Nice boat in アマゾン
ナポ川上流開発基地での慌ただしい準備期間中、オレリャーナの傍らには、ヨーロッパの貴婦人とは対極にある、野性的な美貌をたたえた大柄な女性の姿があった。アマゾネスを思わせる肌も露わな民族衣装。割れた腹筋。筋肉質ながら女性らしさを十分に残した体つき。
彼女の名はアラニ。アマゾン川上流のナポ川流域の奥深くに住まう、勇猛な部族の出身だった。
「なあ、オレリャーナ。この鉄の船(焼玉エンジン船)ってやつは凄いな!この唸りには、密林の精霊もきっとひれ伏しちまうぜ!」
アラニは、かつては部族の戦士としてジャングルを駆け回っていただけあり、その身体能力は桁外れだ。彼女の瞳にはヨーロッパ的な思慮深さではなく、原始的な直感と無尽蔵の冒険心が宿っている。オレリャーナは、そんな彼女の圧倒的な生命力と、ジャングルを庭のように操る知恵に惚れ込み、インカの形式に則って彼女を妻として迎え入れた。
「アラニ、準備はいいか? 今日からこの『インカ・ロード』の先、未踏の渦の中へ突っ込むぞ」
「当たり前だぜ。アンタを一人でジャングルに潜らせるわけねえだろ?」
二人は、完成したばかりの河川特化型砲艦に乗り込んだ。
アラニは単なる妻ではなかった。彼女は部族間の複雑な勢力図に関して、言葉だけでなく、その土地の「流儀」や「タブー」を読み解く天才だった。彼女が船首に立つだけで、密林の奥から殺気を持って現れた部族たちが、一瞬で「太陽の皇帝の使い」への畏敬の念へと表情を変えるのだ。
その横で、これまで通訳の要として獅子奮迅の活躍を見せていたカルバハルは、手帳と羽ペンを手に、少し苦笑しながらボヤいた。
「いやはや……私の仕事がすっかり『隊の活動記録を付けること』だけになってしまいましたな。オレリャーナ殿とアラニ様が先頭に立てば、どんな言葉の壁も、敵意も、一瞬で『友好』という名のインカの領分に書き換わってしまう」
「何を言っている、カルバハル。お前の記録こそが、この未踏の航路を後から来る輸送艦隊のための『公式航海日誌(ハックの手引き書)』になるんだ。重要だぞ」
オレリャーナが笑って肩を叩く。
「そうだぜ、カルバハル! さあ、次はオマグア族の領域だ!あいつらは少し気難しいけれど、陛下から預かったあの『鋼鉄の斧とナイフ』と『キラキラしのガラスと精巧な青銅の飾り』を見せりゃあイチコロだぜ!」
アラニはそう言うと、軽やかな身のこなしで船の舳先に立ち、広大なアマゾンの湿った風をその身に受けた。
インカ帝国の圧倒的な技術力(蒸気と無線)を背景に、現地の戦士の勘と交渉術を融合させた「オレリャーナ・探検隊」。
それは単なる探検ではない。カルバハルが詳細な記録を刻み、アラニが部族との絆を作り、オレリャーナがスクリュー船で物理的に切り拓く、アマゾン川という巨大な神経系をタワンティンスユの支配下に置くための、歴史的侵食そのものだった。
「さて、大西洋まであと何リーグだ? 陛下を驚かせるためにも、このまま一気に突き抜けるぞ!」
蒸気機関の熱い鼓動を背中に受けながら、オレリャーナは未知なる大河の深淵へ、迷いなくその舵を切った。
そんなある日、物資調達の為『ナポ川上流開発基地』にもどっていたオレリャーナ夫妻、たまたま訪れていたニナンは主だった者達を集めて晩餐を開いていた。
「……それで、その『コルテス』って男は、自分の勝利のために女を道具みてえに使って、子供まで産ませた挙句、不要になったら部下に押し付けたってのか?」
アラニはバルガハルから聞いた新スペインの征服者コルテスの武勇伝(という名の愛憎劇)の後半を聞き、ジャングルの猛獣も裸足で逃げ出すような、冷徹で凍りつくような嫌悪感を露わにした。
「……信じられねえぜ。同じ『征服』でも、あたしたちアマゾンの民の流儀とは根本から違うじゃねえか。自分を慕って尽くしてくれた相手を、そんな風に粗末に扱うなんて最低だぜ。」
彼女はオレリャーナの胸ぐらを掴み、その鋭い瞳で獲物を射抜くように凝視した。
「いいか、オレリャーナ。アンタは地位ある男だ(実際、インカの探検隊長という地位は高い)、この先いくらか側室を増したって、そのあたりの流儀は黙って許してやる。……でもな、あたしは『正妻』としてアンタの隣に座っているんだぞ?!もしアンタが、あたしを誰か部下に下げ渡しするような真似をしてみろ……その瞬間に、アンタの頭と顔の皮をきれいに剥いで、トロフィーにしてやるからな……。」
「ひぃぃぃぃぃっ!!!」
オレリャーナの背筋を、アマゾンの湿気とは別の冷たい悪寒が駆け抜けた。冗談の響きが全くない。彼女の指先が、首筋の皮を確かめるように、あまりに手慣れた手つきでなぞったからだ。
その場に居合わせたニナン(俺)は、遠い目をしてアマゾンの地図を眺めながら、思わず知識の引き出しを開いた。
「……そういえばアマゾンの奥地には、戦った敵の頭から顔面部の皮を丁寧に剥ぎ取り、それを干して保存する『干し首』の儀式を行う部族がいたよな。たしか、あの流域の……」
「あ、曾祖母はその部族の出だよ。誇り高き職人技だったらしいぜ?」
作者注:実際の干し首(tzantza)の制作目的はトロフィーとも、戦死して精霊となった敵を自分に奉仕させるためや精霊の呪いを防ぐ為ともいわれており、決してSchool daysやNice boat 的なヤンデレの発露ではありません。
アラニは底知れぬ凄みのある笑顔でさらりと答えた。
「……ッ!!!」
オレリャーナはガクガクと震え出し、持っていたコンパスを取り落とした。カルバハルは、あわてて手元の記録ノートを閉じた。
「……隊長、これは記録に……いや、残さないでおきましょう。あまりにも……命の危険に関わりますからな」
「へ、平和! インカ帝国(オレリャーナの家庭)の平和を維持しましょう! 陛下、私は側室なんて必要ありません! アラニ様お一人で十分です! 本当に、もう十分ですから!!」
かつて過酷なジャングルを突き進んだ屈強な冒険家が、今はただの「妻の機嫌を取ることに全力を注ぐ夫」に成り下がっている。
アラニがニナンの方を向いてニッコリと微笑む。ニナンは引き攣った笑顔で取り敢えず頷くのだった。
インカの技術でアマゾンをハックし、大西洋への道を切り拓く探検隊長の行く手には、未知の部族よりも恐ろしい「正妻の圧」が、常に最高レベルの警戒度で立ちふさがっているのであった。




