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飛べないコンドルは只の……?

ニナンが軽やかな手つきで折った羊皮紙の紙飛行機は、執務室の窓から差し込む上昇気流に乗り、美しい弧を描いて宙を舞った。

「ふむ。固定翼の揚力、重心のバランス……単純な構造だが、やはり飛行装置というのはロマンだよなあ。まあ、リリエンタール式のグライダーなら、今の帝国の素材と設計技術があれば、誰でも空を散歩できるレベルだろうが」

ニナンが満足げに飛行機を見送ったその時だった。

背後から、不気味なまでの静寂と、同時に強烈な熱気を孕んだ手がニナンの肩をガシリと掴んだ。

ニナンがゆっくりと振り返ると、そこにはコリ・ルラク親方の愛弟子であり、後に帝国の航空工学研究における最大の狂気となった男、コントゥル技師が立っていた。

彼の目は、徹夜続きと興奮で充血し、血走っている。瞳の奥には、見たこともない「空への渇望」という名の業火が燃え盛っていた。

「陛下……今のは?」

コントゥルの声は、喉の奥から絞り出されるような、掠れた掠奪者の響きを帯びていた。

「いや、只のオモチャというか紙遊びというか………」

「今……陛下が指先から放った、あの『重力を拒絶する翼』の軌道……! あれは、単なる紙の遊びではない。あの飛行体そのものが、自ら空気を掴み、重力を推進力に変えていた……!」

コントゥルは震える手で、空中で停止してしまったかのような紙飛行機の残像を追いかけた。

「リリエンタール……グライダー……?あれは……翼と風の、『ことわり』だ! 陛下、我々が取り組んでいた気球は、あくまで空に『浮かぶ』だけの鈍重な浮遊物に過ぎない! しかし、あれは空を『切り裂く』ための形です!」

コントゥルは、ニナンの肩を掴む手にさらに力を込めた。

「陛下、今すぐ許可を! 帝国の全工廠の素材を、そして最高精度の風洞実験施設をすべて我が部門に! 気球などという停滞した空の乗り物は捨てましょう。我々が造るべきは、陛下が今しがた見せた『翼』です!」

ニナンは、自分の肩に食い込む込むコントゥルの指の力に苦笑しながらも、その瞳に宿る「技術者としての純粋な狂気」に、いささか呆れながら言葉を返す。

「……落ち着け、コントゥル。そんなに目に力を入れるな。」

「落ち着いていられるはずがない! 陛下は今、タワンティンスユの空に、新しい『帝国の輪郭』を描いてみせたのですから!」

コントゥルは、まるで啓示を受けた聖人のような顔で、地面に落ちた紙飛行機に駆け寄った。

「翼の断面形状……キャンバー角をさらに緻密に……! 陛下、軽木の骨組みなら、揚力を確保できる! 焼玉機関を軽量化してプロペラを回せば、あれが自力で空を駆ける『鉄の猛禽』になるかも!!」

執務室の片隅で、ワスカルが静かにため息をついた。

(また一人、陛下の謎知識に脳を焼かれた者が増えましたな。……しかし、あれが完成すれば、ヨーロッパの騎兵や城壁など、もはや何の意味もなさなくなる……)

ワスカルは、コントゥルの捧げ持つ紙飛行機を見つめながら、これから始まる「空の軍拡競争」の火蓋に胸を高鳴らせた。

「おい、コントゥル。あまり急ぎすぎて事故るなよ。だが……そうだな、期待しているぞ。先ず、人間を乗せて飛べる装置を、見せてくれ」

その瞬間、コントゥルは悪魔のような笑みを浮かべ、設計図の山に向かって狂ったようにペンを走らせ始めた。タワンティンスユの空に異形の翼が影を落とすことになる日は近い。


「はははっ!飛んだ!飛んだぞぉぉぉぉ!!!」緩斜面地で勢いを付け木と布とで組まれたグライダーが宙に舞う。高度数m、距離100m程を飛んだグライダーは華麗に軟着陸を決め………

ズザザザーーーッ、 グラッ、ボキッ

「あ」「あ」「あちゃ~」

横転と共に片方の翼がへし折れた。

「やっぱり、着陸装置はソリじゃなくてタイヤにすべきでしたね、ちゃんとコントロールできますし。」コリがしたり顔でコメントする。

自らパイロットを勤めていたコントゥルはシートベルト代わりのロープをナイフで切断すると勢い良く立ち上がり叫ぶ「着陸は微妙でしたが、兎に角飛んだ!飛びました!成功です!後はエンジンさえあれば!」

ニナン「焼玉エンジンは重すぎてどう考えてもムリだぞ?しかし……」

ニナンが設計図の端にさらりと描いた「パルスジェット」の概念図を、コントゥルは貪るように見つめ、そして即座に具現化した。

「……なるほど。空気を取り込み、燃焼させ、噴射する。ナフサという高エネルギー燃料を間欠的に爆発させれば、複雑な構造無しで推進力を得られる。天才的です、陛下!」

数日後。

地下の試作工場から届いたのは、金属のパイプを曲げたような、無骨極まりない「咆哮を上げる怪物」だった。

「陛下、見てください! 連続爆発のサイクルが安定すれば、これは翼を付けて飛ばせる! さあ、点火!」

コントゥルがスパーク無線の回路を応用した電気点火装置を叩く。

「グォォォォォォン!!!」

工場内に地鳴りのような爆音が響き渡り、火炎放射器のごときナフサの噴炎が吹き上がる。

「いいぞ! この振動! この出力! ……あ、あれ? 振動の周期が、共鳴の限界を超えて……あ、まずい、熱膨張の計算が……!」

「ドカーーーーン!!!!」

盛大な爆発音とともに、試作機は真っ黒な鉄屑と化し、工場の天井には巨大な穴が開いた。コントゥルは顔を真っ黒に煤けさせながら、それでも爛々と目を輝かせて立ち上がる。

「くうう! あと一歩……! あと一歩で『安定した推力』を維持できたのに! 今度こそ、気筒の材質を変えて……!」

ニナンは、崩れ落ちた工場の壁から煤を払い、死んだ魚のような目でコントゥルを制止した。

「……作るな。」

「えっ」

「いいか、今の段階でこんな凶器を作ったら、帝国の空軍が離陸する前に『空中自爆』で全滅する。お前の技術力は信じているが、今はまだ『空を滑空する翼』の完成度を上げるのが先だ。爆発物の開発は帝国科学局で厳格に管理する」

コントゥルは納得がいかない様子で、「ですが、この轟音と速度があれば、敵軍の頭上で爆発させるだけで相手は震え上がるのでは……」と呟く。

ニナンは、穴の開いた天井を見上げて深くため息をついた。

「敵を脅かす前に、こっちの技術者が爆発で全滅するわ。……今は気球の上昇高度と、グライダーの揚力係数を磨いておけ。パルスジェットは……そうだな、アタワルパが『大砲では物足りない!ミサイルを作りましょう!』と言い出した時まで封印だ」

「……御意」

コントゥルは残念そうに鉄屑を拾い集めながら引き下がった。

ニナンは一人、執務室で冷めたコーヒーをすすりながら、先ほどの爆発を思い出す。

(ジェット機関は魅力だが、やはりインカの技術開発のスピードが早すぎる……。このままだと、俺が漏らした知識を全部ガチの軍事兵器にしてしまいそうだ)

空への道は、ロマンと危険が隣り合わせである。タワンティンスユの技術者たちが「爆発」を「進歩」としか認識していない現状に、ニナンは帝国皇帝としての危うさと、未来への期待を同時に感じていた。




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