第19話 一千万円の壁
百八十万円。
出品終了まで。
十一時間四十二分。
「…………」
買う?
買わない?
俺は銀色の機械の写真を見続けた。
前に能力が見せた、価格の変化点。
【3年後の価格:9,800,000円】
魅力的。
めちゃくちゃ魅力的。
でも。
「三年は長い」
俺の目的は、金持ちになることじゃない。
結衣。
十年後。
事故。
それを防ぐ。
時間は十年しかない。
いや。
もう、十年を切っている。
「三年寝かせて八百万増やす……」
悪くない。
普通なら。
最高。
でも。
俺には。
もっと速く資金を増やす方法があるかもしれない。
「…………」
買わない。
そう決めかけた。
そのとき。
もう一度。
銀色の機械を見る。
【3年後の価格:9,800,000円】
「ん?」
価格。
九百八十万円。
銀色の機械。
一台。
でも。
出品は工場設備の一括販売。
「他の機械……」
俺は初めて。
ちゃんと全部を見ることにした。
旋盤。
測定器。
工具。
棚。
部品。
一つずつ。
現在価格を確認していく。
「…………」
十五万円。
二十二万円。
八万円。
三十一万円。
十九万円。
さらに。
他の機械。
工具。
部品。
全部。
計算。
「……銀色の機械を除いても、かなりあるな」
一括販売価格。
百八十万円。
ロット全体の現在価値は。
二百万円を超えている。
「待てよ」
銀色の機械だけ残して。
他を売れば?
「これ……いけるんじゃないか?」
◇
翌朝。
電話。
『はい』
「ネットに出てる工場設備の件なんですけど」
『ああ、一括の』
「まだあります?」
『ありますよ』
「現物見られます?」
『今日なら午後ですね』
「行きます」
◇
午後。
会社。
有給。
「俺、何してるんだろ」
平日に。
閉鎖された工場へ。
機械を買いに来ている。
数か月前。
普通の会社員。
今。
工場設備。
人生。
分からない。
「こちらです」
案内されたのは。
工場の奥にある倉庫。
ネットで見た写真と。
同じ。
機械。
工具。
棚。
部品。
大量。
「全部で百八十万円?」
「はい。搬出は購入者さんでお願いします」
「…………」
そこ。
考えてなかった。
「重いですよね?」
「重いですね」
「ですよね」
トラック。
搬出業者。
倉庫。
運搬。
費用。
「未来価格さん、そこまで教えてくれないんだよな……」
「はい?」
「何でもないです」
◇
まず。
銀色の機械を見る。
【現在価格:480,000円】
そして。
前に見えた変化点。
【3年後の価格:9,800,000円】
間違いない。
他の機械も見る。
現在価値。
十分ある。
「…………」
問題は。
運搬費。
保管場所。
売却までの手間。
でも。
銀色の機械だけを。
安く残せるなら。
「買います」
「え?」
「一括で」
「ありがとうございます」
言った。
百八十万円。
また。
でかい買い物。
◇
そして。
すぐに。
現実に殴られた。
「四十二万円……」
搬出。
運送。
一時保管。
業者の見積もり。
四十二万円。
購入。
百八十万円。
搬出など。
四十二万円。
合計。
二百二十二万円。
「利益減るなぁ……」
未来価格は教えてくれる。
価値。
価格。
その先。
でも。
運ぶ金。
置く場所。
売る手間。
そういう現実までは。
何も教えてくれない。
「まあ……やるしかないか」
◇
それから。
俺は銀色の機械以外を。
一つずつ売り始めた。
測定器。
二十八万円。
工具。
十二万円。
旋盤。
三十五万円。
棚。
六万円。
別の機械。
二十四万円。
「売れる……」
意外と。
売れる。
業者。
町工場。
個人。
俺が知らなかっただけで。
業務用の中古品にも。
ちゃんと市場がある。
「面白いな」
知らない世界。
未来価格がなかったら。
一生知らなかったかもしれない。
◇
一か月後。
売却総額。
百六十八万円。
「…………」
購入と搬出。
二百二十二万円。
回収。
百六十八万円。
差額。
五十四万円。
そして。
手元には。
銀色の機械。
【現在価格:480,000円】
前に見えた未来。
【3年後の価格:9,800,000円】
「五十四万で買ったようなもんか」
悪くない。
いや。
めちゃくちゃいい。
今売れば。
ほぼトントン。
持てば。
三年後。
九百八十万円。
「これなら……」
待てる。
すぐに金にはならない。
でも。
未来を買った。
そんな感じがした。
◇
とはいえ。
資産一千万円。
まだ。
遠い。
現金。
三百万円台。
旧車。
現在価格。
三百十万円。
銀色の機械。
四十八万円。
株。
中古品。
その他。
「資産なら……」
計算。
「七百万円は超えてるな」
「おお……」
増えた。
数か月前。
百万円だった。
それが。
七百万円。
「あと三百万」
一億円。
あまりにも遠かった。
でも。
一千万円。
今は。
見える。
◇
そこから。
二か月。
俺は急がなかった。
土地を逃したとき。
学んだ。
目の前の数字に。
焦って飛びつくのは危ない。
未来価格との差が。
十分大きい物だけ。
買う。
売る。
無理しない。
カメラ。
十二万円で買う。
売却。
二十九万円。
古い時計。
十九万円。
売却。
四十八万円。
オーディオ。
二十三万円。
売却。
五十一万円。
玩具。
三万円。
売却。
十一万円。
派手じゃない。
アンプみたいな。
大当たりもない。
でも。
積み上がる。
◇
ある夜。
俺は。
未来価格ノート。
口座。
保有品。
全部を並べた。
現金。
保有している中古品。
旧車。
銀色の機械。
株。
それぞれを。
現在価格ベースで計算する。
「…………」
電卓。
数字。
「九百八十二万円」
あと。
十八万円。
「…………」
近っ。
あと。
十八万円。
一千万円。
◇
「パパ、なにしてる?」
「計算」
「また?」
「また」
「おかね?」
「そう」
「いくら?」
「九百八十二万円」
「…………」
結衣。
分かってない。
「いっぱい?」
「いっぱい」
「アイスなんこ?」
「アイス換算やめようか」
「なんこ?」
「一個百五十円なら……」
計算。
「六万五千個くらい」
「ろくまん!?」
そこは分かったらしい。
「パパすご!」
「だろ?」
「かって!」
「何を?」
「ろくまんこ!」
「絶対嫌です」
キッチンから。
美咲。
「冷凍庫入らんよ」
「問題そこ?」
◇
あと十八万円。
たった。
十八万円。
なのに。
こういうときに限って。
良い商品が見つからない。
「焦るな」
自分に言う。
目標を達成したいから。
微妙な物を買う。
それが。
一番危ない。
一週間。
何も買わない。
二週間。
何もない。
「…………」
未来価格。
あるのに。
暇。
◇
土曜日。
家族で。
大型リサイクルショップ。
「パパまた見るん?」
「ちょっとだけ」
「ながいもん」
「今日は十分」
「ほんと?」
「たぶん」
「ママー! パパたぶんっていった!」
「密告するな!」
美咲が笑う。
「三十分まで」
「はい」
◇
時計。
普通。
カメラ。
普通。
楽器。
普通。
「ないなぁ」
結衣は。
玩具コーナー。
「パパ!」
「ん?」
「これ!」
持ってきた。
ロボット。
古い。
箱。
ボロボロ。
「何これ?」
「ほしい!」
値札。
八百円。
「八百円か」
まあ。
それくらいなら。
買ってもいい。
何気なく。
見る。
【現在価格:186,000円】
「…………は?」
十八万六千円。
「パパ?」
目標まで。
あと。
十八万円。
ほぼ。
ぴったり。
「…………」
俺は。
ロボットを見る。
結衣を見る。
もう一度。
ロボット。
【現在価格:186,000円】
売れば。
一千万円。
超える。
「結衣」
「なに?」
「これ欲しい?」
「うん!」
「…………」
めちゃくちゃ。
欲しそう。
ロボットを。
ぎゅっと抱えている。
「…………」
俺は。
笑った。
「買おう」
「やったー!」
レジ。
八百円。
購入。
◇
帰宅。
結衣。
箱を開ける。
「うごかん!」
「古いからなぁ」
「パパなおして!」
「無茶言うな」
電池。
交換。
動かない。
「壊れてるか」
「なおして!」
「分かりましたよ」
俺はネットで。
型番を調べた。
「…………」
希少品。
限定モデル。
状態がよければ。
かなり高額。
でも。
これは。
箱ボロ。
動かない。
それでも。
【現在価格:186,000円】
「売れるのか……」
十八万六千円。
売れば。
目標達成。
そのとき。
「パパ、これわたしの?」
「…………」
「ねえ」
「うん」
「やった!」
結衣。
ロボットを抱きしめる。
「…………」
無理。
売れない。
「はは」
俺。
何してるんだ。
未来価格。
十八万六千円。
目標まで。
あと十八万円。
ほぼ。
ぴったり。
でも。
「それ、結衣の」
「うん!」
いい。
別の十八万円。
探せばいい。
◇
翌日。
俺は。
ロボットを直していた。
「ここ?」
接点。
錆。
掃除。
配線。
「分からん」
旧車の整備より。
難しい。
「高城さんなら……」
ロボット。
専門家。
いや。
こんな玩具。
迷惑か?
「…………」
写真。
送る。
『これ直せます?』
五分。
返信。
『懐かしい!』
「知ってるんだ」
さらに。
『たぶん直せますよ』
「マジか」
◇
翌週。
高城。
整備工場。
なぜか。
旧車の横で。
玩具修理。
「ここですね」
「分かるんです?」
「接点とモーター」
工具。
十分。
ウィーン。
「動いた!」
「パパ!」
結衣。
大喜び。
「すご!」
「高城さんが直してくれたよ」
「おじちゃんすご!」
「おじ……」
高城。
三十代。
少し傷ついてる。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
結衣が。
ロボットを床に置く。
ウィーン。
ぎこちなく。
動く。
結衣。
大笑い。
高城も。
笑う。
「娘もこういうの好きですよ」
「そうなんですね」
「今度会わせたいな」
「ぜひ」
俺は。
何気なく。
ロボットを見る。
【現在価格:186,000円】
変わらない。
でも。
その下。
【10年後の価格:0円】
「…………」
ゼロ?
今。
十八万六千円。
十年後。
ゼロ。
「なんで?」
普通なら。
古い玩具。
希少品。
さらに価値が上がる可能性だってある。
なのに。
ゼロ。
俺は。
軽く理由を探る。
表示。
揺れる。
【価格消失理由:市場流通なし】
「…………」
市場流通。
なし。
「市場に……出ない?」
結衣を見る。
ロボット。
抱きしめている。
「これずっともってる!」
「…………」
偶然。
ただの。
四歳児の発言。
でも。
俺は笑った。
「そういうゼロもあるのか」
売られない。
市場に出ない。
だから。
市場価格としては。
ゼロ。
「いいな」
「何がです?」
高城が聞く。
「いや」
ゼロ。
嬉しい。
初めて。
そう思った。
結衣の絵も。
いつか。
こんなゼロになればいい。
◇
三日後。
仕事帰り。
中古カメラ店。
一台。
値札。
四万二千円。
【現在価格:268,000円】
「…………」
買う。
◇
翌週。
専門店。
査定。
二十二万円。
「売ります」
◇
夜。
俺は。
もう一度。
全部を計算した。
現金。
中古品売買で増えた資金。
保有している旧車。
銀色の機械。
株。
その他の保有品。
すべて。
現在価格ベース。
「…………」
電卓。
数字。
出る。
10,037,000円。
「…………」
一。
十。
百。
千。
万。
「一千万……」
超えた。
「…………」
俺は。
椅子から立ち上がった。
「よっしゃあああ!」
「パパうるさい!」
隣の部屋から。
結衣。
「ごめん!」
でも。
笑う。
百万円。
そこから。
始めた。
時計。
レンズ。
アンプ。
万年筆。
旧車。
機械。
カメラ。
いろいろ。
そして。
とうとう。
一千万円。
「やった……」
未来価格ノート。
目標。
『一千万円』
その横。
赤いペン。
大きく。
『達成』
「…………」
嬉しい。
めちゃくちゃ。
嬉しい。
でも。
俺は。
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結衣の絵。
十年後。
二億九千四百万円。
「…………」
そうだ。
確認。
俺は。
絵を見る。
【10年後の価格:294,000,000円】
「…………」
変わらない。
俺の資産は。
百万円から。
一千万円になった。
十倍。
でも。
結衣の未来は。
一円も。
下がっていなかった。




