第21話 十二日後
【接触予定:12日後】
「…………」
十二日。
数字だけなら大したことはない。
二週間もないし、会社へ行って帰って、飯を食って、結衣に絵本を読まされて、何度か休日を挟めばやってくる。
でも。
その十二日後に会う予定の男は、普通じゃない。
黒瀬隆一。
俺が買えなかった八百万円の土地を、現金で買った男だ。
あの土地は十年後。
一億八千四百万円になる。
しかも。
まだ赤字で、世間ではほとんど知られていないアステラ・ロボティクスにも興味を示している。
そして何より。
【未来影響度:99】
「九十九……」
高城が九十四。
教授が八十七。
それより高い。
何点満点なのかは分からない。
でも、少なくとも今まで見た中では最大だ。
「何者なんだよ……」
俺は未来価格ノートに黒瀬の名前を書き、その横へ大きく「99」と記した。
もう一つ。
気になる表示がある。
【未来改変により接触予定時期が変動】
三十万円を大学の研究へ寄付したあと。
結衣の絵は。
二億九千四百万円から。
二億九千三百六十万円へ下がった。
たった四十万円。
二億九千万円以上残っていることを考えれば、ほとんど誤差みたいな数字だ。
でも。
俺にとっては違った。
今回は。
自分で選んだ行動のあとに。
未来が動いた。
俺にとっては、それが何より大きかった。
そして。
その行動のあと。
黒瀬との接触予定時期まで変動した。
「ってことは……」
俺が寄付をしなかった未来では。
黒瀬と会うのはもっと後だった?
それとも。
そもそも会わなかった?
分からない。
ただ。
一つだけ確かなことがある。
未来は。
一本の線じゃない。
俺が何かを選ぶたびに。
少しずつ。
形を変えている。
「…………」
それを理解した瞬間。
嬉しさより先に。
少しだけ怖くなった。
俺の行動で。
結衣を助けられる。
でも。
逆に言えば。
俺の行動で。
もっと悪い未来を作ることだって。
できるんじゃないか?
◇
「パパ!」
「はい」
「ゼロがうごかん!」
「昨日動いてただろ?」
「うごかん!」
翌朝。
俺が難しい顔で未来について考えている横で、結衣は例のロボットを俺の膝へ置いた。
八百円で買った古い玩具。
高城に直してもらい。
結衣が「ゼロ」と名付けたロボットだ。
「電池じゃない?」
「なおして!」
「だからまず電池を見ような」
「パパ、なおして!」
「はいはい」
電池ボックスを開ける。
新品に交換。
スイッチ。
オン。
ウィーン。
ゼロがぎこちなく歩き始めた。
「なおったー!」
「電池交換しただけです」
「パパすご!」
「だろ?」
俺が得意げに言うと。
キッチンから美咲がすぐ刺してきた。
「電池やん」
「夢を壊すな」
結衣が俺と美咲を交互に見る。
「パパすごくない?」
「…………」
まずい。
父親としての評価が。
単三電池二本に左右されている。
「すごいです」
美咲が言った。
「ほんと?」
「ほんと」
「やった!」
危ない。
父親の威厳が。
単三電池二本で崩壊するところだった。
結衣がゼロを追いかけて、リビングを走る。
「ゼロー! こっちー!」
その姿を見ていると。
黒瀬も。
事故も。
能力も。
一瞬だけ。
頭から消えた。
「…………」
この時間。
これを守るために。
俺はやっている。
それだけは。
絶対に。
忘れたくない。
◇
会社。
昼休み。
俺は未来価格ノートを開いた。
【未来改変率:0.14%】
「これ、何を基準にしてんだ?」
結衣が死ぬ未来を百とした改変率なのか。
それとも。
世界全体なのか。
事故そのものなのか。
説明がない以上。
考えても答えは出ない。
「じゃあ……実験するか」
大きなことを試すのは怖い。
だから。
小さく。
俺は机に転がっていたボールペンを手に取った。
【現在価格:120円】
【10年後の価格:6,000円】
「六千円?」
何の変哲もない。
会社支給のボールペン。
なぜ六千円になるのかは分からない。
俺が将来有名になるせいかもしれない。
「…………」
俺はボールペンを見る。
そして。
本気で決めた。
「捨てる」
今日。
会社を出る前に。
ゴミとして処分する。
もう使わない。
そう決める。
すると。
【10年後の価格:――】
「…………」
消えた。
「マジか」
まだ。
捨てていない。
手の中にある。
なのに。
十年後の価格が消えた。
「じゃあ……」
俺は考え直す。
「やっぱ使う」
捨てない。
少なくとも。
今は。
その瞬間。
【10年後の価格:6,000円】
「戻った……」
未来が。
変わった。
物を動かしたからじゃない。
俺が。
選択を変えたから。
「…………」
俺は隣の席の同僚へボールペンを差し出した。
「これいる?」
「何?」
「ボールペン」
「いらん」
「即答」
「なんで突然ボールペンくれるん?」
「実験」
「何の?」
「人生」
「怖っ」
「…………」
やめた。
俺まで変な人扱いされる未来は見たくない。
◇
帰宅後。
もう一つ。
試した。
保有している古いカメラ。
【現在価格:185,000円】
【10年後の価格:420,000円】
「四十二万」
ネットの売却サイトへ出品する。
相場より。
少し安め。
この値段なら。
おそらく売れる。
出品完了。
そして。
もう一度。
カメラを見る。
【10年後の価格:――】
「……消えた」
おそらく。
このままなら。
近いうちに誰かへ売れる。
十年後。
俺の手元にはない。
「じゃあ」
出品。
取り消し。
もう一度見る。
【10年後の価格:420,000円】
「戻った」
これで。
ほぼ確信した。
未来価格は。
絶対に起こる予言じゃない。
今。
この瞬間の選択を積み重ねた先にある。
未来の一例。
なら。
結衣の絵に表示されている。
二億九千三百六十万円も。
「今のまま進めば……そうなる」
というだけ。
「…………」
変えられる。
怖さはある。
それでも。
希望のほうが。
ずっと大きい。
◇
それから。
六日が過ぎた。
黒瀬との接触まで。
あと六日。
俺は正直。
能力に「十二日後」と出ている以上。
それまでは何も起こらないと思っていた。
仕事中。
午後三時過ぎ。
「慎吾さん」
「ん?」
事務の女性から声をかけられた。
「外線です」
「俺?」
「はい」
「誰?」
「黒瀬さんという方です」
「…………」
手が止まった。
「黒瀬?」
「はい。お知り合いですか?」
「……いや」
知り合いではない。
まだ。
でも。
その名前を。
俺は知っている。
黒瀬隆一。
俺が買えなかった八百万円の土地を買った男。
アステラへ投資しようとしている男。
そして。
未来影響度。
九十九。
「…………」
俺は受話器を取った。
「お電話代わりました」
『突然申し訳ありません』
落ち着いた男の声。
『黒瀬隆一と申します』
「…………」
本人だ。
『今、少しよろしいでしょうか』
「はい」
俺は周囲を見る。
会社。
当然。
人がいる。
「少し待ってもらえます?」
『もちろんです』
受話器を持ったまま。
人の少ない場所へ移動する。
「お待たせしました」
『いえ』
「それで……」
最初に。
聞く。
「どうして俺の会社が分かったんです?」
一瞬。
間。
『調べました』
「…………」
「俺のことを?」
『ええ』
あっさり。
認めた。
「なんで?」
『慎吾さん』
「はい」
『あなたも私のことを調べたでしょう?』
「…………」
心臓が。
ドクン。
跳ねた。
「何のことです?」
『違いましたか?』
「…………」
『なら、私の勘違いということにしておきましょう』
声は。
穏やか。
でも。
何だ。
この感じ。
「高城さんから俺のことを?」
『少し聞きました』
「何を?」
『大学の研究へ支援されたこと。それから、アステラの将来性にかなり興味を持っていること』
「…………」
『私もアステラには少し興味がありまして』
少し。
八百万円の土地を現金で買っておいて?
「それで俺に?」
『一度、お話しできればと思いまして』
「何を話すんです?」
『そうですね』
黒瀬が。
少しだけ笑った。
『投資の話でも』
「…………」
『未来の話でも』
「…………」
今。
未来って。
言った?
『警戒されていますね』
「そりゃしますよ」
思わず。
少し強く言った。
「知らない人が会社まで調べて電話してきたら」
『もっともです』
黒瀬は。
まったく気にした様子がない。
声だけなら。
普通。
本当に。
普通の男だ。
『無理にとは言いません』
「…………」
『ただ』
一拍。
『慎吾さんも、十年後には興味があるでしょう?』
「…………!」
心臓が。
跳ねた。
「今……何て?」
『十年後です』
「どういう意味です?」
『アステラですよ』
「…………」
『今はまだ小さな会社ですが、十年もあれば世の中は大きく変わる』
「それだけ?」
『それだけですが?』
「…………」
分からない。
俺が。
過敏になっているだけなのか。
それとも。
本当に。
何か知っているのか。
『どうされます?』
「…………」
会わない。
危険だと思えば。
そういう選択もある。
でも。
未来影響度。
九十九。
結衣の事故に。
今まで出会った誰より。
強く関係する可能性がある男。
避けたままで。
娘を救えるのか?
「…………」
答えは。
決まっていた。
「会います」
『ありがとうございます』
日時。
場所。
六日後。
午後二時。
駅近くのカフェ。
「六日後……」
『何か?』
「いや」
六日前。
【接触予定:12日後】
そして。
今日。
六日後に。
黒瀬と会う約束をした。
ぴったり。
「大丈夫です」
『では、楽しみにしています』
「…………」
『慎吾さん』
「はい?」
一瞬。
間。
『未来の話ができるのを、楽しみにしています』
「…………!」
プツッ。
通話が切れた。
俺は。
しばらく。
受話器を置けなかった。
「…………」
今のは。
アステラの未来。
そういう意味。
だよな?
たぶん。
「黒瀬隆一……」
未来を知っているかもしれない男。
あと六日。
俺は。
そいつと会う。




