爆音エンジン狂想曲
「陛下、気球やグライダーの研究は順調に進行中ですが……正直、あの『爆発するエンジン』の轟音が恋しくてですね。調整の合間に、パルスジェット推進台車を仕立ててみました」
コリ・ルラク親方の工房に足を踏み入れたニナンを待っていたのは、四輪の簡素な台車に、先日の試作機の改良版を積み上げた「走る爆弾」だった。
「……お前たち、私の『作るな』という忠告を聞いていなかったのか?」
ニナンが眉をひそめた瞬間、コントゥルが満面の笑みで点火スイッチを押し込んだ。
「ドッドッドッドッドォォォォォォォォン!!!!」
パルスジェット特有の鼓膜を突き破るような爆音が、クスコ近郊の平原に響き渡る。台車はロケットのような火炎を噴き出し、瞬く間に猛スピードで走り出した。かと思いきや、車軸が推力に耐えきれず、次の瞬間には台車そのものがバラバラの破片となって四方八方に弾け飛んだ。
「ドカーーーーーン!!!!」
砂煙が舞い上がり、静寂が戻る。
幸いなことに無人の平原での実験だったため、負傷者はゼロ。唯一の被害者は、遠巻きに様子を見に来ていたアンタチャであった。
彼女は、一口飲もうとしていたティーカップの茶を盛大に噴き出し、呆然と立ち尽くしていた。
「……びっくりした……」
彼女は頬を拭い、壊滅した台車の残骸を指さした。
「……音、大きすぎ。……それと、速すぎて、私の、ロータリースパークの、アンテナ、揺れた。……やめてほしい」
コントゥルとコリ・ルラクは、煤だらけの顔で見合わせ、悪びれもせずメモを取っている。
「……なるほど、推力に対して車軸の強度が不足していたか。次回の車軸は、高張力鋼の鋳造品にしよう」
「ああ、そうだ。あの爆発の際の燃焼効率は、前回より15%ほど向上していたぞ」
ニナンは呆れ果てて、天を仰いだ。「わーかった!そんなに飛びたきゃ火花着火の内燃機関を研究しろ!焼玉より軽くなるから!自走車にも使えるし!」
ニナンの「火花着火内燃機関」という鶴の一声は、その場の空気を一変させた。
「アンタチャ! 燃料の爆発制御に火花を使う……これなら、焼玉のような鈍重な熱源は不要になる!」
「おじさま! スパーク制御、私に任せて。無線機の火花放電の技術、転用できる!」
二人の天才(技術オタク)は、それからというもの寝食を忘れて没頭した。マカパの蒸気艦隊から部品を強奪し、パラケルススがエーテル抽出実験で使っていた小型の蒸留器を改造しガソリンを精製、ありとあらゆる金属を削り出した。
数日後。
クスコの外れにある工房から、突如として「ポン、ポロロロロロ……!」という、リズミカルで軽快な連打音が響き始めた。焼玉エンジンの重低音とは異なる新たな音色である。
「動いた……! これが、インカの空を征く心臓……!」
コリ・ルラクが歓喜の声を上げたその瞬間だった。
工房の扉が「バァン!」という音と共に吹き飛び、仁王立ちしたコリ・ルラクの妻が、二人の首根っこを左右から鷲掴みにした。
「あんたたち、いい加減にしなさい!!」
「ちょ、ちょっと! 妻よ、今まさに歴史が動こうと……!」
「おば さま、だめ……力が、強すぎ……」
そのまま二人は、工房の備品もろとも、力ずくで引きずり出された。妻の怒りはインカの法よりも厳格だ。二人は強制的な「休暇」として、強制的に食事を取らされ自室のベッドに押し込まれることになった。
◇
工房の騒ぎを遠くから眺めていたニナンは、窓辺で一人、ニヤリと笑った。
「まあ、ガソリンエンジンが完成すれば、機械式過給機との相性は抜群だ。酸素の薄いアンデス山脈の超高地でも、空気を無理やり押し込めば平地と同じ出力が出せる」
現在、帝国の高地物流のメインは、依然として多頭のラマに荷を積んでのキャラバンだ。しかし、このガソリンエンジンが実用化され、高地対応のトラックが走り出せば、その光景は一変する。
「今までラマが数週間かかっていた峠越えが、半日で終わるようになる。山頂の要塞に、新鮮な生鮮食品を届けることだって可能になるんだ」
ニナンは遠い山々を眺めた。
「空を飛ぶのはコントゥルに任せるとして……ラマたちよ、お前たちの辛い労働の時代も、もうすぐ終わりかもな。インカの運送革命が、この険しい山脈を飲み込んでいくぞ」
遠くでコリ・ルラクが妻に説教されながら、それでも懲りずに地面にエンジンの図面を指で描いているのが見えた




