第17話 未来影響度94の男
未来価格が見える人間は、本当に俺一人なのか?
そんな疑問が浮かんでから、頭から離れなくなった。
「……いや、ないだろ」
自分で否定する。
そもそも俺自身、この能力がなぜ使えるようになったのか分かっていない。
ある日突然。
物を見ると、現在価格と十年後の価格が表示されるようになった。
説明書もない。
神様も出てこない。
謎の声も聞こえない。
だから。
俺だけなのかどうかも、本当は知らない。
「もし他にもいたら……」
八百万円の土地。
十年後、一億八千四百万円。
一年以上売れなかった土地に、俺が興味を持った直後。
別の購入希望者が現れた。
しかも現金。
「タイミング良すぎるんだよな」
ただの偶然。
その可能性のほうが圧倒的に高い。
でも。
調べる価値はある。
◇
昼休み。
俺は、あの土地を扱っていた不動産会社へ電話した。
『はい、お電話ありがとうございます』
「あの、以前八百万円の土地について相談した慎吾ですけど」
『ああ、お世話になっております』
「例の土地って、もう契約終わりました?」
『はい。無事にお引き渡しまで進んでおります』
「そうですか……」
完全に。
他人の土地になった。
「あの」
『はい』
「買った人って、どんな人です?」
一瞬。
間があった。
『申し訳ありません。買主様の個人情報についてはお答えできません』
「ですよね」
知ってた。
聞くだけ聞いてみた。
「個人ですか? 会社ですか?」
『そちらも詳細については……』
「ですよねー」
終了。
当然だ。
不動産会社が電話一本で買主の情報を教えてくれるほうが怖い。
『何かございましたか?』
「いや、ちょっと気になっただけです」
『そうですか』
「ありがとうございました」
電話を切る。
「まあ、そうなるよな」
さて。
どうする。
土地。
所有者。
調べる方法。
「…………」
そういえば。
不動産の登記って。
調べられるんじゃなかったか?
俺はスマホを開いた。
◇
調べてみる。
「なるほど……」
土地の登記情報。
所有者。
権利関係。
一般人でも確認する方法がある。
「マジか」
知らなかった。
土地の情報が分かれば、所有者を確認できる。
「……やってみるか」
未来価格を見るようになってから。
俺。
妙な知識ばっかり増えてるな。
◇
数日後。
俺は例の土地の登記情報を確認した。
「…………」
所有者。
個人。
名前。
知らない。
「誰だ?」
検索してみる。
同姓同名。
何人も出る。
会社員。
医師。
経営者。
大学関係者。
「これじゃ分からんな」
住所を見る。
県外。
「わざわざ県外から……」
投資家?
それなら。
現金で土地を買っても不思議じゃない。
「普通の不動産投資家か?」
俺は未来価格ノートを開いた。
そして。
名前を書く。
土地購入者――黒瀬隆一。
「黒瀬隆一……」
覚えておこう。
今は。
それ以上。
何も分からない。
◇
「ただいまー」
「パパ!」
結衣が走ってくる。
「おかえり!」
「ただいま」
「きょう、あのくるま?」
「今日は普通の車です」
「えー!」
「毎日あれで会社行かないの」
「なんで?」
「もったいないから」
「くるまなのに?」
「…………」
正しい。
車なのに乗らない。
何のために買ったんだ。
「休みの日に乗ろう」
「じゃああした?」
「明日は仕事」
「あさって?」
「仕事」
「じゃあいつ?」
「日曜日」
「きょうは?」
「水曜日」
「ながい!」
「三日です」
四歳児にとって三日は長いらしい。
美咲がキッチンから顔を出す。
「慎吾」
「ん?」
「あの車」
「はい」
「なんか下に落ちてるよ」
「何が!?」
俺は靴を脱ぎ捨てた。
◇
「どこ!?」
「ここ」
車の下。
覗く。
「…………」
液体。
「嘘だろ」
納車して。
まだ数日。
もう故障?
「何これ」
「知らんよ」
「オイル?」
指で触る。
「…………」
水。
「水だ」
「エアコンじゃない?」
「…………」
たぶん。
「びびらせんなよ!」
「私知らんし」
美咲が笑う。
「三百万が壊れたかと思った」
「三百万の古い車」
「古いを強調するな」
そのとき。
隣の家から声がした。
「いい車ですね」
「え?」
たまに挨拶する程度の近所の男性だった。
「あ、ありがとうございます」
「珍しい仕様ですよね?」
「分かるんですか?」
「昔、こういうの好きだったんですよ」
男性が車を眺める。
「これ、青空で保管するんです?」
「……そのつもりですけど」
「十年とか長く持つなら、屋根あったほうがいいですよ」
「そんな違います?」
「塗装も内装もゴム類も傷みますからね」
「なるほど……」
考えてなかった。
未来価格。
三千六百万円。
でも。
十年後。
ボロボロになっていたら?
「あと、盗難対策もしたほうがいいですよ」
「盗難?」
「この年代の日本車、狙われることありますから」
「マジですか」
「せっかくいい個体ですし、大事にしたほうがいいですよ」
「ありがとうございます」
未来価格。
見るだけじゃ。
分からないこと。
山ほどあるな。
◇
夜。
未来価格ノート。
旧車。
十年後、三千六百万円。
その下に追加する。
保管。
盗難対策。
整備。
「金かかるなぁ……」
でも。
悪くない。
こういうの。
楽しい。
未来価格を見て。
買って。
売る。
それだけじゃない。
価値を守る。
「……投資って、こういうのもあるんだな」
少し。
分かってきた気がする。
◇
日曜日。
「パパ! くるま!」
「覚えてたの?」
「にちようび!」
「はいはい」
結衣。
朝から準備万端。
リュック。
帽子。
「どこ行くん?」
美咲が聞く。
「決めてない」
「また?」
「ドライブ」
「私も?」
「もちろん」
「狭いんやろ?」
「…………」
そこを言われると弱い。
「三人乗れます」
「快適?」
「それは保証しません」
「普通の車で行こうよ」
「今日はこれ!」
結衣。
味方。
「ほら」
「四歳児を味方につけるな」
◇
三人。
旧車。
俺。
運転席。
美咲。
助手席。
結衣。
後ろ。
「せまーい!」
「知ってる!」
「パパ、これせまい!」
「二回言わなくていい!」
美咲が笑う。
「私は意外と平気」
「だろ?」
「でも飲み物置くところない」
「昔の車だから」
「スマホどこ置くん?」
「昔の車だから!」
「不便やね」
「そういう車なの!」
ボロクソ。
でも。
楽しい。
エンジン。
シフト。
道路。
家族。
「…………」
いい買い物。
だったかもしれない。
未来価格。
関係なく。
◇
昼。
少し離れた道の駅。
駐車場。
「疲れたー!」
結衣が車から降りる。
「何もしてないだろ」
「のってた!」
「そうですね」
美咲が伸びをする。
「トイレ行ってくる」
「はい」
俺は車の横で。
大きく伸びをした。
そのとき。
「すみません」
「はい?」
声をかけてきたのは。
三十代後半くらいの男性だった。
俺の車を見ている。
「これ、あなたのですか?」
「そうです」
「ちょっと見てもいいです?」
「どうぞ」
また旧車好きか。
結構いるな。
「この仕様……珍しいですね」
「そうみたいですね」
「買ったばかりです?」
「分かります?」
「ナンバーが新しいから」
「ああ」
男性はボディを見る。
タイヤを見る。
運転席を覗く。
かなり詳しそうだ。
「いい個体ですね」
「ありがとうございます」
「これ、十年持ったら面白いですよ」
「…………」
俺の心臓が。
少し。
跳ねた。
「十年?」
「ええ」
偶然。
普通の会話。
旧車。
十年。
別に。
おかしくない。
「値上がりします?」
「すると思いますよ」
「どれくらい?」
「そこまでは分かりません」
男性が笑う。
当然だ。
「でも、こういう車はもう増えないですからね」
「なるほど」
普通。
普通の人。
俺は。
少し安心した。
「旧車屋さんですか?」
「いや」
「詳しいですね」
「仕事柄、機械は好きなんですよ」
「何のお仕事です?」
「ロボット関係です」
「…………」
世界が。
一瞬。
止まった。
「ロボット?」
「はい」
「会社……どこです?」
自分でも分かる。
聞き方が。
明らかに変だった。
男性が少し驚く。
「ああ、アステラっていう小さい会社です」
「…………」
アステラ。
アステラ・ロボティクス。
結衣の死亡事故。
関連企業。
俺は。
目の前の男性を見る。
「アステラ……」
「知ってます?」
「……名前だけ」
「珍しいですね。まだ全然有名じゃないですよ」
「たまたまネットで見て」
「へえ」
男性が笑う。
「私は開発やってます」
「開発……」
人間には。
価格は出ない。
結衣にも。
俺にも。
美咲にも。
でも。
大学教授の写真を見たとき。
別の表示が出た。
【未来影響度:87】
「…………」
試してみる。
目の前の男性。
結衣の未来。
影響。
強く。
意識する。
「…………」
何も。
出ない。
やっぱり。
人そのものには使えないのか?
「どうしました?」
「あ、いや」
そのとき。
男性が財布から名刺を出した。
「もし整備とかで困ったら、旧車に詳しい店知ってますよ」
「ありがとうございます」
受け取る。
名刺。
アステラ・ロボティクス株式会社。
開発部 主任。
高城直人。
「高城さん」
「はい」
俺は。
名刺を見る。
【現在価格:0円】
当然。
ただの名刺。
そして。
【10年後の価格:4,800,000円】
「…………」
四百八十万円。
「え?」
「どうしました?」
「いや……」
名刺。
四百八十万円。
なんで?
理由。
見たい。
でも。
ここで頭痛を起こすわけにはいかない。
「何でもないです」
「そうですか?」
高城直人。
アステラ。
開発主任。
未来。
結衣。
「…………」
偶然。
なのか?
俺が。
たまたま買った旧車。
たまたま家族でドライブ。
たまたま寄った道の駅。
そこで。
アステラの人間と出会う。
「そんなことある?」
「え?」
「いや、ほんと何でもないです」
怪しまれてる。
◇
「パパー!」
結衣が戻ってきた。
「アイス!」
「はいはい」
高城が結衣を見る。
「あ、娘さんですか?」
「はい」
「何歳?」
「よんさい!」
結衣が自分で答える。
「四歳か。うちにも五歳の娘がいるんですよ」
「そうなんですか」
「はい」
高城が笑う。
「子供って面白いですよね」
「まあ、大変ですけどね」
「分かります」
普通の。
父親。
俺と。
同じ。
そのとき。
高城が言った。
「うちの会社も、今ちょうど子供向けの研究やってるんですよ」
「…………」
俺の顔から。
笑顔が消えそうになる。
「子供向け?」
「まだ研究段階ですけどね」
「どんな?」
「事故を防ぐんです」
「…………」
心臓が。
ドクンと鳴った。
「事故?」
「家庭内とか、道路とか。AIで子供の行動を予測して、危険を先回りできないかって」
次世代生活支援AI。
ネットで見た。
大学との共同研究。
「例えば」
高城が。
結衣を見る。
「子供って、急に走り出すでしょう?」
「ありますね」
「人間には予測できなくても、AIなら過去の動きや周囲の状況から数秒先を予測できるかもしれない」
「…………」
「それをロボットとか車とか、街のシステムと連携できたら」
高城が笑う。
「子供の事故をゼロにできるかもしれない」
「…………」
事故を。
ゼロ。
俺が。
ずっと。
探しているもの。
結衣の。
死亡事故。
それを。
防ぐ技術。
「ゼロ……」
「まあ、夢みたいな話ですけどね」
高城は笑う。
でも。
俺は。
笑えなかった。
アステラは。
結衣を。
殺す会社なのか?
それとも。
結衣を。
助ける会社なのか?
分からない。
ただ。
一つ。
確かなこと。
俺は。
今日。
未来につながる人間と。
初めて。
直接。
話をした。
◇
帰宅。
夜。
俺は。
高城の名刺を机へ置いた。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:4,800,000円】
「理由……」
集中。
頭の奥。
ズキッ。
【価格上昇理由:著名人物――】
「著名人物?」
高城?
十年後。
有名になる?
「もう少し」
集中する。
【価格上昇理由:著名人物の初期――】
「初期?」
頭痛。
強くなる。
【価格上昇理由:著名人物の初期名刺】
「…………」
高城直人。
十年後。
著名人物。
「やっぱり……」
アステラが。
巨大になる。
高城も。
その中心人物になる?
「関連人物」
軽く。
見る。
【関連人物:高城直人】
当然。
そして。
「結衣との影響」
集中。
表示が。
揺れる。
【対象:結衣】
来た。
その下。
数字が現れる。
【未来影響度:94】
「…………」
九十四。
教授。
八十七。
高城。
九十四。
「高い……」
何点満点なのか。
それすら分からない。
でも。
高城が。
結衣の未来に。
強く関係している。
それだけは。
間違いない。
俺は。
名刺を。
未来価格ノートへ挟んだ。
そのとき。
裏面に書かれた文字が目に入った。
電話番号。
そして。
別れ際。
高城が書いてくれた一言。
『旧車の件、いつでも連絡ください』
「…………」
俺は。
その文字を見る。
そして。
未来価格ノートの。
最初のページを開いた。
目標。
3億円 → 0円。
「高城直人……」
敵か。
味方か。
分からない。
でも。
未来影響度。
九十四。
無視できる数字じゃない。
「会うしかないよな」
俺はスマホを手に取った。
高城の番号を登録する。
名前。
高城直人。
保存。
「……まずは、この人からだ」
黒瀬隆一。
高城直人。
アステラ・ロボティクス。
バラバラだった名前が。
少しずつ。
俺の周りに集まり始めている。
偶然なのか。
それとも。
十年後の未来が。
俺をここへ連れてきているのか。
まだ。
分からない。




