ep47 目指せ!二大洋国家
「よし、我が国の海運力のポテンシャルをもって更に地政学をハックするぞ!キト州(現コロンビア、エクアドル領域) コロンビア・サン・フアン川に蒸気船と焼玉エンジン船を送り込み、どこまで遡上できるか本格的調査を開始する。……目指すは、源流の東側にある『アトラト(Atrato)川』の上流だ。上手くいけば、ダリエン地峡をブチ抜いて直接大西洋(カリブ海)へ抜けられる、奇跡の水路が見つかるかもしれん!」
ニナン(俺)の号令のもと、チート探検家、フランシスコ・デ・オレリャーナ率いる探索船団が組織される。グアヤキル港から発進した試作焼玉エンジン船と蒸気低喫水船の船団は、コロンビア沿岸を北上し、コロンビア・サン・フアン川の河口へと突入した。風の吹かないジャングルの奥地、うっそうと生い茂るマングローブの迷路を、「ドッドッドッ」「シュポ、シュポ」と力強いピストン音を響かせながら、インカの黒い鉄の船たちはグイグイと大河を遡上していく。
ガレー船やベルガンディン船のような中世の船では100%漕ぎ手が力尽きて立ち往生する大河の流れも、コリ親方謹製の『ネジの足』が力任せにハックしていくのだ。
そして艦隊は、現在の『イストミナ(Istmina)』の周辺へと無事到着した。
「うわぁ……! 本当にエンジンの力だけで、こんな川の最深部まで来ちゃいましたぁ!」
ドレスの裾をたくし上げ、丸太の桟橋に飛び降りたのは、すっかりインカの第一線外交官へと成長したフェリちゃんだ。その隣には、史実でアマゾン川を大冒険したオレリャーナの部下であり、今はインカに完全就職した敏腕通訳、バルガハルが不敵な笑みを浮かべて控えている。
「ここからは完全に未知の領域ですな。現地部族との交渉、任せてくださいませ!」
フェリちゃんとバルガハルの『超天才・通訳コンビ』の活躍は、まさに神がかっていた。
イストミナ周辺の現地部族は、突如として現れた「煙を吐いて走る謎の鉄の船」に最初こそ恐れおののき、武器を構えて警戒していたが、フェリちゃんの愛嬌抜群の笑顔と、バルガハルの柔軟自在な多言語交渉術(コミュ力ハック)の前に、一瞬で武装解除。
「私たちは南の偉大な太陽の皇帝の使いです。皆さんと物流売買をしにきました!」
「これはジャングルの悪い熱を滅ぼす神の粉『キニーネ』。そして、こちらは恐ろしいブツブツの病魔(天然痘)から子どもたちを守る奇跡の『牛痘』です!」
ジワジワと浸透しつつあった旧世界伝染病の猛威に怯える現地民にインカ帝国がもたらした最先端の医療物資(キニーネ&牛痘)の無償供与は、そのの心を完全にワシ掴みにした。
「おお……! 悪霊の呪い(熱病)が、この白い粉だけで消えた……!」
「南の皇帝は本物の神様だ!!」
現地部族の熱烈な大歓迎を受けた調査隊は、彼らの全面的なナビゲートのもと、船を置いて陸路へと進んだ。うっそうとした密林を切り拓き、分水嶺を越えて進むこと数日。ついに彼らは、東側を流れるアトラト川の源流の地――『ユト(Yuto)』の集落へと到達したのだ!
「陛下へのイリャパ・キープ(無線電信)の準備を! ユトの集落民との接触にも成功、彼らも我が国の医療に深く感銘を受けています!」
オレリャーナの部下達が、アンタチャ特製のイリャパ・キープ無線機のアンテナをジャングルの大木に引っ掛けると、オレリャーナの興奮に満ちた電文がダリエンの地をクスコへ向けて飛ぶ。
アトラト川は、そのまま北のカリブ海(大西洋)へと注ぐ大河だ。つまり、このイストミナからユトに到る陸路を繋ぐか、運河を通して舟で行き来すれば、「太平洋から大西洋へ、マッハの速度で通り抜けるバイパス」が完全にインカの手中に収まることを意味していた。
「素晴らしい……!順調に行けば フェリちゃんたちの活躍により、新スペインの喉元に、我が国固有の『戦略的通商ハック水路』の拠点が爆誕しますよ」
本物の眼鏡のブリッジをキラーンと冷徹に光らせ、クスコの司令部で電信を受け取った内政官房長官ワスカルが最高に邪悪で知的な笑みを浮かべた。
「ガハハ! 兄上! ジャングルをブチ抜く筋肉の水路だな! フェリの奴もよくやった、帰ってきたら祝砲で盛大に出迎えてやろう!」
アタワルパも大興奮でマッハスクワットを刻み、クスコの床を激しく振動させている。
しかし其処に思わぬ「ダリエンの大自然の猛威」というハックがかかることをまだ彼らは知らない。
「……報告します。陛下、率直に申し上げましょう。アトラト川の源流地域、現地のイストミナからユトにかけてのエリアですが……雨期になった途端、環境が地獄です。」
ジャングルの泥に塗れ、精根尽き果てた様子で戻ってきたオレリャーナ一行が、地図の上に重苦しい指を置いた。
「雨期のダリエンは世界有数の豪雨地帯です。地盤は常に水を含んでドロドロの軟弱地層、おまけに川の流れが毎年、いや数か月で土砂に埋もれ変わります。あそこに永続的に使用できる重厚な運河や、蒸気車が通行するための頑丈な道路を構築しようなど、今の土木技術では……いや、どんな土木技術を持ってしても、維持費が利益を遥かに上回ります。ハッキリ言って、投資に見合うルートではありません」
「むう……」
俺は地図を睨みつけた。夢の「大西洋抜け」ルートかと思ったが、自然という名の巨大な敵を力任せにハックしようとするには、コスト(資源と時間)が釣り合わない。
「ガハハ! 兄上、! 軟弱な地盤を耕すより、パナマの総督府を大砲の斉射で更地にして、そこに俺たちの最新鋭のスクリュー船が余裕で通れるだけの『最短距離の運河』を、筋肉でぶち抜けばいい! 邪魔するスペイン野郎どもは、まとめて海に叩き込んでやれば一石二鳥だ!」
「止めい。」
俺は即座に右手を挙げて制した。
「パナマを力で奪ったら、それこそスペイン本国が全ヨーロッパを味方に付けて『聖戦』の名目で全軍をぶつけてくる。俺たちが欲しいのは、大西洋を挟んでの泥仕合や消耗戦じゃない。俺たちがハックしたいのは、『新スペインの社会構造と新大陸の悲劇』だ。」
俺は眼鏡をクイッと持ち上げ、少しだけ冷徹な光を瞳に宿した。
「パナマのピサロ商会を介して、スペイン人同士の『強欲と不信』を煽り続けろ。あいつら自身にパナマを維持させつつ、俺たちはその流通の『鍵(物流と医療)』を握り続ける方が、血を流さずに新大陸の覇権を握れる。アタワルパ、お前の筋肉は『大西洋抜け』ではなく、もっと別の、歴史を根底からひっくり返すために取っておくぞ。」
「クックック……兄上、相変わらずエグい戦略ですね。武力を使わず、敵を内部から完全に飼い殺す……これぞ真の政治的オーバーロード(眼鏡キラーン)」
ワスカルが影から現れ、満足げに頷く。
「ま、それなら仕方ないな。兄上がそう言うなら、この大砲はもう少しだけ『スペイン人どもへの抑止力』に使っておくぜ」
アタワルパが溜息をつきつつ、マッハスクワットを再開する。
地図上のアトラト川ルートを指先で消し、俺は新たな盤面を引く。
「よし……。地峡の泥沼がダメなら、『アマゾン川』という巨大な水路をそのままインカの動脈に作り変えるまでだ」
俺はデスクに広げた地図のアンデス山脈の背後、東方の広大な緑の空白――未知なるアマゾン盆地を指でなぞった。




