使節(?)団の先頭は重機百台
ヌエバ・エスパーニャの太平洋岸、アカプルコの港は、かつて見たこともない光景に包まれていた。
沖合に停泊する最新鋭の装甲蒸気艦隊。そこから次々と降り立つのは、太陽の紋章を掲げた儀仗兵たち。その背後には、地面を鳴動させる鉄の怪物――焼玉重機100台が、誇らしげに排気煙を上げながら列を成している。
「これより、タワンティンスユの『友好親善使節団』の移動を開始する」
現場指揮を執るマンク・ユパンキが雄々しく、全軍に号令をかける。
先頭を行くのは、純白の毛並みを誇るラマが引く、黄金で装飾された豪華なラマ車。その中には、幼いながらも帝国の威厳を宿すクアウテモックⅡ世皇子と、その母にしてインカ皇帝側妃ソチケツァルが鎮座していた。
沿道の街々では、スペイン人の圧政に喘いでいた民衆たちが、最初は恐る恐る、やがて驚愕の表情で駆け寄ってくる。
「……見てくれ、インカの兵隊がパンとトウモロコシとジャガイモを配っているぞ!」
「あのアラベスク模様のラマ車に乗っているのは……メシカ王家の血を引く方ではないか!」
パレードが始まると、インカとアステカの衣装をハイブリッドさせた豪華な衣装のクアウテモックⅡ世が、沿道の民衆に向けて慈悲深く手を振る。その横では、インカの技師たちが、壊れかけていた街の用水路を重機であっという間に修復し、清潔な水を流し込んでいた。
「叔父上、見て下さい。民衆が……泣いて迎えてくれています。これなら、テノチティトランへの道は、戦う必要など全くないみたいです」
クアウテモックⅡ世の無邪気な報告に、マンク・ユパンキはニヤリと笑う。
「ええ、その通りですよ~。戦う必要はない。ただ『インカの文明を提示するだけ』で、スペインの統治権なんてものは砂の城のように崩れ去るので~す」
その後方では、実戦装備を整えた儀仗兵たちが、重機の排気音と混ざり合うような重厚な足取りで追随する。それはもはやパレードではなく、この地からスペインの影響力を物理的に「削り取る」ための巨大なロードローラーであった。
噂は先行し、テノチティトランのスペイン総督府には、「インカの皇子が100匹の巨大怪物と共に向かってきている」という、事実なのか悪夢なのか判別不能な報告が届き続けていた。
「侵攻? いや、訪問だ……『訪問』だと彼らは言っている……!」
スペイン役人は、震える手で十字を切る。だが、窓の外を見れば、スペインの旗は降ろされ、民衆がインカの太陽紋章を模した布を掲げ始めている。
テノチティトランを目指すその行列は、立ち止まるたびに荒れ地を道路に変え、飢えた人々に食料を配り、スペインの権力を無力化していく。
名目上の「訪問」は、実質的な「歴史の書き換え」となって、メキシコの大地をタワンティンスユの色に染め上げていった。
「さ~、テノチティトランまであと少しですね~、クアウテモックⅡ世殿下~」
マンク・ユパンキが重機の操縦席から顔を出し、朗らかにわらう。
その頃、クスコのニナンは、ホットラインを通じて送られてくるパレードの熱狂的な状況を聴きながら、安堵していた。
(……懸念した武力行使はまだしていないな。……重機が勝手に道を舗装して、インカ銀貨が市場を支配しているだけだ……)
インカという名の巨大な渦は、ゆっくりと、しかし抗いがたい力で、メキシコシティをその中心へと引きずり込んでいた。
テノチティトランの総督府の一室。かつてのメシカ帝国の王宮の面影を残すその場所で、行政官フアン・カノ・デ・サアベドラは、窓の外を埋め尽くす「行列」を眺めながら、深い絶望に沈んでいた。
かつて、滅亡の淵にあったメシカからスペイン人によって軟禁され、数奇な運命を経てタワンティンスユへ亡命したソチケツァル。
彼女が今、ただの亡命者ではなく、世界最強の帝国の皇側妃として、あの「インカの太陽」の威光を背負って帰ってきたのだ。
「……メシカの民の視点に立ってみて、フアン」
テクイチポツィンは、夫であり、今やメシカ豪族の傀儡として胃薬を欠かせない日々を送るサアベドラに向かって、冷ややかに、しかし優雅に微笑んだ。
「彼らにとって、ソチケツァルは誇り高き王家の血を引く女神の化身。スペインの植民地支配で血を流し、飢えに苦しんでいた彼らにとって、彼女たちの凱旋は神話の再現そのものよ。しかも……その大国は、私たちが力を失ったった後も、密かに飢えた民に食料を送り、疫病を癒やし、腐敗した総督府を出し抜く知恵を授けてきた。……民衆がどちらに忠誠を誓うか、火を見るよりも明らかでしょう?」
サアベドラの視界は、もはや一点に固定されていた。
窓の外を通り過ぎる、焼玉重機の地響き。それに合わせて熱狂的に叫ぶ市民たち。彼らの手には、スペインのレアル銀貨ではなく、純度の高いインカの太陽銀貨が握られている。
「……あぁ、神よ……」
サアベドラの瞳からは光が消え、いわゆる「レイプ目」と呼ばれる虚ろな状態に陥っていた。
彼は理解してしまったのだ。自分が必死に守ろうとしていた「スペインの秩序」など、この巨大な文明の侵食の前では、砂上の楼閣の如きものだったことに。
「安心なさい、フアン」
テクイチポツィンは、慈悲深い笑みを浮かべた。
「あなたはスペインの役人としては温情的で優秀だったわ。だから、これからもその『事務処理能力』を活かして、メシカ連合スペイン総督府の『筆頭事務総長』として働いてもらうわ。もちろん、給与は太陽銀貨で支払うし、週休二日も保証するわよ」
それは、かつてスペイン人が先住民に行った搾取とは比較にならないほど、合理的で、逃げ場のない「管理社会」への誘いだった。
「……さあ、テノチティトランが私を呼んでいる。あなたも手伝ってくれるわよね?」
サアベドラは力なく頷くことしかできなかった。
彼が守ろうとした「主権」は、インカの通信機のリズムと、舗装された新しい道路の下に埋められた。テノチティトランに掲げられるのは、もはやカスティーリャの旗ではない。インカの太陽旗と、クアウテモック家の紋章を統合した、新たな旗だった。
「インカの『訪問』が……歴史を塗り替える……」
サアベドラの脳裏をよぎったのは、インカの文明に飲み込まれ、それでも豊かな暮らしを謳歌し始める民衆の姿。スペインの「植民地」は終わり、インカの「同盟国」としての華やかな未来が、皮肉にも彼自身の無力感の上に築かれようとしていた。




