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『俺だけ「10年後の値段」が見える。~未来価格で億万長者になるはずが、娘の絵に3億円の値札がついていた~』  作者: かばっち


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第22話 黒瀬隆一




「壺買って帰ってきたら離婚ね」


「なんで壺?」


「今日、怪しい投資家と会うんやろ?」


「投資家とは言ったけど、怪しいとは言ってない」


「慎吾が怪しい顔してる」


「俺の顔で判断すんな」


 黒瀬と会う当日。


 朝食の席で、美咲には「投資関係で知り合った人と話をする」とだけ説明していた。


 本当のことなんて言えるわけがない。


 未来が見えるかもしれない男。


 十年後、一億八千四百万円になる土地を先回りして買った男。


 そして、結衣の未来に対する影響度が九十九。


 そんな説明をしたところで、まず俺の頭を心配される。


「百万円の水もダメよ」


「買いません」


「絶対儲かる仮想通貨」


「買いません」


「一千万円の土地」


「…………」


「なんで黙るん?」


「土地はケースバイケースで」


「慎吾!」


「買いません!」


 隣でパンを食べていた結衣が、俺と美咲を交互に見る。


「パパ、おこられてる?」


「怒られてません」


「おこられてるよ」


「最近お前、判定厳しくない?」


「ママつよい?」


「強い」


「慎吾?」


「……優しいです」


 結衣がケラケラ笑う。


 いつも通りの朝。


 そのはずなのに。


 頭の片隅には、ずっと黒瀬がいた。



     ◇



 午後一時五十分。


 約束のカフェには十分早く着いた。


 店の奥。


 入口が見える席を選ぶ。


「…………」


 落ち着かない。


 別に取引をするわけじゃない。


 金を渡すわけでもない。


 ただ話すだけ。


 それなのに、知らない番号から電話がかかってきたときより緊張している。


 未来価格ノートは家に置いてきた。


 さすがに目の前で、


『黒瀬隆一 怪しい』


『未来見えてる?』


 なんて書くわけにはいかない。


 持っているのはスマホだけ。


 時間を見る。


 午後一時五十八分。


 入口のドアが開いた。


 一人の男が入ってくる。


 四十代後半くらいだろうか。


 黒いジャケットに白いシャツ。


 派手なブランド物を見せつけているわけでもなく、髪型も普通。


 想像していたより、ずっと普通だった。


 もっとこう。


 見るからに怪しい金持ちが来ると思っていた。


 サングラスとか。


 金の時計とか。


 後ろに二人くらい黒服とか。


 いない。


 ただの、少し仕事ができそうなおっちゃんだ。


 男が店内を見回す。


 俺と目が合った。


「慎吾さん?」


「はい」


「黒瀬です」


「どうも」


 立ち上がる。


 軽く握手。


 手に触れても、当然何も表示されない。


 人間そのものに価格は出ない。


「突然お電話して、すみませんでした」


「いえ」


「コーヒーで?」


「はい」


 黒瀬が店員を呼ぶ。


 慣れている。


 落ち着いている。


 俺とは違う。


「高城さんから聞きました」


「何を?」


「面白い方がいる、と」


「俺?」


「ええ」


「どこが?」


 黒瀬が少し笑った。


「未来の価値が高いものを好むところです」


「…………」


 言い方。


 気になる。


「高城さん、そんなこと言ってました?」


「旧車の話ですよ」


「ああ」


「かなり珍しい個体を買われたそうで」


「たまたまです」


「たまたま」


 黒瀬が、わざわざ同じ言葉を繰り返した。


「何です?」


「いえ。運がいい方なんだな、と」


「運だけはいいかもしれません」


「羨ましい」


 笑っている。


 でも。


 何となく。


 探られている。


 そんな感じがする。



     ◇



「アステラ」


 コーヒーが届いたところで、黒瀬が話題を変えた。


「面白い会社でしょう?」


「そうですね」


「慎吾さんも株を?」


「少しだけ」


「なるほど」


「黒瀬さんも?」


「検討しています」


「まだ買ってない?」


「ええ」


 意外だった。


 あれだけ将来性を確信しているような話を高城から聞いていたから、すでに大量に買っていると思っていた。


「十年後には、大きくなっていると思いますよ」


「…………」


 また。


 十年後。


「黒瀬さんって、よく十年後って言いますね」


「そうですか?」


「この前の電話でも」


「投資は長期で見るものですから」


「五年じゃなくて?」


「五年でもいいですよ」


「十五年は?」


「構いません」


「じゃあ、なんで十年?」


 黒瀬がコーヒーカップを口へ運ぶ。


 一口。


 ゆっくり置く。


「区切りがいいから」


「…………」


 嘘。


 そう思った。


 根拠なんてない。


 でも。


 この人にとって、十年という数字には意味がある。


「アステラが大きくなる根拠は?」


「技術ですね」


「それだけ?」


「人もあります」


「人?」


「高城直人」


 即答だった。


「あの人は優秀です」


「知ってるんですか?」


「何度か話しました」


「どれくらい大きくなると思ってます?」


「アステラが?」


「はい」


 黒瀬は少し考えた。


 いや。


 考えるふりをした。


 そんな気がした。


「日本を代表する企業くらいには」


「今、赤字ですよ?」


「知っています」


「従業員も少ない」


「知っています」


「競争相手だって多い」


「そうですね」


「それでも?」


「それでも」


 迷わない。


「根拠は?」


「勘です」


「…………」


 俺も美咲に何度も使った言葉。


 勘。


 他人が言うと、こんなに胡散臭いんだな。


「何です?」


「いや。勘で投資するんだなって」


「慎吾さんもでしょう?」


「俺?」


「アステラへ投資した理由」


「…………」


「全部調べて買いました?」


「まあ……多少は」


「では、あの土地は?」


 来た。


「土地?」


「八百万円の土地」


「…………」


 俺。


 何も言ってない。


「どうしてそれを?」


「やっぱり」


「何が?」


「買おうとしていたんですね」


「…………」


 やられた。


「カマかけました?」


「少し」


「性格悪いですね」


「よく言われます」


 この人。


 やっぱり。


 嫌いかもしれない。



     ◇



「なんで知ってるんです?」


「不動産会社から、購入希望者が他にもいたとは聞いていました」


「名前まで?」


「いいえ」


「じゃあ、なんで俺だと?」


「勘です」


「また勘」


「便利でしょう?」


「便利すぎます」


 黒瀬が笑う。


「でも、あなたは私のことを調べた」


「…………」


「登記を確認したでしょう?」


「なんでそう思うんです?」


「私が逆の立場なら調べます」


「それだけ?」


「それだけです」


 読めない。


 俺が能力を持っていることまで知っているのか。


 それとも本当に、頭の切れる投資家なだけなのか。


「怒っています?」


「少し」


「すみません」


「全然悪いと思ってないでしょ」


「ばれました?」


 高城とは違う。


 高城は話していると安心する。


 黒瀬は逆だ。


 会話するほど、何かを隠されている感じが強くなる。


「土地、なんで買ったんです?」


「安かったからです」


「一年以上売れてなかった」


「だから安かった」


「将来、何かできると思った?」


「思いました」


「何が?」


「研究施設」


「…………」


 あまりにも普通に言うから、反応が遅れた。


「研究施設?」


「ええ」


「どこの?」


「そこまでは分かりません」


「じゃあ、なんで?」


「大学。道路計画。自治体の企業誘致。周辺の人口動態」


 黒瀬が指を一本ずつ立てる。


「公開情報を集めれば、この地域が将来的に開発される可能性は読めます」


「それで八百万円を現金で?」


「はい」


「怖くない?」


「投資ですから」


 簡単に言う。


 俺は知っている。


 あの土地。


 十年後。


 一億八千四百万円。


 それを知らなければ。


 八百万円。


 出せる?


 俺には無理だ。


「慎吾さん」


「はい」


「逆に聞いてもいいですか?」


「何です?」


「あなたは、なぜあの土地を買おうとしたんです?」


「…………」


「不動産投資の経験は?」


「ないです」


「研究施設の計画を?」


「知らなかった」


「周辺開発は?」


「それも」


「なのに、八百万円」


「…………」


 詰んだ。


「勘です」


 俺は答えた。


 一秒。


 黒瀬が吹き出した。


「何です?」


「いや」


「そっちも勘でしょうが」


「そうでした」


「笑うなよ」


「すみません」


 黒瀬がまだ笑っている。


「お互い」


「何です?」


「隠し事が多いですね」


「…………」


 やっぱり。


 この人。


 嫌いだ。


 たぶん。



     ◇



 そのあと一時間ほど、投資やAIについて話した。


 意外だったのは。


 普通に楽しかったこと。


 黒瀬は詳しい。


 俺が知らない会社。


 技術。


 市場。


 話が面白い。


 未来のことさえなければ、また話したいと思ったかもしれない。


 いや。


 未来のことがあっても。


 たぶん。


 また話すことになる。


 それが少し腹立たしい。


「そういえば」


 黒瀬の腕。


 時計。


 さっきから気になっていた。


 見る。


【現在価格:1,240,000円】


「…………」


 百二十四万円。


 高っ。


 そして。


【10年後の価格:8,600,000円】


「…………」


 八百六十万円。


「時計、好きですか?」


 黒瀬が気づいた。


「あ、まあ」


「見ます?」


「いいんですか?」


 黒瀬が時計を外す。


 テーブルへ置いた。


「古いモデルです」


「いくらくらい?」


「買ったときは百万円もしませんでした」


「今は?」


「上がりましたね」


「へえ」


 俺は時計を見る。


【10年後の価格:8,600,000円】


 黒瀬も時計へ視線を落とす。


「十年後」


「…………」


 また。


「いくらになると思います?」


「分かるわけないでしょう」


「ですよね」


「黒瀬さんは?」


「私?」


「未来予測、得意なんでしょ?」


「そうですね」


 黒瀬が少し考える。


「五百万……」


「…………」


「いや。六百万円くらいにはなってほしいですね」


「六百万?」


「願望込みですが」


 俺は時計を見る。


【10年後の価格:8,600,000円】


 外れた。


 二百六十万円も。


「何で六百万?」


「このモデルは生産数が少ない。ブランド自体の需要も伸びています。海外市場も強い」


「なるほど」


 説明も。


 普通。


 予想も。


 外れている。


「…………」


 考えすぎか?


 黒瀬は。


 ただ。


 未来を読むのが上手いだけ?


「慎吾さん」


「はい」


「安心しました?」


「え?」


 黒瀬が笑っている。


「さっきまで怖い顔をしていたので」


「…………」


「違いました?」


「いや」


 何だ。


 この人。


「俺、そんな分かりやすい?」


「かなり」


「最悪」



     ◇



 午後三時半。


「そろそろ行きます」


「はい」


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ」


 結局。


 決定的なことは分からなかった。


 黒瀬に未来が見えるのか。


 見えないのか。


 時計の価格予想は外れた。


 土地についても、一応は説明がつく。


 アステラについても。


 投資家として優秀なら。


 説明できなくはない。


「…………」


 俺が。


 疑いすぎてる?


「何かあれば」


 黒瀬が名刺を差し出した。


「どうも」


 受け取る。


 会社名。


 黒瀬隆一。


 代表取締役。


 何気なく見る。


【現在価格:0円】


 まあ。


 名刺だから。


 問題は。


 未来。


【10年後の価格:32,000,000円】


「…………」


 目を疑う。


 もう一度。


【10年後の価格:32,000,000円】


 三千二百万円。


「…………」


 高城の名刺。


 四百八十万円。


 それでも異常だった。


 黒瀬。


 三千二百万円。


 桁が違う。


「どうしました?」


「いや……」


 俺は名刺を財布へ入れようとした。


「それ」


「え?」


 黒瀬が名刺を指さした。


「大事に持っていたほうがいいですよ」


「…………」


 手が止まる。


「なんで?」


「せっかくお渡ししたので」


「…………」


「なくしたら悲しいでしょう?」


「そういう意味?」


「他に何か?」


 黒瀬が笑う。


 そして。


 立ち上がる。


「では」


「黒瀬さん」


「はい?」


 聞くか?


 いや。


 何を?


 あなた。


 未来が見えますか?


 そんなこと。


 聞けるわけがない。


「……いや。何でもないです」


「そうですか」


 黒瀬が伝票を持つ。


 数歩。


 歩く。


 そして。


「ああ、そうだ」


 振り返った。


「慎吾さん」


「はい?」


「その名刺」


 黒瀬が。


 俺の手元を見る。


「十年後まで持っていたら」


「…………」


 一拍。


「高く売れるかもしれませんよ」


「…………」


 鳥肌が立った。


「何で」


「はい?」


「何で十年後なんです?」


「…………」


 黒瀬が笑う。


「冗談ですよ」


「いや、今の――」


「またお会いしましょう」


「黒瀬さん!」


 そのまま。


 店を出ていく。


 追う?


 一瞬。


 本気で考えた。


 でも。


 追って。


 何を聞く?


 俺は動けなかった。


 テーブルの上。


 黒瀬が飲んでいたコーヒー。


 向かいの。


 空いた椅子。


 そして。


 俺の手。


 一枚の名刺。


【10年後の価格:32,000,000円】


「…………」


 時計は。


 外した。


 八百六十万円に対して。


 黒瀬の予想は六百万円。


 未来価格が見えているなら。


 外す必要はない。


 だから。


 見えていない。


 そう思った。


 そう。


 思った直後だった。


『十年後まで持っていたら、高く売れるかもしれませんよ』


「…………」


 偶然?


 冗談?


 それとも。


 わざと。


 時計だけ。


 外した?


「いやいや……」


 考えすぎだ。


 そう思いたい。


 でも。


 俺は。


 もう一度。


 名刺を見る。


【10年後の価格:32,000,000円】


「黒瀬隆一……」


 お前。


 本当に。


 何者なんだよ。

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