第9話 美貌の医療神官キリヤ
インカ帝国では祭祀・呪術・薬草・外科が一体化した存在として「神官」があったらしいです。本作では『物理的医術寄りの行為をメインに行う神官』という意味合いで『医療神官』という役職を創作しています。
「ふぅ……何はともあれ、これで最悪の人口大激減ルートだけは回避できたな」
俺は玉座で深くため息をついた。
史実では天然痘のパンデミックによって帝国の人口は一説では7割減ともいえすほど激減、社会のインフラも政治体制もボロボロになったところをピサロに突かれたのだ。だが、ウラコ(医療従事者集団)の結成とワスカルのエグい統制(恐怖政治とも言う)により、被害は最小限に抑え込まれつつある。
そんな我が国の大転換期を、ニナン・カートや水車以上の「神の奇跡」として崇める者が、また一人ここに誕生していた。
「ニナン陛下……いえ、我がタワンティンスーユに舞い降りた偉大なる知恵の神よ。あなたの『科学』という名の神術、このキリヤ、魂の底から感服いたしました」
俺の前に跪いたのは、高位医療神官のキリヤ。
普段は神聖な白い衣に身を包んだ、長身スレンダーな知的美女だ。他の神官たちが「神の怒りじゃ!」と祈祷に励んでいる中、唯一人、俺の人痘接種の術式を「不可視の毒の弱毒化と免疫の獲得……理に適っています」と冷徹に分析し、実務を仕切ってくれたクールビューティーである。
「いやいやキリヤさん、跪かないで。あなたたち医療神官の命がけの協力があったからこそだよ。感謝してる」
俺が優しく手を差し伸べると、キリヤの知的な褐色美肌の頬がポッと赤くなった。
「そんな、勿体なきお言葉……! 私はただ、陛下の深淵なる叡智の、ほんのひとしずくに触れたに過ぎません。……ああ、陛下のお側で、その大いなる頭脳(脳漿)を未来永劫、観察し、支え続けたい……!」
「なんか最後の方のセリフがちょっとヤバめの科学マニアのそれになってない!?」
心酔の方向性が若干重い知的クール美女に戦々恐々としていると、背後から「あらあらぁ?」と、妙なプレッシャーを伴う声が響いた。
もちろん、我が最愛(にして最大の脅威)の同腹妹、クシリマイである。
「キリヤ、あなたも兄様の素晴らしさに気づいてしまったのね? いいですよ、大歓迎です!」
クシリマイはキリヤの前に進み出ると、なぜか嬉しそうに彼女の両手を握りしめた。
「ええ、クシリマイ様。陛下のあの荷車、水車、そしてカサカサ粉末……あの御方は人類の次元を超えています」
「そうでしょうそうでしょう! 気が合いますね!」
完全に意気投合する褐色グラマラス(妹)と褐色スレンダー(神官)。素晴らしい美女二人のツーショットだが、会話の内容が不穏極まりない。
クシリマイはふふっと妖艶に微笑み、自身の「たゆんたゆんするタワンティンスユの至宝」を揺らしながらキリヤに囁いた。
「いずれは共に、お兄様を夜のお側で支えましょうね。あ、でも、正室のわたくしはしっかり立ててくださいね? 昨晩もお兄様ったら、わたくしをベッドの上で何度もこんきすたどおる(意味深)されたのですから♡」
「クシリマイさん!! 頼むからその根も葉もない『昨晩のコンキスタドール話』を、新規加入のチート嫁候補(医学担当)に吹き込むのはやめてくれませんかねぇ!?」
「なるほど、陛下は夜の『臨床実務』でもそれほどのアグレッシブさを……素晴らしい。ぜひ私もそのデータのサンプリングに加わらせていただきます」
キリヤが真面目な顔で、どこからか取り出したキープ(紐)に熱心に何かを記録し始めた。
「ワスカル!! 頼むからあの医療神官のキープを今すぐ謀略で没収しろ!!」
「兄上、申し訳ありません。あれは医療分野の『公式記録』ですので、私の権限でも謀略没収できません」
「アタワルパ!! お前の筋肉でそのキープを引きちぎれ!!」
「兄上、女性たちの熱いスクワット(愛の議論)に水を差すのは、男の筋肉の美学に反します!」
ついに本格的な科学チート化嫁(ハーレム枠)まで参入し、俺の周囲のカオスは全開へ。
スペイン軍が攻めてくる前に、俺の貞操と胃壁が滅亡しそうだった。




