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科学の目、科学の槍

まだ薄暗い早朝。

スペインの将校は、山頂の岩陰でニヤリと笑った。「ここならインカの最新鋭の「訪問隊」も気づくまい。喉元に短剣を突きつけるように葡萄弾(※大砲で打つ大型の散弾)砲撃を打ち下ろし、あの生意気なクアウテモックとやらをハチの巣にしてやる……な、何だ! アレは!?空飛ぶ鯨……!?」

頭上の雲を切り裂き、巨大な銀色の影が現れた。インカが誇る偵察飛行船『クン・ティキ・ヴィラコチャ』だ。そのゴンドラからは強力な探照灯が地上の隠れ家を白日の下に晒し、イリャパ・キープ無線機が小気味よいリズムを刻む。

その頃、地上の指揮官席にいたマンク・ユパンキは、ニナンが「ビルカバンバ(※)闘争モード」と呼ぶ、三白眼の冷徹な顔で無線機を握りしめていた。いつもの朗らかな笑みは消え、そこには山岳戦の鬼神のみが存在していた。

「……偵察飛行船で丸見えだ。隠れる場所など地上には存在せん」

ユパンキの声は、鋼のように冷たかった。飛行船から無線が飛ぶ

「地上部隊! 砲撃殲滅せよ! 位置は***、***! 敵の陣を地図から消し飛ばせ!」

即座に、行軍していた焼玉重機の一部の隊列が動きを変えた。積み荷の覆いの一部が油圧ジャッキで解放され、野砲の砲座へと変貌する。

「射角調整ヨシ!撃てッ!」

山頂の岩場が、インカ軍の最新鋭の炸裂榴弾砲の着弾で砕け散った。

スペインの将校が「鯨」を見上げて硬直している間に、山頂の陣地は爆炎の中跡形もなく消滅した。彼らが誇った「奇襲」の計画は、インカの通信技術イリャパ・キプと圧倒的な弾道計算の前に、歴史の泥へと埋められた。

「……ひええ。マンク様の『ビルカバンバモード』が出ると、本当に手が付けられませんね」

隣で見ていた副官が、冷静に被害状況を帳簿に記録する。

「あまりやりすぎると陛下に怒られるな。『人道支援』じゃなくて『一方的な虐殺』に見えるとな……。おい、残った連中に『インカ軍の高度な砲撃技術を体験できて良かったな、次は命を大切にな』と伝えておけ。……慈悲深く、な」

ユパンキは未だ冷酷な笑みを浮かべ、皇子のラマ車があるだろう山の向こうに視線を送る。

「さて、パレードを再開しようか。次の街まであと少しだ」

インカの軍団は、まるで何事もなかったかのように、整然と山道を進み始めた。僅かに生存したスペインの兵たちに残るのは、燃え尽きた陣地と、空から見下ろす巨大な「鯨」の影に対する拭い去れない恐怖だけだった。


※ビルカバンバ:史実でマンコ・ユパンキがスペイン軍に対抗した隠し砦の名前。彼と彼に連なる子孫達は此処に拠点を構え数十年に渡りスペインの攻撃に耐え続けた。この闘争の最期の指導者が20世紀の反政府活動のグループ名にもなったトゥパク・アマルである。


グスマンは、執務室の片隅で隠し持っていた禁断の濃縮コカの塊を、震える手で砕き、一気に口へ放り込んだ。脳内でドーパミンが異常な爆発を起こし、恐怖が消え失せ、代わりに狂気じみた高揚感が彼を包み込む。「……ククク、ハハハハハッ!! 痛みが消える! 恐怖が消えるぞぉぉッ!! 俺は神だ……! このヌエバ・エスパーニャの真の王なのだぁぁぁッ!!」彼は上着の下に鋭いナイフを隠し、ニヤニヤと笑いながら、降伏を装い謁見の場へと向かった。

テノチティトランの旧宮殿の広間。そこに到着したグスマンの目に映ったのは、衛兵に囲まれた皇子クアウテモック2世とその側に静かに控える三人の要人だった。

一人は、インカ皇帝側妃ソチケツァル。そして先ほどの山頂奇襲を見事に粉砕したマンク・ユパンキ。あの三白眼の冷酷な瞳が、獲物を狩る蛇のように自分を射抜いている。そして最後の一人は、無表情で小箱から繋がるコードを巻いた木製の柄の槍を弄ぶアンタチャ。

「おや、アンタチャ殿、その槍は?」

マンク・ユパンキが、落ち着いた口調で尋ねた。

アンタチャは、槍のグリップを握り直す。

「電撃スタン槍……こーふんじょーたいとか、まやくちゅーどくのぼうかんも、きんにくしゅーしゅくで、いっぱつ……非殺せーあつ、安全かくじつ」

「ふむ、良いな。実に素晴らしい」

ユパンキは、その槍を背に携えるアンタチャの姿を見て、満足げに頷いた。

「クアウテモックⅡ世殿下、これより敵の総督が『降伏の挨拶』に参られます。……アンタチャ殿、君には私と共に殿下とソチケツァル殿のすぐ横に控えておいてほしい。狂犬が噛み付こうとしてきたら、その槍を貸してくれ。骨の髄まで『文明の力』を教えてやることにしよう」

アンタチャは静かに敬礼する。

「おねがい、ユパンキさま、たたかい、つおい。……あんしん」

広間の扉が開き、目が充血し、口元をひきつらせたグスマンが、卑屈な笑みを浮かべて入ってきた。

「クアウテモック様……! このグスマンクれまでの非礼を詫び、ここに無条件降伏を――!!」

グスマンは、降伏のポーズを装って懐に手を伸ばした。一瞬、彼の視界に入ったのは、皇子の隣で静かに槍を構えるアンタチャの冷徹な眼差し。

彼は、自分が今、獲物に向かおうとしている狼ではなく、電気の檻へと自ら足を踏み入れた「死に損ないの豚」であることを未だ知らない。

ユパンキの三白眼がさらに鋭く光る。

「……どうぞ、総督。続きを。我らも、その『降伏』の結末を心待ちにしておりますよ」


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