第24話 未来は無料じゃない
「痛っ……」
朝。
目が覚めて、最初に感じたのは頭痛だった。
「慎吾?」
「ん?」
「頭痛いん?」
「ちょっと」
「昨日も言ってなかった?」
「そうだっけ」
「最近多いよ」
「…………」
気づかれてる。
「薬飲む?」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないなら病院行ってよ」
「うん」
「仕事休む?」
「そこまでじゃない」
美咲がじっと俺を見る。
「無理せんでよ」
「分かった」
その横で、結衣が俺の顔を覗き込んだ。
「パパ、あたまこわれた?」
「壊れてません」
「なおす?」
「電池では直りません」
「高城おじちゃん?」
「人間を高城さんに修理させないで」
「なおせそうやん」
「ロボットじゃないんだから」
美咲が笑う。
「でも慎吾なら、ネジ一本くらい余ってそう」
「どういう意味だよ」
いつもの朝。
頭痛だけが。
いつもと違った。
◇
会社。
昼休み。
俺は能力を試していた。
机の上。
ボールペン。
見る。
【現在価格:120円】
【10年後の価格:6,000円】
「…………」
何ともない。
次。
腕時計。
【現在価格:68,000円】
【10年後の価格:1,800,000円】
これも。
何ともない。
「じゃあ……理由」
意識を少し深くする。
【価格上昇理由:希少価値――】
ズキッ。
「……やっぱり」
軽い頭痛。
次。
「関連人物」
さらに深く。
ズキ。
「っ……」
さっきより痛い。
そして。
未来の事件。
関連事象。
もっと先。
もっと詳しく。
そう意識した瞬間。
「痛っ……!」
頭の奥に強い痛みが走った。
すぐにやめる。
「…………」
分かった。
たぶん。
階層みたいなものがある。
表面。
価格。
その理由。
関連人物。
関連事象。
そして。
未来の詳細。
深く知ろうとするほど。
身体への負担が大きくなる。
「やっぱり……代償があるんだ」
未来を見ること自体じゃない。
未来を。
深く知ろうとすることに。
「未来は、タダじゃないってことか……」
その言葉を口にした瞬間。
黒瀬から届いたメールを思い出した。
『未来は、知れば得をするとは限りません。』
「…………」
あの言葉。
もしかして。
黒瀬は。
この代償まで知っている?
「黒瀬も……?」
もし。
あいつも何らかの方法で未来を知ることができるなら。
黒瀬にも。
同じような代償がある?
「…………」
分からない。
でも。
ますます。
聞かなきゃいけないことが増えた。
◇
午後。
スマホに高城から連絡が来た。
『今度、研究室見学します?』
「見学?」
『個人支援者向けの見学日があるんです』
続けて。
『支援いただいた研究の説明もあります』
「…………」
大学。
研究室。
あの教授。
直接。
話せる。
『行きます』
即答。
すぐに返信。
『早いですね』
「…………」
確かに。
『興味あるんで』
『来週です。詳しい時間送ります』
『お願いします』
大学。
研究室。
教授。
そして。
黒瀬。
何か。
聞けるかもしれない。
◇
「来週、大学行ってくる」
夕飯。
美咲の箸が止まった。
「何しに?」
「研究室」
「…………」
「何?」
「慎吾」
「はい」
「転職するん?」
「しません」
「最近なんなん?」
「…………」
正しい。
数か月前。
会社。
家。
娘。
普通。
今。
株。
中古品。
旧車。
工場設備。
土地。
大学。
謎の投資家。
自分で考えても。
俺。
何してるんだ。
「ちょっと」
俺は言った。
「やりたいことができた」
「何?」
「…………」
結衣を見る。
ご飯を食べている。
頬に米粒。
一個。
ついてる。
「十年後も」
「うん」
「三人で笑ってたい」
美咲が俺を見る。
「何それ」
そして。
笑った。
「普通やん」
「うん」
「それなら別に、大学行かんでもできるやろ」
「まあね」
「変なの」
普通。
そう。
普通なんだ。
でも。
その普通が。
今の俺には。
一番欲しい。
◇
翌週。
大学。
「慎吾さん」
「高城さん」
「今日はありがとうございます」
「こちらこそ」
研究室へ入る。
「おお……」
ロボット。
センサー。
カメラ。
パソコン。
大量の配線。
何に使うのか分からない機械。
「好きです?」
「こういうの?」
「はい」
「好きですね」
「男の人、好きですよね」
「高城さんも男でしょ」
「私は仕事です」
「絶対好きでやってるでしょ」
「ばれました?」
高城が笑う。
「これ何です?」
「移動支援用です」
「これは?」
「環境認識」
「これ?」
「それ高いので触らないでください」
手を引っ込める。
「すみません」
「慎吾さん、子供みたいですね」
「四十一歳です」
「知ってます」
でも。
普通に。
面白い。
未来とか。
事故とか。
関係なく。
こういう場所は。
ちょっとワクワクする。
◇
「高城君」
声。
振り返る。
「先生」
教授。
ネットの記事で見た。
アステラとの共同研究。
そして。
以前。
写真から見えた。
【未来影響度:87】
その本人。
「こちらは?」
「個人支援いただいた慎吾さんです」
「ああ」
教授が俺へ手を差し出す。
「ありがとうございます」
「いえ」
握手。
当然。
人そのものには何も表示されない。
「三十万円。大切に使わせていただきます」
「事故を減らしてください」
教授が少し笑った。
「もちろんです」
白衣。
胸元。
名札。
何気なく見る。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:6,400,000円】
「…………」
六百四十万円。
やっぱり。
この教授も。
十年後。
何かある。
有名になる?
それとも。
別の理由?
「…………」
やめよう。
今日は。
深く見ない。
頭痛。
まだ。
完全には消えていない。
◇
研究説明が始まった。
子供の転倒。
飛び出し。
溺水。
家庭内事故。
交通事故。
AI。
センサー。
ロボット。
「一つのロボットだけでは無理なんです」
教授が模型を見せる。
街。
道路。
住宅。
学校。
公園。
研究施設。
「街全体?」
「そうです」
「センサーとか?」
「センサー、車、ロボット、信号、見守りカメラ。全てを連携させます」
「…………」
「個別の機械に未来を予測させるのではありません」
教授が模型の道路を指さす。
「街全体で危険を予測する」
未来。
予測。
その言葉に。
どうしても反応してしまう。
「これ、場所は決まってるんですか?」
「実証都市ですか?」
「はい」
「まだです」
「候補は?」
「いくつかあります」
高城が模型の一角を指さす。
「この周辺も候補ですね」
「…………」
頭に浮かぶ。
あの土地。
八百万円。
十年後。
一億八千四百万円。
【価格上昇理由:周辺開発】
【関連事象:次世代研究――誘致】
「やっぱり……」
「何がです?」
「あ、いや」
黒瀬。
あいつは。
あの土地を買った。
この計画を。
知っていた?
いや。
どこまで。
知っていた?
◇
見学終了。
高城は別の支援者と話している。
「じゃあ俺は……」
帰ろうとした。
「慎吾さん」
「はい?」
教授。
「少しいいですか」
「はい」
廊下。
二人。
「高城君から聞きました」
「何を?」
「黒瀬さんと会われたそうですね」
「…………」
知ってるのか。
「はい」
「彼とは……どこまで?」
「どこまで?」
「何を話されました?」
「投資の話をしたくらいです」
「そうですか」
教授の表情。
一瞬。
少しだけ。
安心したように見えた。
「何かあるんですか?」
「…………」
教授が言葉を選ぶ。
「彼には、気をつけたほうがいい」
「なぜです?」
「黒瀬さんは……」
一拍。
「未来を信じすぎる」
「未来?」
「投資家ですから、将来予測をするのは当然でしょう」
「はい」
「でも、彼は少し違う」
「何が?」
教授が俺を見る。
「未来は予測できると、本気で思っている」
「…………」
「そして」
声が。
少し低くなる。
「自分の予測は絶対に外れない、と」
心臓が。
速くなる。
「外れたことは?」
「何がです?」
「黒瀬さんの予測」
教授が黙る。
「先生が知ってる範囲で」
「…………」
廊下。
遠くから。
学生の話し声。
俺と。
教授。
「私が知る限り」
ゆっくり。
「一度もありません」
「…………」
「株も?」
「はい」
「不動産も?」
「はい」
「技術予測も?」
「はい」
「時期まで?」
教授が俺を見る。
「恐ろしいほど正確です」
「…………」
背中が。
冷える。
「例えば?」
「アステラです」
「…………」
「三年前のことです」
教授が続ける。
「高城君たちが、今の事故予測研究を本格的に始める前」
「はい」
「黒瀬さんは言いました」
教授が。
当時の黒瀬の言葉を。
そのまま再現する。
『三年後、この会社は子供の事故予測を研究している』
「…………」
三年前。
そして。
今。
その通りになっている。
「それだけではありません」
「まだあるんですか?」
「研究施設です」
「…………」
あの土地。
頭に浮かぶ。
「二年前から言っていました」
『この地域に、大規模な実証研究施設ができる』
「…………」
だから。
買った?
あの土地を。
八百万円。
現金で。
「先生」
「はい」
「黒瀬さんは……」
喉が。
乾く。
「どうやって未来を予測してるんです?」
教授は。
ゆっくり。
首を横に振った。
「分かりません」
「本人は何て?」
「データだと言っています」
「データ?」
「統計。公開情報。市場。人脈」
「…………」
「全てを分析すれば、未来はある程度読める、と」
「先生は信じてる?」
「何をです?」
「データだけで、そこまで分かるって」
教授が。
少しだけ笑った。
「無理でしょうね」
「…………」
「少なくとも」
教授は言った。
「私にはできません」
「…………」
黒瀬隆一。
三年前。
アステラの研究内容を言い当てた。
二年前。
まだ存在しない研究施設を言い当てた。
土地。
株。
技術。
時期。
そして。
俺に送ってきたメール。
『星見という言葉を見つけても、今は追わない方がいい。』
俺が。
誰にも話していない言葉。
能力で。
初めて見た。
星見。
「…………」
もう。
偶然では。
説明できない。
黒瀬隆一。
あの男。
俺と同じ能力なのかは。
まだ分からない。
でも。
一つだけ。
確信した。
黒瀬は。
未来を。
見ている。




