その数字の意味が。


 少しだけ分かった気がした。



     ◇



「慎吾さん」


「はい?」


「もう一つ」


 高城さんが腕時計型の端末を手に取る。


「前回、慎吾さんが言った環境側からの介入」


「車とか信号?」


「はい」


「それが?」


「奥様の案と組み合わせられるかもしれません」


「どうやって?」


 高城さんはホワイトボードに、子供、腕時計、車、信号、道路を簡単な図で描いた。


「今は、それぞれが別々です」


「はい」


「でも、街全体が同じ危険情報を共有したら?」


「…………」


 高城さんが線でつないでいく。


「子供が交差点へ近づく。そこへ車も近づく。街側のシステムが危険を予測したら、車へ減速を促す」


「はい」


「同時に、子供本人にも『止まって』と伝える」


「…………」


 前回、俺が言ったこと。


 美咲が言ったこと。


 二つが、一つになっていく。


「それなら」


 俺は言った。


「どっちかが失敗しても、もう片方で助かるかもしれない」


「そうです」


「親がスマホを見てなくても」


「子供へ直接届く」


「子供が止まらなくても」


「車側が減速している」


「…………」


 なるほど。


「安全を一個に任せないんだ」


「そういうことです」


 高城さんが笑う。


「私は、その方向がいいと思います」


「教授は?」


「これから説得します」


「まだなん?」


「研究は根回しも必要なんですよ」


「急に会社員っぽい」


「大学も組織ですから」


 そのとき。


 視界の端に文字が浮かんだ。



【未来変動を検知】



「…………」


 来た。


 でも。


 すぐには見ない。


 高城さんの話を最後まで聞く。


「慎吾さん?」


「大丈夫です」


「頭痛?」


「まだ大丈夫」


「まだ?」


「こっちの話です」


 俺は一度、目を閉じる。


 深く見ない。


 必要なところだけ。


 ゆっくり目を開く。



【未来改変率:1.82% → 2.47%】



「…………」


 また上がった。


 さらに。



【星見事故との関連性:低下】



「よし……」


「何がです?」


「いや」


 良い方向。


 少なくとも今は。


 そして。



【新規関連事象を検知】


【個人警告端末】


【開発開始】



「始まった……」


「慎吾さん?」


「高城さん」


「はい」


 俺は腕時計型の試作機を見る。


「これ、ちゃんと作るんですよね?」


「そのつもりです」


「途中でやめたり」


「研究なので可能性はあります」


「そこは断言してよ」


「成果が出れば続けます」


「じゃあ」


 俺は結衣を見る。


「お願いします」


「…………」


「子供がちゃんと使えるやつ」


「はい」


「作ってください」


 高城さんは少しだけ笑った。


「そのために、今日呼んだんですよ」



     ◇



 帰る前。


 ゼロの背中につけたスピーカーを外す。


「はい。元通り」


「ゼロしゃべらない?」


「今はね」


「やだ!」


「え?」


「しゃべる!」


 結衣が高城さんを見る。


「おじちゃん!」


「はい」


「ゼロしゃべるようにして!」


「…………」


 高城さんが俺を見る。


「依頼されました」


「断っていいですよ」


「研究者としては興味があります」


「やめて」


 高城さんがしゃがむ。


「結衣ちゃん」


「なに?」


「いつか、もっと上手にしゃべるゼロ作ろうか」


「ほんと?」


「うん」


「とぶ?」


「…………」


「宇宙までだそうです」


「それは別の研究室かな」


「そこは逃げた」


 結衣がゼロを抱きしめる。


「ゼロね」


「うん」


「わたしまもるの!」


「…………」


 俺と高城さんが同時に黙った。


「誰から聞いた?」


「ママ!」


「やっぱり」


「ママがね」


 結衣がゼロを持ち上げる。


「ゼロが『とまって』っていったら、とまる!」


「結衣」


「なに?」


「何でゼロが言ったら止まるの?」


「…………」


 結衣が、四歳なりに少し考える。


 そして。


「ゼロがいうから!」


「…………」


 それだけ。


 理屈なんてない。


 危険だからでも。


 AIだからでも。


 高性能だからでもない。


 ゼロが言うから。


 止まる。


 高城さんが小さく呟いた。


「信頼か……」


 俺はゼロを見る。


 ただのおもちゃ。


 傷だらけ。


 裏には、結衣が書いた『ゆい』の文字。


「…………」


 見る。



【現在価格:186,000円】


【10年後の価格:――――】



 数字はやっぱり出ない。


 代わりに、新しい表示が浮かんだ。



【関連事象:個人警告端末】



「…………」


 やっぱり。


 ゼロ。


 お前、関係あるんだな。



     ◇



 家に帰ると。


「どうだった?」


 美咲が聞く。


「高城さんが燃えてた」


「何に?」


「あなたの案」


「まだやってたん?」


「四日で試作品作る人ですよ」


「暇なん?」


「だから仕事だって」


 結衣が走ってくる。


「ママー!」


「何?」


「ゼロしゃべった!」


「え?」


「とまってって!」


「ほんと?」


「うん!」


 美咲が俺を見る。


「何したん?」


「ゼロにスピーカーつけた」


「雑やね」


「俺も言った」


「でもね!」


 結衣が割り込む。


「ゼロがとまってっていったから、とまった!」


「えらいやん」


 美咲が結衣の頭を撫でる。


「危ないときは止まるんよ」


「うん!」


「ゼロが言わんでもね」


「…………」


「そこ大事」


「確かに」


 俺と高城さんは、完全にゼロありきで考え始めていた。


「研究者に伝えときます」


「何を研究しよるん、ほんとに」


 美咲が呆れて笑った。



     ◇



 その夜。


 未来価格ノートを開く。



『個人警告端末 開発開始』


『未来改変率 2.47%』


『星見事故との関連性 低下』


『ゼロ 個人警告端末と関連』



 そこまで書いて、少し手を止める。


 未来改変率は、最初は〇・一四%だった。


 今は二・四七%。


 数字だけ見れば、まだ小さい。


 でも。


 ゼロじゃない。


 少しずつ。


 確実に。


 未来は動いている。


「…………」


 結衣の絵を見る。



【10年後の価格:293,600,000円】



 まだ変わらない。


 事故の未来は、消えていない。


「まあ」


 すぐには変わらないよな。


 黒瀬が見た未来。


 十四歳の結衣。


 駅。


 制服。


 友達。


 笑っている。


 そして。



『左手に――』



「…………」


 聞かなかった。


 あえて、聞かなかった。


 でも今日。


 結衣の左手には、試作機がついていた。


「まさかな」


 偶然。


 そう思いたい。


 いや。


 偶然でもいい。


 まだ答えを知る必要はない。


 俺はノートを閉じた。



     ◇



 翌週。


 高城さんは、教授へ一つの研究案を提出した。


 子供本人へ危険を伝える、小型の個人警告端末。


 街側の事故予測システムと連携し、危険が迫ったときだけ本人へ知らせる。


 単に警告を鳴らすのではない。


 子供自身が信頼できる存在を通して危険を伝え、同時に車両や信号、道路設備へも働きかける。


 一つの警告に命を預けない。


 人と機械。


 子供と街。


 複数の安全策をつなぎ、事故そのものを未然に防ぐ。


 まだ構想段階。


 正式な研究名さえ決まっていない。


 それでも高城さんは、教授へ提出する資料を作るため、仮の名称を一つ置いた。


 研究内容を表す英単語を並べ、その頭文字を拾っただけの、研究室内で使うための仮称。


 深い意味などなかった。


 少なくとも。


 高城さんは、そのつもりだった。


 資料の右上。


 プロジェクト仮称。



『HOSHIMI』



 その六文字が。


 黒瀬のノートに何年も前から書かれていた、


『星見事故』


 という言葉と同じ音を持つことを。


 このときの俺は。


 まだ知らない。

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