敗北の未開人
グスマンの瞳は、コカによる異常な充血で真っ赤に染まっていた。
「俺はカスティーリャ王家の御前にも出入りした、名門グスマン家の男だぞ!」
「その俺が――土人の庶子王子ごときに降伏などするものか!邪魔だぁぁぁッ!!」
彼は獣のような唸り声を上げ、立ちはだかる数名の衛兵を、薬物でブーストされた狂気の怪力で左右に突き飛ばした。装飾された回廊に悲鳴が響き、衛兵たちが床に叩きつけられる。
彼の眼球には、ただ一点――クアウモテックⅡ世皇子の首元だけが映っていた。
短剣を逆手に持ち、グスマンが突進する。その姿は、狂気に囚われた猛獣そのもの。
だが。
「やはりか……!」
冷たい声とともに、その視界に黒い影が割り込んだ。
アンタチャから受け取ったばかりの『電撃スタン槍』を構えたマンク・ユパンキだった。『ビルカバンバモード』の三白眼が、グスマンの動作の軌道を正確にトレースする。
間髪入れず、槍先端の2本の鉄串のような電極がグスマンの首筋に食い込む。
――バチバチバチバチバチッッッ!!!! と、凄まじい青白い閃光が走った。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
グスマンの全身が、直後に硬直した。
数万ボルトの電流が筋肉という筋肉を強制収縮させ、コカで高ぶっていた神経を瞬時に焼き切る。彼はエビのように反り返り、重力に逆らうこともできず、そのまま床にドサリと崩れ落ちた。
「……おお、凄い威力だ……」
ユパンキは槍の先端の煤を払い、倒れ伏してピクピクと痙攣するグスマンを見下ろした。
皇子の横では、アンタチャが淡々と記録用のキープ縄を指でなぞっている。
「……まやくちゅーどく、きんにくのちから、すごかった。でも、でんきには、かなわない。せいあつ、かんりょう」
皇子クアウテモックⅡ世は、目の前で起きたあまりに一方的な「制圧」を、瞬きもせずに見つめていた。その瞳には、恐怖ではなく、圧倒的な「強さ」に対する純粋な好奇心が宿っている。
「叔父上、凄い音でしたね」
「殿下、これこそ、スペインの『支配』が完全に終わりを告げた音ですよ」
ユパンキはそう言って、槍をアンタチャに返した。
広間の扉が開き、状況を察したスペイン軍の高級将校たちが恐る恐る中を覗き込む。彼らが目にしたのは、無様に床に転がり、電気ショックで白目を剥いて泡を吹く、かつての総督の姿だった。
インカの儀仗兵たちが一歩前へ出る。
「総督は乱心された。……隔離しろ。これよりヌエバ・エスパーニャの暫定行政は、クアウモテックⅡ世殿下と、我が使節団が管理する」
反論の余地など、そこには欠片も残されていなかった。
グスマンは床の上で痙攣しながら、最後に残った力で四人を睨みつけた。口から白い泡を吹き、目は虚ろに濁っている。
「お、のれ……れ、土人の……魔術ごときに……ッ……」
クアウモテック2世は、少しだけ眉を上げた。
「魔術ではありません。」
「科学です。」
「……何?」
クアウモテック2世は、ユパンキの手にあるスタン槍を指した。
「電気を発生させ、人体に電流を流して一時的に神経と筋肉の働きを阻害する。」
「それだけの技術です。」
グスマンは苦々しく顔を歪める。
「何を言って……!」
「魔術と呼ぶのは勝手ですが。」
クアウモテック2世は淡々と言った。
「科学を理解できないから魔法だと言っているのなら――」
一拍。
「貴方の方が、よほど未開人ですよ?」
「…………!」
ソチケツァルが俯いた肩を震わせ笑いをこらえている。
「『未開人』、要は、野蛮人だな……」
アンタチャも言葉を繋ぐ
「やばんじんに、どじんよばわりされる、いわれなし」
それは、文明の階段を数段も上に登った者達だけが言える、静かなる宣告だった。
グスマンが最後に見たのは、アンタチャが電撃槍担ぎ、何事もなかったかのように腰の箱を弄り始めた光景だった。彼にとって魔法に見えたものは、インカの技術者にとっては「ただの日常的な物理現象」に過ぎなかったのだ。
「ぐふっ………!」
グスマンの口から短い断末魔のような喘ぎ声が漏れ、そのまま意識の底へと沈んでいった。完全な気絶である。
マンク・ユパンキは、気絶した総督をゴミでも見るような目で一瞥し、やれやれと肩をすくめた。
「やれやれ、最後まで格好のつかない男だ。アンタチャ殿の電撃槍、じつに有用だったな……さて、クアウモテックⅡ世殿下、これより、我々でこの広間を整え、メシカの民に『新たな門出』を宣言しましょう」
皇子クアウモテックⅡ世は、誇らしげに頷いた。
「はい、マンク叔父上。……科学の力、とても頼もしいです。これからは、この力でメシカの人々を豊かにするのですね」
「ええ、その通りです。……さあ、片付けをしろ! この惨めな狼藉者を牢に放り込み、スペイン支配を完全に終わらせるぞ!」
ユパンキの号令と共に、宮廷の空気は一変した。スペインの恐怖政治という重苦しい霧は消え去り、そこにはインカの効率的で確実な「秩序」が静かに流れ始めていた。
テノチティトランの旧宮殿の窓から、インカの旗が風に翻るのが見えた。スペインによる長い黄昏が終わり、インカによる新たなメシカの夜明けが、今まさに本格的に始まろうとしていた。




