河川ライダーアマゾンズ
「よし……。地峡の泥沼がダメなら、『アマゾン川』という巨大な水路をそのままインカの動脈に作り変えるまでだ」
俺はデスクに広げた地図のアンデス山脈の背後、東方の広大な緑の空白――未知なるアマゾン盆地を指でなぞった。
「キト域(現エクアドル)を拠点にして、東へ流れ下る『ナポ川』へ道を通す。そこからアマゾン川本流へ合流し、大西洋までを一気に駆け抜けるルートだ。この世界線では、まだ誰も(オレリャーナも)アマゾン川を下り切った者はいない。なら、その初踏破の栄誉と覇権を我が国が最初にハックしてやる」
オレリャーナが地図を覗き込み、かつてないほど目を輝かせた。
「キトから……ナポ川を介してアマゾンへ……! それは未踏の神話的航路です! キャラベル船やベルガンディン船では不可能ですが、我々の焼玉エンジン船の機動力と、浅瀬でも座礁しないスクリュー技術があれば、ジャングルの牙をすり抜けて大西洋へ出られるかもしれません!」
「その通りだ。これが成功すれば、タワンティンスユは大陸を分断する山脈を背に、西の太平洋と東の大西洋の両方を支配する『二洋帝国』へと変貌する」
ワスカルが影から眼鏡を光らせてニヤリと笑う。
「フフ、素晴らしい。新スペインの征服者どもは、自分たちが北側で『先住民の奴隷化と富の収奪』という矮小な小競り合いをしている間に、我が国は大陸そのものを貫く巨大な経済回廊を完成させているわけです。彼らは何も知らずに、後から我々の構築した『文明の道』の産む激流に吸い込まれる運命!(眼鏡キラーン)」
「ガハハ! 兄上、やってやろうぜ! アマゾン川の源流から大西洋まで、我が帝国のスクリュー船が轟音を立てて駆け抜ければ、現地部族も腰を抜かしてひれ伏すだろう!!」
「よし、総員準備だ。ナポ川上流に造船所を増設し、吃水の浅い『河川特化型・焼玉機関砲艦』を量産する。オレリャーナ、お前は調査隊の総大将だ。アマゾンの未知なる流れを我が帝国の商流に組み込んでこい。これは、南米大陸の地図を塗り替える歴史的ハックになるぞ!」
オレリャーナ「御意!腕が鳴りますぞ!!」
◇
ニナン皇帝の号令一下、タワンティンスユは突如として「アマゾン川制覇」へと舵を切った。
パナマ地峡という既存の「スペインの土俵」で争うのをやめ、彼らが未だ踏み入れることのできない「緑の地獄」を最新技術でハックして、裏口から世界(大西洋)へ躍り出る。
「さあ、アマゾンのジャングルよ……この帝国という名の巨大な渦に飲み込まれる準備はいいか?」
地図上に無数の赤い印をつけながら、ニナンは呟く。キトから始まる未知の大航海。それはスペイン本国の植民地支配という歴史のバグを修正し、タワンティンスユという名の「真の超大国」を創り上げるための、最大にして最強の野望の幕開けだった。
クスコの工房から響く蒸気ピストンの鼓動は、ついに山脈を越える音へと変わった。
コリ・ルラク親方が陣頭指揮を執り、アンデス山脈の険しい勾配を克服するために開発した『蒸気軽便鉄道』が、断崖絶壁を縫うようにしてナポ川上流へと物資を運搬し始めた。一部の急こう配線路でピニオンギヤと鋸型サブレールを使う滑り止めを導入したこのインカの鉄道は、重厚な焼玉エンジン部品や、鋼鉄製の大砲、さらには大量の食料を、山脈の斜面地帯を一気に飛び越えて運び出す。
そして、かつては密林の果てであった現・プエルト・フランシスコ・デ・オレリャーナ付近に、インカの巨大な前線基地――『ナポ川上流開発基地』が突如として出現した。
「へへっ! コリ大将の蒸気鉄道のおかげで、これまでの人力運搬とは効率が段違いでさあ! これなら、アマゾン下りのための艦隊を、このジャングルのど真ん中でいくらでも建造できやすよ!」
ソリア親方が、鉄道の蒸気圧計を眺めながら誇らしげに叫ぶ。
基地の建設と同時に、アンタチャが愛用の道具箱を広げて動き出した。彼女は、建設されたばかりの基地の最高地点に、ピカピカに磨き上げられた金属のアンテナを屹立させる。
「みなと……整備完了。それから、むせんきょく、設置完了」
アンタチャは無表情だが、その目はキラキラと輝いている。彼女が基地の心臓部に据え付けたのは、タワンティンスユ全土を瞬時に繋ぐ通信網へ接続する最新中継局だ。
「これからは、この基地がアマゾンへの玄関口。クスコから、パナマのおじさんたち(ピサロ商会)まで、全部ここに、繋がる。……あと、へいか、とも、いつでも、イリャパ・キープできる…」
「素晴らしい……!」
基地の完成を報告するイリャパ・キープ(無線)を受け取ったニナン(俺)は、クスコの宮廷で確信した。
これで、間もなくアマゾン川への物流は完全に「インカの鉄道と通信」という高効率なネットワークで制御されることになる。史実でスペイン人が命がけで踏破しようとしたアマゾン川も、我々にとってはただの「管理された水路」に変わるのだ。
「鉄道で山を越え、動力船で大河を支配する。コリ親方、ソリア親方、アンタチャ、みんな完璧だ。この基地を起点に、ナポ川から本流、そして大西洋へと続く『水のインカ・ロード』をぶち抜くぞ!」
「ガハハ! 兄上、鉄道と無線の次は、アマゾン全域を支配下に置くための『インカ式河川要塞』を作りましょうぞ! 蒸気船が並ぶ光景、想像するだけで筋肉が震えるぜ!」
アタワルパが興奮のあまり、鉄道の敷設作業用の重いレールを軽々と担ぎ上げてスクワットを始める。
スペイン人が未だ「黄金郷」の幻影を追って迷走している間に、インカ帝国はすでに南米大陸を動力機関の煙で塗りつぶし、大西洋への絶対的な出口をハックしにかかっていた。




