第15話 俺は、何で有名になる?
【10年後の価格:12,000,000円】
【価格上昇理由:契約者の社会的知名度】
【関連人物:結衣】
「…………」
意味が分からない。
俺は、机の上に置かれた中古車の売買契約書を見つめた。
ただの紙だ。
俺の名前。
住所。
車種。
金額。
契約日。
それだけ。
そんな紙が、十年後。
一千二百万円。
「俺が……有名になる?」
もう一度見る。
【価格上昇理由:契約者の社会的知名度】
間違いない。
契約者。
つまり俺。
十年後の俺には、中古車の契約書に一千二百万円の値段がつくほどの知名度がある。
「何したんだよ、俺……」
スポーツ選手。
違う。
四十一歳から何を始めるつもりだ。
芸能人。
もっとない。
政治家。
「絶対嫌だ」
有名投資家?
会社経営者?
未来価格を使って資産を増やし続ければ、その可能性はある。
でも。
【関連人物:結衣】
「…………」
これが。
怖い。
結衣が関係している。
しかも。
今見えている未来では。
十年後。
結衣は死んでいる。
「まさか……」
嫌な想像が浮かぶ。
娘を亡くした父親。
事故。
ニュース。
裁判。
テレビ。
被害者遺族。
「やめろ」
自分で。
考えるのを止めた。
そんな未来。
絶対にいらない。
◇
俺は契約書を握り、集中した。
「関連人物の理由……」
頭の奥。
ズキッ。
「っ……」
いつもの痛み。
でも。
止めない。
【関連人物:結衣】
その下。
文字が揺れる。
【関連理由:――――】
「見せろ」
痛みが強くなる。
【関連理由:娘の――――】
「娘の……?」
心臓が速くなる。
「もう少し」
表示が歪む。
【関連理由:娘の死亡――】
「…………」
息が止まった。
やっぱり。
最悪の予想。
「くそ……」
でも。
文字は。
まだ続いていた。
【関連理由:娘の死亡事故――――】
「事故……」
結衣の絵。
【関連事象:■■■■事故】
同じ。
「その先」
俺は歯を食いしばる。
「見せろ……!」
頭に。
強烈な痛み。
「っ……!」
視界が白くなる。
それでも。
一瞬。
読めた。
【関連理由:娘の死亡事故を――――】
「を……?」
死亡事故を。
何だ?
公表?
訴える?
追及?
調査?
「もう一回……」
集中しようとした瞬間。
「うっ……」
吐き気。
無理だ。
俺は机に手をついた。
「はぁ……はぁ……」
これ以上は。
危ない。
能力は。
教えてくれる。
でも。
深く知ろうとすると。
明らかに身体へ負担がかかる。
「娘の死亡事故を……」
その先。
何なんだ。
◇
翌朝。
「パパ、これのる!」
玄関で結衣が騒いでいる。
昨日納車されたばかりのスポーツカー。
「保育園はいつもの車で行くぞ」
「これ!」
「狭いよ」
「これがいい!」
「…………」
負けた。
「チャイルドシートつけるから待って」
「やったー!」
美咲が呆れた顔をしている。
「朝から大変やね」
「誰の娘ですか」
「慎吾の娘」
「あなたの娘でもあります」
チャイルドシート。
狭い後部座席。
「うわ、やりにくっ」
「パパまだー?」
「待て待て」
「おそーい」
「この車、子供乗せること考えて作ってないんだよ!」
十分後。
なんとか装着。
「よし」
結衣を乗せる。
「せまい!」
「昨日言ったよね!?」
美咲が爆笑している。
「だから言ったやん」
「結衣が乗るって言ったんだよ!」
「パパ、はやく!」
「はいはい」
エンジンをかける。
音。
「うるさ!」
「…………」
俺の憧れ。
四歳児に。
ボロボロにされていく。
◇
でも。
走り出すと。
「パパ!」
「ん?」
「これたのしい!」
「だろ?」
ちょっと嬉しい。
「ママのくるまよりたのしい!」
「それママに言うなよ」
「なんで?」
「家庭の平和のためです」
バックミラー。
結衣。
笑っている。
「…………」
十年後。
十四歳。
この車。
まだ持ってるかな。
結衣。
乗ってくれるかな。
たぶん。
『パパの車ダサい』
とか言うんだろうな。
「……言わせてやる」
「なに?」
「何でもない」
嫌われてもいい。
うざがられてもいい。
十四歳の娘に。
「パパうざい」
って。
言われたい。
それが。
今の俺には。
最高の未来だった。
◇
保育園。
結衣を送り。
会社へ向かう。
信号待ち。
ふと。
ダッシュボードを見る。
「…………」
そういえば。
車の契約書に。
未来価格がついた。
だったら。
俺に関係する物。
他にも。
未来価格がつく?
例えば。
財布。
見る。
【現在価格:18,000円】
【10年後の価格:21,000円】
「普通」
腕時計。
【現在価格:68,000円】
【10年後の価格:1,800,000円】
これは前から。
希少価値。
スマホ。
【現在価格:96,000円】
【10年後の価格:0円】
「まあ、十年後ならそうだよな」
さすがにスマホは。
十年後まで価値を保てないらしい。
そして。
会社の社員証。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:320,000円】
「…………」
え?
もう一度。
【10年後の価格:320,000円】
「社員証が?」
三十二万円。
高い。
でも。
契約書。
一千二百万円。
差がありすぎる。
「なんで?」
信号。
青。
「おっと」
俺は慌てて車を発進させた。
◇
会社の駐車場。
車を停める。
もう一度。
社員証を見る。
【10年後の価格:320,000円】
集中。
「理由」
軽く。
深追いはしない。
【価格上昇理由:著名人物の所有品】
「…………」
著名人物。
俺。
「やっぱり」
十年後。
俺は。
有名になっている。
これは。
かなり可能性が高い。
「でも……」
社員証。
三十二万円。
契約書。
一千二百万円。
なぜ。
ここまで違う?
契約書には。
何か。
特別な意味がある。
あの車?
購入日?
それとも。
契約そのもの?
「…………」
分からない。
でも。
仕事。
行かないと。
俺は社員証を首にかけた。
◇
昼休み。
俺は。
実験することにした。
自分の物。
片っ端から。
未来価格を見る。
名刺。
【10年後の価格:18,000円】
ボールペン。
【10年後の価格:6,000円】
仕事用ノート。
【10年後の価格:48,000円】
古い財布。
【10年後の価格:33,000円】
家の鍵。
【10年後の価格:――】
「まあ、売れないか」
そして。
机の引き出し。
昔の物。
「これ……」
一枚の写真。
数年前。
家族三人で旅行へ行ったときの写真。
俺。
美咲。
まだ小さい結衣。
「懐かしいな」
見る。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:680,000円】
「…………」
六十八万円。
高い。
「理由」
集中。
【価格上昇理由:著名人物の家族写真】
「…………」
やっぱり。
俺が有名になるから。
そして。
俺は。
あることを思いついた。
「待てよ」
家族写真。
六十八万円。
契約書。
一千二百万円。
もし。
結衣が写っているから。
高いなら。
「結衣の写真は?」
スマホのデータじゃない。
紙の写真。
家に。
たくさんある。
「帰ったら見る」
◇
その夜。
「何してるん?」
美咲が聞く。
「アルバム」
「珍しいね」
「ちょっと見たくなって」
嘘ではない。
結衣。
生まれた日。
赤ちゃん。
一歳。
二歳。
三歳。
四歳。
「…………」
ページをめくりながら。
一枚ずつ。
未来価格を見る。
数千円。
一万円。
三万円。
写真によって。
違う。
そして。
ある一枚。
「…………」
手が止まった。
去年。
家族三人で公園へ行ったときの写真。
どこにでもある。
普通の家族写真。
【現在価格:0円】
【10年後の価格:2,800,000円】
「高い……」
二百八十万円。
さっき見た家族写真の。
四倍以上。
「理由……」
俺は写真に集中する。
頭の奥が。
ズキッとした。
【価格上昇理由:死亡した著名人物の生前写真】
「…………」
死亡した。
著名人物。
「結衣……?」
いや。
待て。
写真には。
三人いる。
俺。
美咲。
結衣。
誰だ?
「関連人物」
集中。
【関連人物:――――】
ノイズ。
「見せろ」
頭痛。
【関連人物:慎吾】
「…………え?」
俺?
もう一度。
見る。
【10年後の価格:2,800,000円】
【価格上昇理由:死亡した著名人物の生前写真】
【関連人物:慎吾】
「…………」
頭が。
真っ白になった。
死亡した著名人物。
その人物は。
俺。
「俺……死んでる?」
声が。
震えた。
十年後。
結衣が死ぬ。
それだけじゃない。
この写真に。
二百八十万円の価値がつく未来では。
俺も。
死んでいる。
「…………」
待て。
違う。
これは。
確定した未来じゃない。
結衣の絵の価格は。
一度変わった。
三億円から。
二億九千四百万円へ。
未来は。
変えられる。
だったら。
これも。
変えられる。
でも。
今。
能力が示している未来では。
十年後。
娘だけじゃない。
俺も。
この世にいない。
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