第18話 未来を買う方法
高城直人。
アステラ・ロボティクス株式会社。
開発部主任。
十年後。
彼の古い名刺には、四百八十万円の価値がつく。
そして。
【対象:結衣】
【未来影響度:94】
「…………」
俺は未来価格ノートに挟んだ名刺を、もう一度取り出した。
裏面。
電話番号。
そして。
『旧車の件、いつでも連絡ください』
「旧車の件、か」
電話する理由はある。
本当に旧車について聞きたいこともある。
でも。
本当の目的は。
アステラ。
「怪しいよなぁ……」
俺が。
◇
三日。
電話できなかった。
「何やってんだ俺」
スマホ。
登録済み。
高城直人。
発信ボタン。
押せない。
別に。
悪いことをするわけじゃない。
ただ。
旧車の整備工場を聞く。
それだけ。
「よし」
押す。
呼び出し。
一回。
二回。
『はい、高城です』
「あ、先日、道の駅で――」
『ああ! あの車の!』
「覚えてます?」
『もちろんですよ。あの仕様は忘れません』
よかった。
「あの、教えてもらった旧車のお店なんですけど」
『行きます?』
「ちょっと見てもらおうかなと」
『いいと思いますよ。紹介しましょうか?』
「お願いします」
『じゃあ私から連絡しておきます』
「ありがとうございます」
普通。
めちゃくちゃ普通。
そして。
電話を切るタイミング。
「あの」
『はい?』
「この前言ってた研究」
『研究?』
「子供の事故を防ぐっていう」
『ああ』
「ちょっと気になって」
『珍しいですね』
「そうですか?」
『普通、旧車の話からそっち行きませんよ』
「…………」
ですよね。
『お仕事、そっち関係です?』
「全然」
『じゃあ、なんで?』
どうする。
『娘さん?』
「え?」
『娘さんがいるから気になったとか?』
「……まあ、そんな感じです」
『なるほど』
高城の声が。
少し柔らかくなった。
『私も同じですよ』
「同じ?」
『あの研究に入った理由です』
「…………」
『娘が生まれたから』
俺は。
何も言えなかった。
◇
一週間後。
高城に紹介された整備工場。
「おお、綺麗ですね」
六十代くらいの整備士が、俺の旧車を覗き込む。
「高城君から聞いてますよ」
「知り合いなんですか?」
「昔からね。あいつ、若い頃から変な車ばっかり乗ってたから」
「変な車」
「褒め言葉ですよ」
たぶん。
点検。
オイル。
ゴム類。
下回り。
錆。
一時間ほど見てもらう。
「大きな問題はないですね」
「よかった」
「ただ、十年持つつもりなら予防整備はしたほうがいい」
「お願いします」
「金かかりますよ?」
「…………ほどほどで」
未来価格。
三千六百万円。
でも。
今の俺は。
まだ金持ちではない。
◇
待合室。
「来てたんですね」
「え?」
振り返る。
高城。
「なんでいるんです?」
「近くまで来たので。社長から聞いて」
「わざわざ?」
「車見たかっただけです」
「そっちですか」
「そっちです」
高城が笑う。
紙コップのコーヒー。
二人。
旧車。
普通の休日。
「高城さん」
「はい」
「この前の話なんですけど」
「事故予測?」
「はい」
「本当にできるんですか?」
「今は無理です」
即答。
「無理?」
「少なくとも、私たちが目指しているレベルでは」
「…………」
「人間って、めちゃくちゃ複雑なんですよ」
高城がスマホを机に置く。
「例えば今、私がこのスマホを落とす確率」
「はい」
「分かります?」
「分かりません」
「AIも同じです。ただ、人間より大量の情報を処理できる」
姿勢。
視線。
手の位置。
周囲。
過去の行動。
「全部集めれば、落とす可能性が高い、くらいは予測できる」
「それを子供に?」
「最終的には」
高城が頷く。
「飛び出し。転落。水難。家庭内事故。そういうものを数秒前に予測する」
「数秒……」
「数秒あれば、救える命は多いです」
「…………」
結衣。
十年後。
事故。
「もし」
俺は聞いた。
「それが完成したら」
「はい」
「事故をゼロにできます?」
高城が黙った。
「ゼロは無理です」
「…………」
「たぶん」
その言葉が。
重かった。
「でも」
高城が続ける。
「ゼロを目指さないと、減らせないでしょう?」
「…………」
「だから私たちは、ゼロって言います」
俺は。
この人を。
少しだけ。
好きになった。
◇
「そういえば」
高城が言う。
「この前、妙な人に会ったんですよ」
「妙な人?」
「会社に」
「営業?」
「投資家」
俺の耳が。
反応する。
「アステラに投資?」
「正確には、まだ個人として話を聞きたいって段階ですけど」
「へえ」
「今のうちに株を買いたいって」
「…………」
俺と。
同じ。
いや。
アステラが将来伸びると考える人間なんて。
普通にいる。
「見る目ある人なんですね」
「どうでしょうね」
高城が笑う。
「うち、まだ赤字ですよ」
「…………」
「研究費ばっかり使ってる」
「その人、何て?」
「十年後には日本を代表する企業になるって」
「…………」
時間が。
止まった。
「十年後?」
「ええ」
「その人が?」
「はい」
「十年後って言ったんですか?」
「言いましたよ」
偶然。
偶然。
偶然。
「名前……」
「え?」
「その投資家、名前は?」
「確か」
高城が少し考える。
「黒瀬さん」
「…………」
手から。
紙コップが落ちそうになった。
「黒瀬?」
「はい」
「黒瀬……隆一?」
高城の顔が変わった。
「知り合いですか?」
「…………」
しまった。
「いや」
「今、フルネーム」
「どこかで見た気がして」
「そうですか?」
「たぶんネット」
苦しい。
高城が少し不思議そうな顔をする。
でも。
それ以上は聞かなかった。
黒瀬隆一。
八百万円の土地。
現金購入。
十年後。
一億八千四百万円。
そして。
アステラへ。
投資。
「…………」
偶然じゃない。
少なくとも。
土地とアステラ。
黒瀬は。
両方に関わっている。
◇
帰宅。
未来価格ノート。
新しい線を引く。
アステラ・ロボティクス。
↓
高城直人。
未来影響度94。
↓
結衣。
そして。
別の線。
八百万円の土地。
↓
黒瀬隆一。
↓
アステラへの投資。
「繋がった……」
黒瀬。
未来を。
知っている?
まだ。
断定はできない。
でも。
十年後に一億八千四百万円になる土地を買い。
十年後に巨大企業になる可能性があるアステラへ投資する。
そして。
本人が。
『十年後には日本を代表する企業になる』
と言った。
「…………」
怪しすぎる。
俺は。
ノートに書いた。
『黒瀬隆一――未来を知っている可能性あり』
書いて。
少し考える。
そして。
その下に。
『ただし、能力者とは限らない』
と付け足した。
内部情報。
研究計画。
土地開発。
何か別の情報源を持っている可能性もある。
未来価格が見える。
そう決めつけるのは。
まだ早い。
◇
そのとき。
スマホが震えた。
通知。
中古品サイト。
以前保存していた検索条件。
オーディオ。
カメラ。
時計。
旧車。
それに。
業務用機器。
「…………」
新着。
一件。
閉店した小さな工場からの一括処分。
複数の機械。
工具。
部品。
まとめ売り。
価格。
百八十万円。
「高っ」
普通なら。
閉じる。
でも。
写真に写った一式を見る。
【現在価格:2,100,000円】
「二百十万」
販売価格。
百八十万円。
現在価値。
二百十万円。
差は。
三十万円。
「弱いな」
運搬。
保管。
売却。
手間を考えれば。
全然おいしくない。
「やめ」
画面を閉じようとした。
そのとき。
「……ん?」
写真の奥。
一台。
銀色の機械。
古い。
工場で使う装置らしい。
型番。
写真では読みづらい。
「何だこれ?」
拡大する。
銀色の機械だけに。
意識を向ける。
【現在価格:480,000円】
「四十八万」
大したことない。
ロット全部で百八十万円。
この機械単体の現在価値は四十八万円。
これだけなら。
買う理由はない。
でも。
未来を見る。
【10年後の価格:――――】
「ん?」
いつもの数字が。
うまく出ない。
表示が揺れる。
「もっと手前で……何かある?」
そう強く思った。
すると。
数字が。
一瞬。
変わった。
【2年後の価格:3,600,000円】
「…………」
二年後。
三百六十万円。
消える。
そして。
次。
【3年後の価格:9,800,000円】
「九百八十万……?」
さらに。
一瞬だけ。
【5年後の価格:14,600,000円】
「…………」
俺は画面へ顔を近づけた。
自分で。
二年後。
三年後。
五年後。
そう指定したわけじゃない。
能力が。
価格が大きく動く時点を。
勝手に見せている。
「三年で……ほぼ一千万」
何で?
理由。
写真に集中する。
頭の奥。
ズキッ。
【価格上昇理由:部品――】
「部品?」
さらに。
【価格上昇理由:部品の生産終了】
「なるほど」
希少部品。
古い機械。
メーカーが部品を作らなくなり。
価値が上がる。
それなら。
分からなくはない。
「でも九百八十万?」
高すぎる。
さらに。
理由を求める。
表示。
揺れる。
【需要増加理由:――――社製ロボット】
「ロボット?」
頭の奥が。
ズキッと痛む。
「もう少し……」
【需要増加理由:アステラ社製――――】
「…………」
また。
アステラ。
俺は。
思わずスマホから目を離した。
「またアステラかよ……」
土地。
研究施設。
教授。
高城。
黒瀬。
そして。
今度は。
中古工場の古い機械。
「最近、俺の未来に出てきすぎだろ」
偶然。
で。
片づけていいのか?
銀色の機械。
その中の部品が。
将来。
アステラ社製のロボットに必要になる?
「いや……」
正確には。
そこまで見えていない。
アステラ社製。
その先は。
まだ読めない。
決めつけるな。
俺は自分に言い聞かせる。
でも。
価格は。
異常だ。
【現在価格:480,000円】
そして。
【3年後の価格:9,800,000円】
「…………」
問題。
銀色の機械だけは売ってくれない。
一括販売。
百八十万円。
今の現金。
旧車を買ったあと。
中古品売買で少し戻して。
約三百六十万円。
「買える……」
百八十万円。
資金の半分。
また。
でかい。
しかも。
銀色の機械以外。
ロット全体の現在価値を考えれば。
ほとんど旨味がない。
欲しいのは。
実質。
一台だけ。
「すぐ売れるなら迷わないんだけどな……」
俺は銀色の機械を見る。
今は。
四十八万円。
二年後。
三百六十万円。
三年後。
九百八十万円。
「いつから上がる?」
そう思った。
表示が。
また揺れる。
【現在価格:480,000円】
次。
【――後の価格:520,000円】
「まだ弱い」
数字の時期は。
潰れている。
さらに。
【――後の価格:740,000円】
そして。
【2年後の価格:3,600,000円】
「…………」
上がるまで。
かなり時間がかかる。
少なくとも。
すぐに倍になる商品じゃない。
今。
百八十万円使って。
しばらく寝かせる。
「未来を……買う?」
時計とも違う。
車とも違う。
今は。
大して価値がない。
でも。
未来では。
必要とされる。
その未来を。
今のうちに買う。
「…………」
俺は。
画面を見る。
出品終了まで。
十一時間四十二分。
「また時間制限かよ」
土地。
旧車。
そして。
今度は。
機械。
未来価格が見えても。
決断する時間まで。
増えるわけじゃない。
俺は。
銀色の機械を見つめた。
百八十万円。
今の資金の半分。
三年後。
九百八十万円。
そして。
また。
アステラ。
「…………」
未来を買うか。
それとも。
待つか。
未来は。
本当に。
待ってくれない。




