南米のソリ〇ドス〇ーク
「亡命してきたメシカの軍人たちが『タワンティンスユ全軍の力なら今すぐスペインをおいだせるのでは?陛下に動いて頂けぬのですか?』と熱心に尋ねてくるのだが……我が君、彼らにどう答えたらよいものかな……?」
ソチケツァルが真剣な面持ちで、しかしどこか期待に瞳を輝かせながらニナン・クヨチの衣の袖を引いた。
「いや……急に『今すぐ』と言われてもちょっとなあ……? 現地の政治基盤も整えなきゃならんし、兵力や兵糧の輸送ラインもだな——」
俺が現実的な難しさを説明しようとした、その時。
「あ~、それなら我が国の秘密工作部隊長……ソリ〇ド・スネ〇ク……じゃなくて~、Saqsa Amaru(サクサ・アマル=固い蛇)を紹介しましょうか~? ジャングルや山岳地帯でのゲリラ戦と紙箱活用術……あ、違った、ステルス潜入術の超・達人ですよ~」
アフリカ訪問で提督を務めたニナンの弟、マンク・ユパンキが、ふんわりとした笑顔でどこからかヌッと現れた!
「待て!! 今、完全に言葉選び滑ったろ! 蛇とか潜入とか紙箱被り潜入とか、どこぞの伝説の傭兵を連想させるようなヤバい工作員をメシカに送り込むんじゃない!!」
俺が音速でツッコミを入れたものの、横からワスカルが3連発光ガラス眼鏡をキラーン!キラーン!キラーーーーン!!!と室内を白熱灯のごとく発光させながら割り込んできた。
「フッ! 兄上、そんな物騒で泥臭い軍事介入など必要ありません! わたくしにお任せいただければ、ピサロ商会を通じたカカオと銀の先物取引、およびインカ銀貨の金利操作により……中米・西インド諸島一帯の経済を【3年以内に実効支配(実質上の経済植民地化)】してみせます!」
「…… 経済的に干上がらせて骨までしゃぶる気か? どいつもこいつも極端すぎるだろ……」
本宮は大爆爆笑に包まれた。
「がははは! いいじゃないか兄者! 蛇のオッサンに現地でスペイン軍の補給線をズタズタに荒らさせて、ワスカル兄者の金で買い叩く! これぞ完璧な挟み撃ちだ! 俺の『大砲牽引車』も何百台か「農業用トラクター」名義で密輸してやろうか!?」
アタワルパが青銅の棍棒を打ち鳴らし、悪い顔で大笑いする。
「へいか。……ゲリラ戦用の、超小型電気着火砲……わたし、もう、設計図かけます……」
作業台の陰から、安全ヘルメットを被ったジト目の側室アンタチャが、謎の黒い筒状パーツを抱えながら、俺の衣の裾をぎゅっと握りしめた。
「ふふ、まあ皆様たら。亡命軍人の方々には、まず『インカ流の高度医療と精神ケア』を受けていただき、胃腸を整えてからじっくり作戦を練っていただきましょう。フアン・カノ殿にお送りした胃薬も効いていると良いですね」
長身褐色美人のキリヤが優雅に処方箋をパラリと開き、くすくすと微笑んだ。
「ニナン様……!みんな…、私やメシカの民のためにそこまで……!」
ソチケツァルが感動のあまり目をうるうるさせて俺に抱きついてくる。
武力ゲリラ(固い蛇)、経済侵略、そして圧倒的科学と医療.
旧大陸の侵略者どもが知る由もない「最凶のコンビネーション」が水面下で着々と組み上がっていくのであった。
ヌエバ・エスパーニャ全土で反乱の火の手が上がった。都市のあちこちでスペインの重税に耐えかねた民衆が蜂起し、各地の代官が次々と引きずり下されているという報告が電信を通じて矢継ぎ早にクスコへと届く。
「……やっぱりこうなったか」
ニナンは報告書を机に叩きつけ、深いため息をついた。
経済的な侵食を穏便に進めていたつもりだったが、現場のスペイン官僚のあまりの強欲さが、積もりに積もった火薬の導火線に火をつけてしまったのだ。
「陛下~混乱に乗じて現地の豪族たちが武器を求めていますよ~。我々の支援があれば一気にヌエバ・エスパーニャを転覆可能で~す!」
マンク・ユパンキが目を輝かせ、例の「山岳戦の達人」ことサクサ・アマルを名指しして許可を求めてきた。
「サクサ・アマルに『山岳訓練』の許可を出して良いでしょうか〜? 現地の反乱軍の若者たちに、効率的な陣地防衛と破壊工作を叩き込めば、スペインの正規軍など一溜まりもありません!」
ニナンはこめかみを押さえた。ここで火に油を注げば、スペイン支配者だけでなく現地民も大勢犠牲になる。
「……マンク、いいか。スペインを叩き出すのはいい。だが、俺が求めているのはなりふり構わない征服じゃない。……サクサ・アマルに伝えろ。『敵を倒すための技術』ではなく、民間の被害を最小限に抑える『戦術的な避難誘導』や『医療救護』、そして『秩序の維持』……それを現地の反乱勢力に叩き込むための訓練なら許可する」
マンク・ユパンキは、一瞬「?」という顔をしたが、すぐにニナンの意図を汲み取った。
「なるほど〜。……戦うためじゃなく、勝った後の『統治』のための訓練ですね。流石は陛下、お優しい……というより、先を見据えすぎですよぉ~」
「そうしないと、後で俺たちが統治する時に、荒れ果てた土地と憎しみ合いしか残らないだろうが。いいか、徹底しろ。破壊工作の技術は教えるな。代わりに、組織的な補給線の管理と、無秩序な虐殺を止めるための憲兵の運用法を教えろ」
ニナンは鋭い視線を投げた。
「これは『介入』ではない。『技術支援と人道的な調停』だ。それが、インカが世界を導く姿だということを、サプサ・アマルに叩き込んでおけ」
「了解で〜す! ……まあ、その『人道的な調停』の過程で、スペイン軍の弾薬庫が勝手に火を噴いたりしても、それはあくまで『調停の副作用』ということにしておきますね〜」
マンク・ユパンキは軽やかに敬礼し、クスコの通信室へと駆け出していった。
ニナンは執務室の椅子に深く沈み込み、窓の外を眺めた。
メキシコの空を覆う煙。それがスペインの終わりの始まりか、あるいはインカの新たなる支配の夜明けか。
「……さて、ワスカル。経済支配の準備は整ったか。反乱軍が『インカの憲兵』によって秩序を保ち始めた瞬間、我々の商会が『食料と毛布と医療品』を持って乗り込むぞ。……民衆は、血を流すスペインよりも、パンを運んでくるインカを必ず選ぶ」
ワスカルは静かに頷き、眼鏡を拭いた。
「ええ。既に『人道支援物資』と銘打った、インカ軍の兵糧とインカ銀貨を満載した船団が、アカプルコへと向けて出航しております。……反乱は、我が帝国にとっての『最も効率の良い営業活動』となるでしょう」
タワンティンスユの静かな侵攻は、混乱の渦中でも止まることはなかった。血にまみれた暴力よりも、冷徹なまでの豊かさが、国土を支配する。それがニナンの帝国であった。




